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安倍首相、日中「三原則」発言のくい違いと中国側が公表した発言記録

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
10月26日の日中首脳会談(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 10月26日の日中首脳会談で「3つの原則」と言ったか否かに関して、安倍首相は「会談中に言い、確認した」と言っている。しかし中国側の実況中継はそのように伝えていない。中国の報道を通して真相を検証する。

◆安倍首相のツイッターと国会答弁

 10月26日午後、安倍首相は習近平国家主席との首脳会談(以下会談)で、「競争から協調へ」「日中はパートナーであり、互いに脅威とならない」「自由で公正な貿易体制の発展」という新しい段階の日中関係の展望を述べたとしている。会談後、安倍首相はこれを「3つの原則」と位置付けて自身のツイッターで発信した。そこには「国際スタンダードの上に、競争から協調へ。隣国同士として、互いに脅威とならない。そして、自由で公正な貿易体制を発展させていく。 習近平主席、李克強総理(以下、習・李)と、これからの日中関係の道しるべとなる3つの原則を確認しました。」と書いてある。

 10月29日の衆議院本会議で代表質問に答え、安倍首相は「習・李と日中関係の道しるべとなる3つの原則を確認しました」と答弁している。

 一方、26日の夜、会談に参加した西村官房副長官は同行記者に「(会談中に安倍首相は)『3つの原則』という言い方はしていない」と言い、30日になって、会談では「競争から協調へ、互いに脅威とならない、自由で公正な貿易体制を発展させていくとの3つの原則を確認した」と修正した。

 11月5日の参議院予算委員会では非常に長いが、関係部分だけを時系列的にピックアップすると、安倍・西村両氏は以下のように回答している。

 ●11:18:35(安倍)私は習・李との会談冒頭で、取材しているカメラの前で、これら3つの原則に明確に言及して、(習・李からも)会談中で同様の発言があって、これらの原則の重要性について完全に一致している。

 ●11:21:19(西村)(会談後のブリーフに関して聞かれ)安倍総理から御答弁のあったとおりで、習・李との会談の冒頭で、総理から取材しているカメラの前で、これらの3つの原則について明確に言及した。そして習・李からも、会談中に同様の発言があり、これらの原則の重要性は、完全に一致している。

 ●11:21:49(西村)記者団へのブリーフにおいて、「3つの原則という言い方はしていない」という言い方で述べた。3つの原則の存在を否定したわけではない。

 ●11:22:52(安倍)(3つの原則は文書で確認したか、という質問に対して)文書では出していない。3つの原則について確認することができたということが全てだ。一目瞭然だ。これにひっかかって、何の意味があるのか。

◆中国側の日中首脳会談の実況中継と公表した会談記録では

 実は中国側では、会談中の対話を実況中継しているし、それを文字化して公表している。あまりに膨大になるので、ここでは習近平国家主席との会談のみを考察する。

 少なくとも中国の中央テレビ局CCTVでの実況中継では、安倍首相は「原則」という言葉は使っていない。使ったけれどもカットされたのか否かに関しては知る由もないが、新華網が文字化した会談内容を公表しており、そこにはCCTVの動画もあるので、ご確認いただきたい。

 新華網とCCTVによれば、習近平が先ず長時間を掛けて発言し、その後に安倍首相が発言している。会談の中で習近平国家主席は「中日双方は四つの政治文書で確立させた各原則を遵守しなければならない」と言っている。

 「四つの政治文書の原則」とは、

  1.1972年の日中共同声明

  2.1978年の日中平和友好条約

  3.1998年の日中共同宣言

  4.2008年の「戦略的互恵関係」の包括的推進に関する日中共同声明

である。ここに書かれている内容を「原則」として、中国では非常に格の高い(日本に対して「遵守せよ」という上から目線の)位置づけをしている。

 この「原則」に基づいた習近平の長いお説教の中には、安倍首相が国会で答弁したことに関連する話も、一つだけ挟んでいる。それは「互いに協力的パートナーとして、互いに脅威を構成しないという政治的コンセンサスを持たなければならない」という言葉だ。

 しかし、この言葉は、CCTVで何年も前から中国側が安倍批判を行なう時に使ってきた常套句で、沖縄の米軍基地や憲法改正を強烈に批判するときに使ってきた「耳慣れた表現」なのである。中国は常に「日本の再軍備」を警戒し、その可能性を強烈に批判してきた。だから日本は「四つの政治文書の原則」に違反しているとして、くり返し安倍政権を批判するときに使ってきた言い回しであることを付け加えて置く。

 さて、習近平の長いお説教が終わると、安倍首相が以下のように述べたとCCTVと新華網は伝えている。CCTVは安倍首相の発言をナレーターが中国語に訳す形で報道している。関係部分を日本語に翻訳し戻したので、安倍首相の言葉と完全に一致しているとは限らない場合もあろうが、少なくとも中国語を忠実に日本語に翻訳したつもりだ。

 ――日中平和友好条約締結40周年という栄えある時に中国を訪問できたことを大変光栄に思う。この訪問を通して、競争から協調へと向かう新時代の日中関係を切り開くことを希望している。日中は隣国として、互利協力と、互いに脅威を与えないという精神に基づき、さらに両国間の四つの政治文書で確認し合ったコンセンサスに基づいて双方の関係を進めていき、国際社会と地域の平和と自由貿易に貢献すべきだ。(親善的内容なので中略)「一帯一路」は潜在力のある(ポテンシャルの高い)構想で、日本は第三市場での共同開拓をも含みながら、中国側とともに広範な領域で協力を強化したいと願っている。

 以上がCCTVおよび新華網の安倍発言に関する報道記録だ。

 

◆安倍首相が言う「原則」を中国では「希望」と訳している

 日本や他国のテレビ局は、冒頭部分だけしか取材を許されないだろうから、実際の場面ではどのように言ったのかに関しては、中国側を別とすれば、安倍首相およびその場にいた日本側関係者以外には分からない。

 安倍首相は国会答弁で「会談冒頭で、取材しているカメラの前で、これら3つの原則に明確に言及した」と回答しているが、その部分を日本側のカメラも捉えていたとするなら、是非とも安倍首相がそこで「3つの原則に明確に言及したか否か」を確認していただきたい。中国側が編集しているのか否かを知りたいので、日本の関係テレビ局に是非ともお願いしたい(とても知りたいので、是非とも教えてほしい)。

 もっとも、もしここで安倍首相が「3つの原則」という言葉を用いて明確に言及していたとしても、中国側は日本側が口頭で言ったものを「原則」として認めたりはしないだろう。

 なぜなら日中間での「原則」というのは、中国にとっては「四つの政治文書の原則」であり、日中双方が検討に検討を重ねて表現を選び、最終的に合意に至った内容を成文化して署名をするなどの意思確認が行なわれたものを指すからだ。おまけに日中関係を対等だと中国は思っておらず、中国が主導し、日本は従うものであって、日本は中国が提起した原則案を検討し、それをありがたく頂く立場だという認識しかない。

 事実、安倍首相が会談で述べたとする「原則」に関しては、中国側は「希望」という言葉を用いて表現している。

 それに安倍首相自身、「両国間の四つの政治文書で確認し合ったコンセンサスに基づき」と言っている。つまり日中の行動原則は、あくまでも「四つの政治文書」であって、決して安倍首相が口頭で言ったとする「3つの原則」とはしていないことを、安倍首相自身が発言しているのである。

◆通訳者が翻訳しない場合もある

 検証のために、あらゆる可能性を考えてみよう。

 安倍首相および官邸は、「習近平国家主席、李克強首相と日中関係の道しるべとなる3つの原則を確認した」と主張しているが、何を以て「確認」としているのだろうか?

 筆者はかつて、日本側の代表の一人として、日中の大臣クラスの対談に何度か同席したことがあるが、中国側の通訳は、「これは中国語に翻訳してしまったらまずい」と思われるものは、咄嗟の判断でカットすることは頻繁にある。

 中国の政治を分かっている通訳者であるならば、安倍首相が「3つの原則」と言ったとすれば、咄嗟にまずいと判断して「原則」を「方針」とか「日本側の希望」とかに置き換えて通訳する場合だってあるのだ。一般には中国側が用意した通訳者が、「日本語を中国語に」通訳するので、日本語のわかる中国人が担当する。だから「原則」という言葉は避けただろう。したがって、その場合は、習近平や中国側には伝わっていない可能性がある。

 もっとも、そこには王毅外相や程永華駐日中国大使も同席していたので、二人とも日本語のレベルはかなり高く、聞き取れていたかもしれない。そして通訳が他の言葉に置き換えたことも理解しているかもしれない。

 あるいは、日本側通訳者も、中国語は十分に分かっているはずだから、中国側通訳者が安倍首相の言った「原則」という言葉を「希望」に置き換えたということも、聞き取れたはずだ。

 この「言った、言わない」は、通訳者に聞けばすぐわかるが、しかし通訳者には守秘義務があるので、当然、外部には言わない。

 それでも安倍首相および官邸関係者は、通訳者に「原則をきちんと中国語に翻訳したか否か」を尋ねることはできるだろう。

 習近平が「うなずいているように見えた」というのであれば、それは「確認し合った」とは言わない。相手が、タイムラグのある通訳が言っている、どの言葉にうなずいたかは分からないからだ。CCTVを見るとイヤホンで同時通訳を聞いていたようだが、習近平がうなずいたというしぐささえ、少なくとも画面には出て来ていない。

 対談中に習近平が反対意見を言わなかったことを以て「確認した」とするならば、それは少々安易と言わねばなるまい。

 前述したように「互いに脅威を与えない」というのは、何年も前から中国がくり返し日本を批判するときに言ってきた言葉なので、習近平のこの発言を以て、「意思確認ができた」とするのは、少し違うように思われる。

 何よりも、CCTVや新華網の報道に、会談中の安倍首相の言葉として、一文字たりとも「原則」という言葉が出ておらず、「希望」という言葉しか出て来ない事実を見る限り、中国側は安倍首相が対談中に「3つの原則」という言葉を使ったと認めてもいなければ、「確認し合った」と認識もしていないことを読み取ることができる。

 

 もっとも、筆者にとって気になるのは、安倍首相が明確に「一帯一路」に関して「協力を強化する」と言っていることではあるのだが……。そして、安倍首相は心の中では「3つの原則」を念頭に置きながら、その骨子を述べたということなのだろうという印象を、個人的には抱いているが……。(なぜ今ごろになって会談に関して書くかと言うと、ペンス副大統領に対して、安倍首相がどのように報告したのかが気になったからである。)

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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