Yahoo!ニュース

「北朝鮮は吠えているとき噛みつかない」は今回も通じる?

木村正人在英国際ジャーナリスト

「私は孤独な独裁者」

2004年公開の米人形劇映画「チーム★アメリカ/ワールドポリス」には、北朝鮮の独裁者、金正日総書記の人形がピアノの演奏に合わせて「私は孤独だ」と歌い上げるシーンがある。

金正日が11年末に急死した際も、Twitter上で「チーム★アメリカ」の金正日人形が大きな話題になった。

後継者の金正恩第1書記が米韓との緊張をエスカレートさせていることについて、元駐北朝鮮英国大使は英BBC放送で「チーム★アメリカを見れば、金正恩が何を考えているのかがわかる」と解説した。キーワードは「独裁者の孤独」だ。

北朝鮮は金正日時代から「瀬戸際戦略」を繰り返してきた。

元米国家安全保障会議(NSC)日本・朝鮮部長で6カ国協議次席代表を務めたチャ米ジョージタウン大学教授の調査では、1984年以降、平均すると北朝鮮が5カ月間、挑発を続けた後、米国は緊張を和らげるため交渉に応じている。

金正恩の「瀬戸際戦略」

金正恩もこのパターンを期待していると思われる。金正恩が金正日の遺訓であるミサイルと核実験に成功してから今回の「瀬戸際戦略」が始まった。

・昨年12月、北朝鮮が長距離弾道ミサイルの発射実験に成功。初めて衛星を軌道に投入。米国のハワイ、アラスカを射程に

・今年1月、国連安全保障理事会が北朝鮮追加制裁を決議

・今年2月、北朝鮮が3度目の核実験に成功

・3月1日、米韓両軍が合同演習開始

・3月5日、北朝鮮が朝鮮戦争休戦協定の白紙化を宣言

・3月7日、国連安保理が新たな北朝鮮追加制裁を決議

・同日、北朝鮮外務省報道官が「侵略者たちの本拠地に対し核の先制攻撃の権利を行使する」と威嚇

・3月8、19、25日の計3回、米軍は核爆弾投下可能な戦略爆撃機B52を韓国上空に飛ばす

・3月11日、板門店直通電話の遮断

・3月22日以降、米軍のステルス爆撃機B2が韓国沖での訓練に参加

・3月31日、米軍の最先端ステルス戦闘機F22が韓国・烏山空軍基地に到着

・4月2日、北朝鮮が停止していた寧辺の原子炉の再稼働を宣言

・4月3日、北朝鮮南部の開城(ケソン)工業団地への韓国側関係者の立ち入りを禁止

・同日、北朝鮮の軍総参謀部報道官が「小型化、軽量化、多様化した北朝鮮式の先端核攻撃手段に関連した作戦が最終的に検討、決定された状態であることを正式にホワイトハウスと米国防総省に通告する」と表明

29歳の孤独な独裁者、金正恩は国内で2つの不満に直面している。1つは金正恩の経済改革が失敗し、ハイパーインフレーションに苦しむ北朝鮮人民の不満。もう1つは、李英浩・人民軍総参謀長らタカ派が更迭されたことに対する軍部の不満だ。

金正恩には、北朝鮮建国の父、金日成主席や後継までに時間があった金正日に比べ、経験も軍歴もない。ここで米韓に少しでも譲歩すれば、軍部の巻き返しを許し、金正恩の権力基盤が揺らぎかねない。

「威嚇」をエスカレートさせて、これまでのように米国を交渉のテーブルに座らせるのが金正恩の戦術だ。しかし、オバマはこれまでの米大統領と違って、テーブルにつくどころか、空の要塞B52、空の幽霊B2、猛禽類F22を韓国に送り込んできた。

北朝鮮は米国に「核保有国」として認めるよう要求してきた。しかし、「核兵器なき世界」を看板政策に掲げるオバマは「北朝鮮の完全に検証可能で不可逆的な非核化」が交渉を始める条件として一歩も譲らない。

今回は新たなファクターが加わっている。

米核軍縮シンクタンクの科学国際安保研究所(ISIS)のオルブライト所長は3度目の核実験を検証したリポートで「北朝鮮は日本や韓国を射程にとらえる中距離弾道ミサイル・ノドンに搭載できる核弾頭の小型化に成功している」と結論づけた。

「核保有国」北朝鮮

北朝鮮の長距離弾道ミサイルはハワイやアラスカに到達する能力を獲得したが、核弾頭の搭載までには、まだ数年を要する見通しだ。オバマは「北朝鮮は核保有国」と認めないものの、核爆弾を搭載できるB52、B2を韓国に派遣するなど核抑止レベルを引き上げた。

皮肉にも北朝鮮が事実上の「核保有国」になったことで、オバマも譲歩できなくなってしまった。経験不足の金正恩は情勢の変化を読み切れず、「どうしてオバマは下りないのか」と焦燥感を募らせている。その結果、必要以上に緊張をエスカレートさせている。

このチキン・ゲーム。金正恩は下りることができない。下りることは金正恩体制の崩壊を意味するからだ。

2010年の、46人が死亡した韓国哨戒艇沈没事件や延坪島砲撃事件では突然、北朝鮮側が攻撃を仕掛けてきた。北朝鮮が吠えているときは噛みつかない。吠えると相手が警戒して、能力で劣る北朝鮮が戦果を挙げるのは難しくなる。

従来のパターンでは、そろそろ米国が米朝協議に応じてくれるはずなのだが。孤独な金正恩の頭はこんがらがって暴発し、韓国に噛みつかないとも限らない。米韓は小さな軍事衝突であっても集団的自衛権が働くことを確認している。

韓国大統領官邸(青瓦台)の元関係者が先日、「米国はなかなか本気になってくれない」とこぼしていたが、北朝鮮による核の脅しにオバマもようやく重い腰を上げた。

B2の韓国展開は初めて。国防費も削減される中、ヘーゲル米国防長官は10億ドルを新たにつぎ込んで、2017年までに迎撃ミサイル14基をアラスカに追加配備すると表明した。

青瓦台の元関係者は「最後の最後で中国が国連安保理の制裁決議の文言を骨抜きにするので、効果が上がらない」とも指摘した。国連の制裁には応じるものの、北朝鮮との経済関係は強化するというのらりくらりとした対応を習近平体制も続けるのだろうか。

金正恩とオバマのチキン・ゲームは緊張が一段と増している。金正恩が計算を誤らないことだけを祈りたい。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

木村正人の最近の記事