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ソフトバンク工藤監督が発した無敗宣言の意図とは?

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
今や数々のスポーツ心理やメンタル・トレーニングの書籍が出回っている

 「1つも負けるつもりはありませんので、全部勝って日本シリーズに行きますので応援よろしくお願いします」

 ファイナルステージを前日に控え、報道陣に応じたソフトバンクの工藤公康監督が、TVカメラを前に堂々と無敗宣言をしている姿を動画サイトで発見した。もちろんTV以外の紙媒体メディアも大きく報じていた。

 この発言を聞いてちょっと不安感を抱いた。もちろん工藤監督の気合いの表れであることは十分に承知している。しかしその発言が大きく報じられることで、当然のごとく選手たちも間接的に知ることになってしまう。大一番を前に必要以上にストレスがかかっている選手たちに、余計なプレッシャーをかけることにならないかと危惧したからだ。

 現在のスポーツ界において、アスリートのパフォーマンスに精神的要素が大きく左右してくるのは常識になっている。すでに各分野でスポーツ心理学やメンタル・トレーニングが重要視され始めている。MLBでもチームによってはメンタル・トレーナーや心理カウンセラーを常時帯同させている他、昨年12月に施行された新労使協定でも、各チームのクラブハウスにスポーツ心理学者の入室を許可する項目が追加されているほどだ。

 スポーツライターという仕事に従事している以上、現在のトレンドを理解するためにもスポーツ心理学やメンタル・トレーニング関連の著書に目を通す機会をつくるようにしている。それらに記されている根本的な部分は「アスリート達をベストなパフォーマンスを発揮させる精神状態に導くこと」に他ならない。

 今シーズン両リーグ最多の94勝を挙げ、リーグ史上最速優勝を飾ったソフトバンク。ファイナルステージでは1勝のアドバンテージを得るばかりか、すべて本拠地で戦える絶対的有利な条件で戦う選手たちは、公式戦以上に「勝たなければいけない」というプレッシャーがかかっている。そんな状況にありながら監督から「1つも負けるつもりはない」と発破をかけられては、選手たちの不安は大きくなるばかりだろう。果たして選手たちはどんな心理状態で初戦を迎えていたのだろうか。

 また工藤監督の発言は、ソフトバンクの選手ばかりか相手チームの楽天をも刺激することになってしまう。シーズン終盤に失速したとはいえ、楽天はずっとソフトバンクと首位争いを演じてきた。しかも敵地での成績はソフトバンクの42勝に次ぎ、両リーグ2位タイの38勝を記録している。むしろ油断できない相手にも関わらず無敗宣言をしたことで、楽天のモチベーションを引き上げてしまった可能性も十分にあるのだ。

 これまで20年以上MLBの取材を続けてきて、ポストシーズンという短期決戦で、選手、監督、コーチらが発した不用意な発言がきっかけにシリーズの流れが一気に変わってしまう場面を幾度となく目撃してきた。本人は意識していなくても、本当にたわいのない一言が大きな影響を及ぼすことになってしまうのだ。

 結果的にソフトバンクは初戦を落としてしまった。スポーツ紙の報道によると、これまでパ・リーグのファイナルステージは、すべて初戦を制したチームが突破しているという。こうしたデータがある以上、18日の敗北はソフトバンクの選手たちに更なるプレッシャーを与えてしまうことになるだろう。

 工藤監督が目指した「不敗宣言」は実現不可能となった。それでもソフトバンクが残り試合を有利な立場で戦えることに変わりはない。ここからは如何に選手たちが公式戦同様に試合だけに集中し、プレーを楽しめる環境を整えることができるかがカギを握るはずだ。すべては工藤監督の手腕にかかっている。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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