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対北制裁決議&ASEAN外相会議に見る中国の戦略

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
フィリピンで開催されたASEAN外相会議の関連会合で(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 中国は5日の対北朝鮮制裁国連安保理決議に賛成票を投じた。6日のマニラでのASEAN外相会議の関連会合では周到な根回しによりアメリカの存在を圧倒。米中首脳会談ではトランプ大統領の年内訪中を求めた。中国の戦略を読む。

◆また「これまでにない最も厳しい制裁」と国連安保理

 北朝鮮の核・ミサイル開発に関して、8月5日、ニューヨークにある国連本部で安保理事会が開催され、北朝鮮に対する新たな制裁決議(2371号決議)が全会一致で採決された。つまり、中国もロシアも賛成票を投じたということだ。

 国連のヘイリー米大使は、「これまでにない最も厳しい制裁」と胸を張ったが、いったいこれまで何度、「これまでにない最も厳しい制裁」と言い続けてきたのだろう。それを繰り返しては北朝鮮に核・ミサイル開発の余地を与え続けてきた。

 今般も7月4日と28日に北朝鮮はICBM(大陸間弾道ミサイル)の発射実験を行ったばかりだ。

 新たな制裁決議に対して北朝鮮は激しく反発し、7日、「米国がわれわれを圧殺しようとするならば、いかなる最終手段も躊躇しない」という旨の政府声明を発表した。

 一方、中国の王毅外相は5日、中国もロシアも制裁決議に賛成したのは「中露ともに北朝鮮の核・ミサイル開発には反対しているからだ」とした上で、「制裁は必要だが、それは最終目的ではない。目的は朝鮮半島核問題を談判のテーブルに引き戻し、話し合いを通して最終的な解決方法を模索し、朝鮮半島非核化と安定に至らなければならない。中国は各関係者が、中国が提案している“双暫停”を受け入れることを希望している」と述べている(中央テレビ局CCTV)。ここで“双暫停”とは「北朝鮮は核・ミサイル開発を暫定的に停止すると同時に、韓国は米韓合同軍事演習を暫定的に停止すること」という、「二つの暫定的な停止」を指す。

◆マニラにおけるASEAN外相拡大会議で中国存在感

 8月5日からフィリピンのマニラでASEAN(東南アジア10か国)外相(拡大)会議が開催された。6日からASEAN以外の「米、中、露、日、韓」なども参加し、東シナ海問題や北朝鮮問題なども討議した。

 この討議で中国が勝利できるように、中国は早くからフィリピンを抱き込む戦略に出ていた。

 まず今年6月29日に王毅外相は、5月10日に就任したばかりのフィリピンのカエタノ外相を北京に招聘し会談していた。中国外交部が「中比関係の輝かしい前途に通じる道」]というタイトルで報道している。

 その報道の中で盛んに「倒向」という文字が出てくるのを確認することができる。これは「フィリピン(のドゥテルテ大統領)がすっかり中国に傾いた」ことを表している。そのフィリピンを引き続き中国に惹きつけ、8月5日から始まるASEAN外相拡大会議で完全に「中国に寄り添った意見を述べてもらう」ことが狙いだった。

 つぎに、それでもなお念には念を入れて、王毅外相は7月25日からフィリピンを訪問し、マニラで再びフィリピンのカエタノ外相と会談した。このことをベトナムの通信社VNAが報道していることが、なんとも興味深い。つまり、必ずしも中国とはうまくいっていないベトナムは、中国のこの「根回し外交」に目を光らせていたということになる。

 この会談で中国はさらに300万ドルの支援を、ISによる占領ですっかり廃墟の街と化したフィリピンのマラウィ市復興のためにフィリピンに給付することを約束した。一帯一路でも完全にフィリピンに有利なように奉仕することを誓い、今年11月の李克強首相のフィリピン訪問と、都合のいい日程で習近平国家主席をフィリピンに招聘することも取り付けたのである。

 だから、8月5日からのASEAN外相会議では「必ず中国側に立て」ということだ。

 議長国フィリピンを抱き込んだ中国は、南シナ海問題に関しても北朝鮮問題に関しても、基本、中国の主張を呑む形で合意させたのである。

 残念ながらティラーソン米国務長官の存在感は薄れ、それは取りも直さず、トランプ政権のアメリカが、国際社会に与える影響力が減衰しつつある印象を、いやが上にも与えたのだった。

◆中国主導で北朝鮮問題を対話に持っていくリスク

 中国が「中国は各関係者が、中国が提案している“双暫停”を受け入れることを希望している」と述べていることは前述した通りだ。つまり、東アジア情勢の中で最も大きな懸念の二つである「南シナ海問題」と「北朝鮮問題」を「中国主導で解決していく」ことが中国の狙いだ。

 「南シナ海問題」に関しては中国すでにハーグの判決文は「紙屑」であるとして反古にした。代わりにASEANと中国が合意した南シナ海での各国の活動を規制する「行動規範(COC)」の枠組みを歓迎することを基本合意。

 「北朝鮮問題」に関しては、「深刻な懸念を示し続ける」とした上で、「朝鮮半島の非核化への支持を改めて表明し、朝鮮半島の緊張緩和のための対話再開を求める」としている。

 この「対話再開」は中国が主導してきた六カ国会議を指す。

 基本的趨勢としては、制裁強化という圧力をかけながら対話に持っていくことに変わりはないだろう。

 そのときに、こうして「中国主導型」でいくのか、あるいはアメリカか日本による主導型で行くのかによって、世界のパワーバランスは一変する。

 アメリカが存在感を失っている今、ここは実はパワーバランスの分岐点なのだ。

 だから筆者は対話に向けた主導権を日米が握れと言ってきた。

 この主導権まで中国が掌握すれば、中国はチャイナ・マネーによってだけでなく、国際社会への政治外交的影響力まで持つようになってしまう。

◆盲点:抜け穴は中国ではなくASEANなど(国連安保理専門家パネル報告書)

 制裁強化をしても、必ずそこには「抜け穴」があり、「それは中国だ」というのが「通俗的な概念」となっている。それさえ言っていれば、他国のせいにして自分を守ることができる。それが如何に北朝鮮問題の解決から遠のくことを招いているかを考えようとしない日本人があまりに多すぎる。

 これまで何度も言ってきたように、中朝貿易のデータはWTOなどの統計によるもので、正式に表に出ている数値に過ぎず、比較にならない金額が北朝鮮と国交を樹立している中国以外の他の国の闇市場で動いている。今般、国連安保理の専門家パネルが報告書を出し、それにより制裁を逃れて北朝鮮と闇取引している国にマレーシアやベトナム、あるいは中東、アフリカ地域などがあることが明らかにしてくれた。ようやくここまでたどり着いてくれたかと、感謝の気持ちを抱くほどだ。ここに目を付けない限り、北朝鮮を追い込むことは出来ない。

 160ヶ国以上と国交を結ぶ中国以外の国は、いわゆる「フロント企業」としてデータには出ない闇取引をしており、この部分を摘発しないと、北朝鮮を真に追い込むことは出来ないのである。

 今般報告書が明らかにしたのは、今年2月から禁止されている北朝鮮からの石炭輸入に関してマレーシアやベトナムなどが300億円(日本円)を得ていたことや、中東やアフリカ地域、特にシリアで、地対空ミサイルの取引に関与している疑いなどである。ISとの関連だ。

 中国は北朝鮮が軍事大国化することを非常に警戒しているので、なんとしても北の核・ミサイル開発は阻止したい。それは1964年に毛沢東が金日成(キム・イルソン)の協力依頼を断ってから、今日まで変わっていない。ほどほどの国力の北朝鮮が緩衝地帯として存在してくれていれば、それがベストなのである。南北統一もしてほしくない(詳細は『習近平vs.トランプ 世界を制するのは誰か』)。

◆マニラにおける米中外相会談

 王毅外相はマニラで十数ヵ国の外相との会談をこなしている。それをすべて述べるのは長くなり過ぎるので、米中外相会談に関してのみ、最後に軽く触れておきたい。

 中国の環球時報が中央テレビ局CCTVの解説として報道しているが、王毅外相は相変わらずのティラーソン米国務長官に対する上から目線で会談した。リンク先がつながらない場合は、お許しいただきたい。CCTVで観たその表情は、あたかも「ティラーソンよ、あなたは外交の素人ですよね」と言わんばかりだった。

 その会談ではトランプ大統領の中国訪問を取り付けることが大きなテーマになり、北朝鮮問題に関しては「中国は北朝鮮の核・ミサイル開発には絶対に反対だが、双暫停が先決だ。制裁の先には中国が主張してきた対話路線しかない」といった趣旨のことを、誇らしげに話している。ティラーソンは、つい先日、「(条件が揃えば)北朝鮮と対話を」と言ったばかりだ。

 王毅は「だからね!」と勝ち誇っている。

 ティラーソンはまた、最初の訪中の際に「今後50年間の中米関係未来図」を提唱してしまった。「一つの中国」懐疑論をトランプが提唱して「いざとなったら、この武器を使うぞ」と中国を脅してビッグ・ディール(大口取引)に使おうとしていたのに、今では中国が「分かっているよね?“一つの中国”原則に疑義を挟むようなことをすれば、どうなるかってことは」と、これもまた上から目線の、ほぼ脅迫に近い姿勢なのである。

 トランプ大統領の訪中が先か訪日が先か。

 中国は今、その競争をしている。

 今般のASEAN外相拡大会議は、中国の根回し戦略に嵌ってしまった格好だ。

 中国に図に乗らせないために、日本はもっと中国を深く読み込み、「勝つための大局的戦略」を立てなければならない。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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