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ペットなどの動物と新型コロナウイルス

忽那賢志感染症専門医
コロナに関するヒトと動物との相関図(筆者作成)

先日、保健所の方から聞いたのですが、ペットを飼っている方が新型コロナになった場合に困った状況が発生しているそうです。

ある方が新型コロナと診断され入院について保健所の方がお話ししたところ、どうしても入院したくないとおっしゃるそうです。

その理由は、ネコを飼っているけど自分が入院したら誰もネコの世話をしてくれなくなるから、というものでした。

「誰かにあずければいいのでは?」とお話ししたところ「コロナに感染しているかもしれないから誰もあずかってくれない」と言われたそうです。

この話を聞いて、確かにこれは大事な問題だなと思いました。

現時点での動物における新型コロナ感染事例やエビデンスについて整理しました。

ワンヘルスで考える動物とコロナウイルス

もともとコロナウイルスは様々な動物に感染することが知られており、イヌやネコ、ブタ、ラクダ、コウモリ、スズメなど動物に感染する固有の動物コロナウイルスも存在します(Anim Health Res Rev . 2018 Dec;19(2):113-124.)。

これらの動物固有のコロナウイルスはそれぞれ種特異性が高いため、種の壁を越えて他の動物に感染することは殆どないと考えられていました。

しかし、新型コロナウイルスは種の壁を越えて様々な動物に感染することが分かってきました。

ワンヘルス・アプローチ(国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンターHPより)
ワンヘルス・アプローチ(国立国際医療研究センター AMR臨床リファレンスセンターHPより)

動物から人へ、人から動物へ伝播可能な感染症(動物由来感染症)は、全ての感染症のうち約半数を占めており、人、動物、環境の衛生に関わる人たちが連携して取り組むOne Health(ワンヘルス)という考え方が世界的に広がってきています。

新型コロナの分野でも、人だけでなく、動物、環境も同じように健康であるために、これらの衛生管理に関わる人々がそれぞれの分野を越え、連携して新型コロナ対策に取り組んでいく「ワンヘルス・アプローチ」が今後ますます重要になってくるものと思われます。

SARS(重症急性呼吸器症候群)とMERS(中東呼吸器症候群)、新型コロナと動物

SARS、MERS、新型コロナウイルスの宿主とヒト(筆者作成)
SARS、MERS、新型コロナウイルスの宿主とヒト(筆者作成)

SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルスはいずれもコウモリが自然宿主と考えられています。

新型コロナウイルスも、遺伝子配列がコウモリの持つコロナウイルスに近いことから、自然宿主はコウモリではないかと推測されています。

SARSコロナウイルスはハクビシン、MERSコロナウイルスはヒトコブラクダが中間宿主と考えられていますが、新型コロナウイルスについては中間宿主が何なのか、あるいは存在するのかはまだ分かっていません。

ちなみに鳥取砂丘のラクダはMERSコロナウイルスを持っていないことが調べられていますのでご安心ください。

鳥取砂丘でフタコブラクダにまたがる筆者の雄姿(筆者の妻撮影)
鳥取砂丘でフタコブラクダにまたがる筆者の雄姿(筆者の妻撮影)

新型コロナウイルスと動物

新型コロナウイルスの動物への感染は自然環境、実験環境のそれぞれで確認されています。

イヌ

自然環境での感染例の報告は、2020年2月、香港に住む新型コロナ患者が飼っていたイヌからSARS-CoV-2 PCRの陽性反応が出たという報告が最初です。

おそらく飼い主からイヌにうつったと考えられる事例です。

香港からは他にも3月にイヌの新型コロナ感染事例が報告されています。香港でヒトの新型コロナ患者が飼っていた15匹のイヌのうち2匹が新型コロナウイルス陽性となり、飼い主から検出されたSARS-CoV-2の遺伝子配列と同一だったということです(いずれのイヌも症状はなかったとのことです。)。

これにより「ヒト→イヌ」への感染が確かめられたことになります。まさにワンヘルスです(イヌだけに)。

ネコ

次に、ネコでも感染事例の報告が出ました。

ネコの感染事例は3月にベルギーから報告されました。これまたヒトの新型コロナ患者の飼い猫だったとのことです。なお、このネコには「一過性の呼吸器系・消化器系の症状」があったとのことです。

ネコにおいては、ネコ同士で感染することも東京大学医科学研究所の河岡先生らの研究で確かめられています(国立国際医療研究センターも研究協力施設に入ってます!!)。

これは、3組のネコのペアのうち片方に新型コロナウイルスを感染させて、感染していないネコと同じネコハウスに入れたところもう片方のネコも新型コロナウイルスに感染したというものです。ちなみにこの実験で感染した6匹は感染しても全く症状はなかったということです。

まさにニャンヘルスです(ネコだけに)。

トラ

さらには米国農務省(USDA)が4月にニューヨークの動物園で飼育されていたトラ1頭が感染したことを発表しています。

このトラは新型コロナに感染していた動物園職員から感染したものと考えられました。

たぶん皆さんはトラを飼う予定はしばらくないと思いますので、トラの事例の紹介についてはこの辺にしておきます。

フェレット、ゴールデンハムスター

自然環境ではありませんが、イヌ、ネコ、フェレット、ブタ、ニワトリ、アヒルの鼻腔に新型コロナウイルスを接種して感染が成立するかどうかを見た実験では、ネコとフェレットで感染が成立したとのことです。

この実験ではイヌにおけるウイルス増殖は不十分であり、イヌはネコよりも感受性が低い可能性が示唆されています。

また別の研究ではゴールデンハムスターも新型コロナウイルスに感染し、ゴールデンハムスター間でも感染が成立したと報告されています。

動物からヒトに感染した可能性のある事例も

さらに、動物からヒトに感染した可能性のある事例も報告されました。

オランダ政府は、国内の農場で飼われているミンクからヒトに感染したと考えられる事例について発表しました。

オランダ国内の155のミンクを飼育している農場でのうち、4つで新型コロナウイルスに感染したミンクが見つかり、このうち3つの農場では新型コロナに感染したヒトからミンクに感染したものと推測されるそうです。

そしてミンクから2人のヒトへ感染したと考えられる事例も報告されています。

現時点で分かっていること、注意すべきこと

コロナに関するヒトと動物との相関図(筆者作成)
コロナに関するヒトと動物との相関図(筆者作成)

現時点でのヒトから動物、動物からヒトへの感染成立が起こり得ると考えられる相関図はこのようになります。

また、今分かっていることをまとめますと、

・ミンクからヒトに感染した事例が報告されているが、ペットや家畜からヒトへの感染は極めて稀であり、ヒトでの感染例のほとんどはヒトからヒトへの感染によって起こっている。

・稀にヒトからペット(イヌ、ネコ)に感染が起こり得る。イヌやネコに感染した場合、無症状か軽症のことが多いようである。

・ネコやフェレットなど同種間で感染が成立する動物もいるようである。

・ネコやイヌからヒトに感染するかどうかは不明である。

となります。

まだ十分な情報が足りていない状況であり、今の時点で過剰にペットからの感染を恐れる必要はないでしょう。

米国CDCは以下のように推奨しており、筆者もこれに基本的には同意見ですが、日本はアメリカよりもヒトでの患者数が少ないことから、より柔軟な対応も可能と考えます。

普段から推奨されること

・ペットを家の外で人や他の動物と触れ合わせないようにしましょう。

・猫が他の動物や人と接触しないように、可能な限り室内で飼うようにしましょう。

・犬の散歩は、他の人や動物から6フィート(2メートル)以上離して、鎖に繋いで歩きましょう。

・ドッグパークや、人や犬が多く集まる公共の場所は避けましょう。

・動物やその餌、ゴミ、消耗品を扱った後は手を洗いましょう。

・ペットの衛生管理をしっかりと行い、ペットの糞の後始末を適切に行いましょう。

ご自身が体調不良のときに推奨されること

・可能であれば、病気の間は他の家族にペットの世話をしてもらいましょう。

・ペットを撫でたり、寄り添ったり、キスをされたり舐められたり、食べ物や寝具を共有したりすることを含め、ペットとの接触を避けてください。

・病気の間、ペットの世話をしたり、動物のそばにいたりしなければならない場合は、マスクを着用し、動物と接する前後に手を洗うようにしましょう。

(If You Have Pets. CDC. Coronavirus Disease 2019 (COVID-19)より)

飼い主さんのコロナへの備えは?

では結局、冒頭のような事例についてどうすれば良いのでしょうか。

Yahooオーサーでもある獣医師の石井万寿美先生が「もしも私や家族が感染したら…大切なペットのために準備しておきたいこと【#コロナとどう暮らす】」という記事で、十分な量の食事、薬、ペットノートなどを準備しておくことをご提案されています。

また、筆者のツイッターにコメントをいただいた方からは、獣医さんが場合によっては相談に乗ってくださることがあるとの情報もいただきました。

アニコムさんはコロナ感染者のペットを無償でお預かりする神サービスもされているようです。

もしご自身が新型コロナに感染したときのペットのケアについて、今のうちに備えておいた方が安心かもしれません。

※当初MERSの宿主を「フタコブラクダ」としていましたが「ヒトコブラクダ」の間違いです。写真で私が乗っているラクダはフタコブラクダです。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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