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特捜部「でっち上げ逮捕起訴」の真相は解明されるのか? プレサンスコーポレーション元社長の国賠はじまる

赤澤竜也作家 編集者
弁論期日の後、記者会見に臨む山岸忍プレサンスコーポレーション元社長(筆者撮影)

「約半年前、わたしはこの隣の法廷で、無罪判決を宣告されました。

 わたしにとってはあまりにも当然の判決でした。巨額の横領を共謀したとして起訴されたものの、わたしにはまったく身に覚えがなかったからです。

 さらにその2年前、わたしは逮捕勾留されていましたが、ウソの供述をしてわたしをおとしいれている部下や取引先の社長を恨んでいました。しかし、その後、弁護士から彼らの取調べの反訳の差し入れを受け、それを読んで驚きました。検事が彼らを脅してウソの供述をさせていたからです

山岸忍さんの意見陳述はこのような言葉から始まった。

プレサンスコーポレーションの元社長・山岸忍さんが国に対し7億7千万円の損害賠償を求める裁判の第1回口頭弁論が6月13日、大阪地方裁判所で開かれた。

事件発覚から2年半。いったいどのような経過を経てこの日に至ったのか、明らかにされなくてはならないことは何なのか。

現役一部上場企業の社長を検挙したいという功名心だけで、ろくに証拠の精査もしないまま暴走した大阪地検特捜部の行状を検証する。

事件は大阪地検特捜部の妄想で作り上げられた完全なでっち上げだった

2019年12月16日、当時プレサンスコーポレーションの社長だった山岸忍さんは大阪地検特捜部に逮捕された。

山岸さんは同社を創業からたった16年で一部上場企業にまで育て上げた、不動産業界において立志伝中の人物だ。

そんな人物がパクられた。

明浄学院という老舗の学校法人から21億円という資金が消えていて、その横領に関与していたというのである。

現役上場企業社長の逮捕。これはビッグニュースだ。

新聞は検察発表を垂れ流し、山岸さんをめぐる疑惑を華々しく書き立てた。テレビは主犯である明浄学院・O前理事長と山岸さんの写真を並べて報道し、犯罪の枢要を占める人物であるかのようなイメージを流布し続けた。

成り上がりの不動産会社社長はやっぱり汚い商売をしていた。それをわれらが正義のヒーロー、大阪地検特捜部が暴いてみせたと言わんばかりの報道が連日繰り広げられた。

しかし、そもそもこの逮捕自体、不可解なものだった。

山岸さんは業務上横領の共謀容疑で逮捕されている。

でも山岸さんは横領が行われる1年前に個人資産18億円を貸していて、横領されたお金が返ってきたことによって罪に問われていた。

普通、横領して返してもらうことを前提に他人に自分のお金を貸すだろうか。18億円という大金である。しかも分譲マンション供給戸数9年連続関西圏トップと躍進を続ける上場企業の社長が、犯罪行為が行われることを知りながら個人の資産を提供するだろうか。

さらなる謎も残されていた。

山岸さんは主犯であり、のちに明浄学院の理事長に就任することになるO氏に会ったことがあるどころか、電話ですら話したことがなかったのだ。

まったく見ず知らずの人間に個人のお金を貸すだろうか。繰り返して言うが18億円である。

そんな疑問をよそに大阪地検特捜部は2019年12月25日、山岸さんを起訴するに至った。

山岸さんはその後も大阪拘置所に留め置かれ、5回にわたる保釈請求も検察の反対意見書により、裁判所によって却下。結果、248日間の勾留を強いられる。

2021年5月21日に始まった公判において、立証責任のある検察の主張はボロボロと崩れていった。

まず、捜査段階で山岸さんの関与があったと認める供述をしていた取引先不動産会社のY社長が、法廷においては、検事の取調べに誘導されて虚偽の調書を取られたと話したのである。

また検察側は山岸さんが犯罪に関与している具体的な物証をなにひとつ示すことができなかった。

一方の弁護側は、連日の証人尋問において「O氏作成のM&Aスキーム図」「山岸氏の部下K作成の『明浄学院取り組みについて』という書類」「部下K作成の『協定書』案」「部下Kが知人不動産業者に送った問い合わせメール」「取引先社長Yの部下が作った借用書案」「O氏が作成し、みずからの弁護士に渡していた『今後のスケジュール』という書類」を次々に指し示し、周囲の人物が結果的に山岸さんをだましてお金を引っ張ることになる流れを克明に再現してみせた。なかでも「部下Kが作った山岸さんへの3月17日付け説明用スキーム図」は山岸さんの一貫した供述と完全に一致するものであり、無実を証明する決定的なペーパーだった。山岸さんが関わっていないことを示す客観証拠は山のようにあったのである。

山岸さん無罪のカギとなった説明用スキーム図。検察側は山岸さんがO氏に18億円貸し付けたと主張したが、この書類では「学校法人へ支払い」と記載されている。(検察庁が所有者に還付したもの。弁護団提供)
山岸さん無罪のカギとなった説明用スキーム図。検察側は山岸さんがO氏に18億円貸し付けたと主張したが、この書類では「学校法人へ支払い」と記載されている。(検察庁が所有者に還付したもの。弁護団提供)

2021年10月28日に無罪判決が下されると、メンツを重んずるはずの検察は控訴すらできず、確定することとなる。大阪地検次席検事は「関係証拠を精査したが、控訴審において原判決の認定を覆すことは困難であると判断した」とのコメントを発表した。

そりゃそうである。

裁判を通して明らかになったのは、そもそも山岸さんには犯罪の嫌疑すら存在しなかったという事実。事件は大阪地検特捜部が妄想のなかででっち上げた荒唐無稽な物語だったのである。

証拠がないにもかかわらず、特捜部はなにを根拠に山岸さんを起訴したのか。有罪立証の決め手にしようとしていたのは、山岸さんの部下Kと取引先不動産会社社長Yの供述だった。

ではなぜ、事実と異なる調書がとられるに至ったのか。弁護団がKとYの検察官取調べの録音録画を証拠開示させ、そのすべてを文字起こししたうえで分析すると、衝撃の事実が明らかになった。

取調べ可視化の録音録画が明らかにした特捜検事の恫喝、脅迫、誘導

取調べの録音録画は2019年6月1日に施行された改正刑事訴訟法によって行われるようになったもの。2010年9月に発覚した大阪地検特捜部証拠改ざん事件を契機に発足した「検察の在り方検討会議」が、供述調書への過度の依存を見直すよう提言し、法制審議会での議論を経て制度化された。

録音録画されているんだから、これまでのようにムチャクチャな取調べはしていないんだろうと思いきや、改ざん事件を起こした本家本元である大阪地検特捜部の検事たちはまったく変わっていなかった。取調べ可視化なんかまったく気にせず、いまだやりたい放題なのである。

以下、国家賠償請求訴訟の訴状や山岸さん本人、および弁護団への聴き取りをもとに、違法取調べの様子を再現してみよう。(肩書きはすべて2019年12月当時のもの)

当初、山岸さんの部下Kは社長の関与を明確に否定する供述を続けていた。すると取調べ官である田渕大輔検事はKが特捜部の捜査開始後に横領事件の内容をプレサンス社内で報告したことを、口裏合わせを行っていたものだと決めつけ、机をたたいた上で、

「ウソついたよね」

「なんでウソついたの」

「いや、はいじゃないだろ。反省しろよ、少しは。なに開き直ってんだよ。開き直ってんじゃないよ。なにこんな見え透いたウソついて、なおまだ弁解するか。なんだ、その悪びれもしない顔は」

「なにを言ってるんだ。ふざけるんじゃないよ。ふざけんな。なんてことを言うんだ」

などと聞くに堪えない一方的な罵声を浴びせかけた。

さらに田渕検事は翌日の取調べにおいても、

「あなたはプレサンスの評判をおとしめた大罪人ですよ」

「会社とかから、今回の風評被害とか受けて、会社が非常な営業損害を受けたとか、株価が下がったとか言うことを受けたとしたら、あなたはその損害を賠償できます? 10億、20億じゃすまないですよね。それを背負う覚悟で今、話をしていますか」

と、部下Kに対し、このままの供述では極めて厳しい状況に置かれると脅迫。

そのうえで、

「だとしたら、わたしが欲しい話ではなくて、わたしがなるほどって思う話が出てこないとおかしいですよね。でも、今の少なくとも山岸さんに対する話って、全然なるほどじゃないですよ」

「あなたの言ったとおりの話を信用するわけにはいかないです。それじゃあちょっとだめですよ。で、そうなると結局あなたが何をしているかというと、山岸さんをかばうためにウソをついているという評価になるんです」

と部下Kの供述をウソと決めつけ、自分たちの見立てに基づいた「ストーリー」の方へと誘導していたのである。

もうひとりの重要証人である不動産業者のY社長は、先にも述べたよう、公判の証人尋問においては、山岸さんの事件への関与の明確に否定した。しかし捜査段階においては、まったく異なる内容の供述調書にサインしている。

Y社長もまた部下Kと同様、逮捕直後の取調べにおいては山岸さんの介在を否定していた。しかし取調べ官である末沢岳志検事は、

「何度も言うように、山岸さんの関与が本当にあるんやったら、それ言わへんかったら、今のこの立ち位置だけからしたら、Oさんと同じくらいYさんすごくこの件に関与した、非常に、情状的にはやっぱりかなり悪いところにいるよということ。すごくもうすべてのことを意識して、理解して、お金貸して戻すところまで全部わかっているんだから」

「山岸さんが主導する、あるいはKさんからの話でプレサンス側の強い意向を受けて、Yさんが入っていったと。プレサンス側の意向があったから、これはもうやらなあかんのやというような話で今回の件の21億まわして返済するところまでやったんやというんやったら、それはおのずと責任の重い、軽いとかというのはそれは変わってくるでしょ」

と述べ、山岸さんの事件への関わりを認めなければ、主犯であるO氏と同じ程度に関与したことになり、罪もまた重くなると脅迫。

そのうえでY社長が参考人として事情聴取を受けている義理の弟N氏のことを心配し、「Nはどうなりますか?」と尋ねたところ、

「そこも含めての話なわけ。つまりNさんのこととかを含めて、ご自身の会社とか、Nさんのこととか含めて、どうなるかということを心配するに当たっては、それはもう真実を話すという」

と、言葉巧みに利益誘導して、事実と異なる供述を引き出したのである。

さらにである。誘導に乗っかって虚偽供述をしてしまったものの、良心の呵責に耐えかねたY社長は上記の取調べから一週間後、供述の撤回を申し出た。しかし末沢検事はY社長の申し出をかたくなに拒絶し、内容変更の調書も作成していない。

自分達の思い込み以外の話など、はなから聞く耳を持たないのである。

非難されるべきは現場の取調べ官だけではない。

部下Kに対し複数回にわたって机をたたいたり、大声で怒鳴っていた田渕検事。なんと2019年12月14日の取調べのなかで、

「実はね、このわたしとKさんの取調べって、逮捕しているときから録音録画してるじゃないですか」

「そういうのを見ている人からするとですね、全員。別に大勢が見ているわけじゃないんだけど、まあ見た人が言うにはね、わたしがKさんにその供述を無理強いしているんじゃないのかって言うんですよ」

「わたしが最初の方、結構大きな声だして叱ったりしたじゃないですか」

「ただ、わたしの聞き方が、あなたに供述を強いているというか、そうだろう?ってね、なんかこう押しつけているっていうか、誘導しているっていうか、無理矢理ね、あたかもね、ように見えるっていうことをおっしゃる方がいるみたいなんです」

と話し、特捜部の内部でみずからの取調べの強引さが取り沙汰されていることを明かしていたのである。

田渕検事の取調べの録音録画を「見ている人」というのは彼の上司に違いない。本件の主任捜査官である蜂須賀三紀雄検事、および山下裕之大阪地検特捜部長が違法取調べの実態を認識していた可能性は極めて高い。部下を是正することなく、一丸となって突っ走ったがためにえん罪は発生した。彼らの責任がもっとも重いことは言うまでもない。

国家賠償請求訴訟の提起と同日である3月29日、田渕大輔検事に対して特別公務員暴行陵虐罪と証人等威迫罪で、末沢岳志検事に対しては証人等威迫罪での告発状を最高検察庁に提出する山岸忍さんと弁護団(筆者撮影)
国家賠償請求訴訟の提起と同日である3月29日、田渕大輔検事に対して特別公務員暴行陵虐罪と証人等威迫罪で、末沢岳志検事に対しては証人等威迫罪での告発状を最高検察庁に提出する山岸忍さんと弁護団(筆者撮影)

前代未聞のえん罪事件をでっち上げた検察庁。謝罪はおろか、検証すら行っていない

2019年12月16日の逮捕後、プレサンスコーポレーションの株価は連日ストップ安を更新。銀行融資も断られるようになったため、山岸さんはやむなく会社の代表取締役を辞任した。

創業社長として4割の株式を保有していたが、そちらの方も手放すことを余儀なくされる。自身の逮捕によって株価が約600円下がっていたため、75億円の差損を被るに至った。今回の請求は損害額のほんの一部なのである。

でっち上げ逮捕起訴によって248日勾留されただけでなく、みずから育てあげた会社から身を引かざるを得なくなったうえ、巨額損失まで負わされた山岸さん。法廷では、

「このような出来事を踏まえても、私自身は、これからの人生を有意義なものにすべく、前を向いて歩いて行きます」

と、過去に拘泥することなく精一杯生き抜くと力強く話した。

では、なぜ今回のような訴訟を提起するに至ったのか?

山岸さんはこう語った。

えん罪でこれだけの被害が出たにもかかわらず、あたかも何も起こらなかったかのように検察は沈黙しています。このままわたしが黙っていれば、きっとこのえん罪事件はなかったものとして忘れ去られるでしょう。

誰にだって間違いはあります。検察もそうです。どれだけ優秀な人間がどれだけ一生懸命にやっても、人間である以上、ミスからは逃れられません。ただ、ミスをした時に、そのこと認め、その原因を検証し、改善策を講じなければ、再び、同じ過ちが生じてしまいます。

わたしが何より許せないのは、わたしに対する事件が証拠の無視と無理な取調べによってねつ造されたものであることについて、検察が何も反省していないことです。これまで謝罪の言葉もありませんし、原因の究明や再発を防止するための方策を講じられてもいません。

普通の企業であれば、不祥事が起こったときに第三者の調査を入れるなどして、原因と再発防止策を講じます。これは組織として当たり前のことです。国の機関は、それをしなくてもいいのでしょうか。

わたしの無罪判決後、多くの方から『約10年前に大阪地検特捜部が起こした村木事件と同じ構造だ』とのご指摘をいただきました。わたしのえん罪事件こそが、まさにミスにきちんと向き合って改善を行わなかったことで再び生じた『同じ過ち』そのものだったのではないでしょうか。

わたしはこの『同じ過ち』をさらに繰り返させたくありません。わたしがえん罪の被害に苦しめられた最後の一人になりたい、そう思っています

そうなのだ。検察庁はいまだに山岸さんに対して謝罪していないだけでなく、今回のでっち上げ逮捕起訴を検証するそぶりすら見せていないのだ。

現役の一部上場企業社長を逮捕するのだから、大阪地検は上級庁(大阪高検、最高検)の決裁を受けていたことだろう。最高幹部の責任問題になるから「知らぬ存ぜぬ」を決め込んでいるのだろうか。

山岸さんが意見陳述のなかで言及していた村木事件(大阪地検特捜部証拠改ざん事件)の被害者である村木厚子さんもまた国家賠償請求訴訟を起こしていた。最高検察庁の検証では明らかにされることのなかった、なぜ事実や記憶と異なる調書が次々と作成されたのか、その真相を知るためだった。しかし国側は2011年10月17日、3770万円について「認諾」し、賠償金を支払うことで検察関係者の証人尋問を回避した。原資はもちろん税金である。

今回の山岸さんの訴訟は被害総額78億円のうちの一部請求のため、「認諾」で逃げることは実質的に不可能だ。

「真実に向き合いなさい」「あなたには反省の色がみえない」「隠さずすべてをありのままにしゃべりなさい」。これらは取調べにおける検事の常套句である。検察庁は山岸さんとの裁判のなかで、みずから犯した「罪」に対し、真摯に向き合うことができるのだろうか。

作家 編集者

大阪府出身。慶應義塾大学文学部卒業後、公益法人勤務、進学塾講師、信用金庫営業マン、飲食店経営、トラック運転手、週刊誌記者などに従事。著書としてノンフィクションに「国策不捜査『森友事件』の全貌」(文藝春秋・籠池泰典氏との共著)「銀行員だった父と偽装請負だった僕」(ダイヤモンド社)、「内川家。」(飛鳥新社)、「サッカー日本代表の少年時代」(PHP研究所・共著)、小説では「吹部!」「白球ガールズ」「まぁちんぐ! 吹部!#2」(KADOKAWA)など。編集者として山岸忍氏の「負けへんで! 東証一部上場企業社長VS地検特捜部」(文藝春秋)の企画・構成を担当。日本文藝家協会会員。

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