人口減の地域に、わずか5年で約20店舗が開業した理由
まちの魅力とは、何で決まるのか。
自然環境や利便性などさまざまな要素があるが、あったらいいなと思う店や居場所の選択肢が多いことも、その一つだろう。
ふらりと訪れることのできるカフェ、焼き立てパンを買えるパン屋、気軽にフレンチ料理を楽しめる飲食店。都会ではともかく、自然豊かな場所ではなかなか得にくい環境だが、海沿いの小さなまちに素敵な店が増えていると聞いて訪れたのが、長崎県東彼杵(ひがしそのぎ)町。
ここ5年ほどの間に、パン屋やカフェ、アンティークショップと新しい店が次々と生まれ、活気を生んでいる。
始まりは、まちの拠点Sorrisorisoができたことにある。
行政主導のものでも「地方創生」の動きでしかけられた取り組みでもなく、ある民間人の「千綿(ちわた)を魅力ある地域にしたい」という思いから広がったローカル発の活動(*)。
地元で小売店を営む森一峻(かずたか)さんを中心とする有志によって生まれたこの場所が起点になり、新しい商いの発信地に。
これまでにどんな経緯があったのか。どんなしくみで?その秘密を知りたくて、現地を訪れた。
(*)一部のベース工事には町の公的補正予算、スタートアップ時には地方創生加速化交付金などを使用している。
魅力的な店の集う、千綿エリア
大村湾の海を見ながら沿岸の道を北へ、車で約20分。東彼杵町は長崎市から佐世保市に向かう道半ばにある。旧千綿村と彼杵(そのぎ)町が合併してできた、人口約7700人の町。これまでハウステンボスへの通過点にすぎないとされてきたこの地に、若い人たちが集う店がいくつもできている。
SorrisorisoはもとJAの米倉庫だった建物で、今は地元のそのぎ茶を買える体験型のショップやカフェが入っており、周囲にはアンティークショップやパン屋、フランス料理店などが並ぶ。
車で数分圏内にも、飲食店「海月食堂」や雑貨屋「きょうりゅうと宇宙」、千綿駅の旧駅舎を使った「千綿食堂」など楽しそうな店が点在。県内外から若い人や、感度の高いお客さんが訪れるエリアになっている。
各店のオーナーはIターン者や地元の若手、Uターン者とさまざま。
わずか5年間で、約20店舗のオープン、50人近くの新規移住者がいる。なかでもSorrisorisoには年約2万7000人が訪れるのだとか。
■起業したい人が小さく始められるしくみ
Sorrisorisoの立ち上げ人で、一般社団法人「東彼杵ひとこともの公社」代表理事の森一峻さんは、旧千綿村の出身。就職して5年半ほど県外に出ていたものの、家業のコンビニエンスストアを継ぐために24歳でUターン。2015年には長年空いていた米倉庫を借り、リノベーションしてSorrisorisoをオープンする。
この時始めたのが、多くの店の開業につながった「パッチワークプロジェクト」。このしくみがユニークである。
新しい土地でうまくいくかどうかもわからない商売を始めるのは勇気がいる。そこでまずは試験的にSorrisorisoの中で小さく商いを始めてもらい、お客さんがついたら独立してもらうというしくみで、開業の養成所のような役割を果たしている。
2年前の2018年夏にも私はこの地を訪れたことがあるが、今あるカフェ「ツバメコーヒー」のほかに、古着やアンティークを置く店「Gonuts Antique & Supply」、革製品の「tateto」が入っていた。
ところがここ2年の間に「Gonuts」も「tateto」も独立して近隣に店をオープン。ほかにもそれ以前にSorrisorisoで営業していた食堂が「千綿食堂」として独立するなど、この拠点を足がかりに、新しい店がいくつもオープンしている。
パッチワークのように、まずはどんな業種でも、やりたい人の気持を応援すること。森さんが見せてくれた当時の企画書には「寄せ集めチャレンジ出店」と書かれていた。
そのサポートをするため2017年には一般社団法人「東彼杵ひとこともの公社」(以下、社団法人)を立ち上げる。
「自分がUターンして戻ってきたばかりの頃はイベントなどを盛んにやっていたんです。それはそれで盛り上がったけれど、どうしても一過性で終わってしまうことに課題を感じていました。
やっぱり地元で継続的に活動していくには拠点が必要だなと。そしてもう一つ、このまちに自分の店や商売がある自営業者に参加してもらう方が効果的だと気付いたんです。地域のことを自分ごと化できる人たちが増えれば、自然に地域の活動を継続できるんじゃないかと」(森さん)
Sorrisorisoにつながる自営業者はそれぞれの仕事が地域と密接に関わっているため、エリア価値を高めることが仕事に直結する。
「意図的につくられる一過性の地域の盛り上がりではなく、人と人のつながりを自然派生的に生み出すしくみと、それが継続的に続くのがいいなと。
はじめから儲けを考えるのではなくて、まずは人の力、マンパワーを大事にする。ビジネスは後からついてきます」(森さん)
■無償で全方位のサポートを
もう一つ。Sorrisorisoという場だけでなく、社団法人では開業を希望する人たちにきめ細やかなサポートを行っている。
店を開くための空き家、空き店舗の紹介。森さんが率先して家主と交渉したり、リノベーションのディレクションや建築家とのつなぎ役も。生活面でのサポート、商いを始めるにあたってのコンサルティングまで。これを町内に出店する人に限って無償で行うそう。
現在Sorrisorisoの裏手でフランス料理店を営む「Little Leo」も、森さんたちが積極的にサポートした一つ。今店の入る民家を借りるために、森さん自ら家主と一年かけて交渉。リノベーションもSorrisorisoを中心とするメンバーで助け合って進められた。
佐世保市から移住してきた宮副玲長奈(みやぞえれおな)シェフはこの地を選んだ理由をこう話す。
「飲食の世界では、もう何年も前から、新鮮な食材が手に入る地方でこそ美味しいものが食べられるという価値観が定着しています。ヨーロッパでもアグリツーリズムなどが盛んで。
フランスのリヨンで修行した後に、佐世保の父の店を継いでやっていたんですが、より食材に近い場所に移りたいなと思ったとき、この千綿は海も近いし山も近い。食材の鮮度が圧倒的に魅力でした。あとはこの地域の勢いですね」(宮副さん)
すでにSorrisorisoを中心に醸成されていた人のつながりがこの場所を選ぶ気持を後押ししたと言う。
一般社団法人が運営するウェブメディア『くじらの髭』には、「Little Leo」のリノベーションをみんなで進める過程や、店のオープンの日に大勢が駆けつけた様子が綴られている。
社団法人が直接サポートせずとも、お客さんが多く訪れるようになった千綿エリアに魅力を感じて開業する店が自然派生的に増えている。
■浜に人がいなければ助かっていなかった
地域密着の仕事があるとはいえ、なぜ地域のためにそこまで尽力できるのか。
森さんにそう尋ねると、子どもの頃のこんな話をしてくれた。
「昔、千綿の浜は漁師さんたちで賑わっていました。朝が早いから昼には漁港でみんなワイワイ飲んでいて。
僕が8歳の頃、浜でゴミと一緒にスプレー缶を燃やしてしまって、爆発して大やけどしたことがあったんです。浜の人たちがすぐに僕を海に放り込んでくれたので何とか一命をとりとめた。浜に人が居たから助かったようなもの。自分の命はあってないようなものなんです。ほかにもたくさん迷惑かけてきたし、恩返ししたい思いが強いんです」(森さん)
もう一つ森さんがSorrisorisoを立ち上げる大きな原動力になったのは、実家のコンビニエンスストアを父から引き継いだ翌年、本社から受けた宣告だった。
「千綿エリアにある八反田郷店はこれ以上続けるのは厳しいと通告されたんです。別の場所に移すか、なくすしかないと。普通だったら店を閉じて後退するところなんでしょうけど、父が始めた地元店をなくすという選択は考えられなかった。借金背負ってでも前進しようと。八反田郷店を建て替えた上に新店舗を隣の川棚町でも始めて、同時に今のSorissoをつくる動きを始めました。こちらはコンビニとは真逆で、ここにしかない店をと考えました」(森さん)
■大事なのは、まちを「自分ごと化」できる自営業者
こうしたSorrisorisoを中心とする千綿の動きを行政ではどう見ているのか。東彼杵町役場のまちづくり課の中山雄一さんはこう話す。
「まず東彼杵に興味をもってくれる人をSorrisorisoに案内するようにしています。こうした場所があると内外から人が集まってくるんです。ふわっとやって来る人たちを、森さんが適材適所に導いている。
ここに移住してみたいとか仕事がしたいと思っても、まずどこを頼っていいかわからないことが多いですよね。行政にも窓口はあるけど、森さんたちの姿はまちでの暮らしをより現実的に感じさせてくれる。
千綿は民間の人たちがつながって人を引き入れるしくみがあるのが凄いところです」(中山さん)
さらに、森さんが活動するなかで強く感じてきたのは、まちづくりの鍵は自営業者にあるということ。
「自営業者にとってまちの課題は自分たちの経営にダイレクトに影響するので、自分ごととして捉えることができます。自営業者が増えればまちの活動ももっと盛んになると思っています。
さらに言えば、Iターン者の存在は閉鎖的なまちに刺激を与えてくれたり新しい風を吹き込む意味で重要です。ただしそれを迎え入れて活躍する場を用意するUターン者や地元の人たちに関心をもってもらうことがより大切だなと」(森さん)
昨年、雑貨店「きょうりゅうと宇宙」をオープンした小玉一花さんはまさに地元出身のUターン者。やはり森さんたちのサポートがあって地元でお店を開いた。
「自分が高校生の頃はコンビニやスーパーしかないまちだったので、ここ数年でお店がすごく増えてほんとに嬉しいなって。
同じ業種の店ができるとお客さんが減るのではと懸念する営業者もいるけど、たとえば同じ飲食店でもジャンルが違えば相乗効果が生まれると思うんです。ある店が目的で来てくれた人がついでに別の店にも寄ってくれたり。お店が増えることで、まち全体に効果があると思います」(小玉さん)
東彼杵町全体でみると人口減は年々進んでいて、ここ30年で2000人減に(*)。
そうした町にあっても果敢に人を呼び込んでいる千綿エリアに希望を感じる。
森さんが教えてくれた「自然派生的に継続するしくみ」と「自営業者を増やす」という2つの視点は、ほかの地域にとっても大きなヒントになるのではないだろうか。
(*)1995年から2014年にかけて、約2000人が減。人口の社会増減率も、ここ10年の県全体の平均より低い(持続可能な社会総合研究所調査より)
※この記事は『SMOUT移住研究所』に同時掲載の(同著者による)連載記事「移住の一歩先を考える第6回」からの転載です。