コロナとEU離脱でカオスに陥った英国 雲隠れのジョンソン首相はスコットランドで夏休みを取っていた
「ジョンソン首相はいずこ?」
[ロンドン発]第2波の懸念がくすぶる新型コロナウイルスと、決裂寸前の欧州連合(EU)離脱後の交渉で窮地に陥るイギリスですが、公の場に姿を見せなかったボリス・ジョンソン首相はパートナーのキャリー・シモンズさん、生まれたばかりの男児ウィルフレッドちゃん、そして愛犬と一緒にスコットランドのハイランドでホリデー中でした。
しかしジョンソン首相が鐘型のテントを立てた場所は農家の私有地だったため、地主は「自分の土地でテントを立てた人を見たのは初めて。許可なくテントを立てた上、焚き火までするとは何事か」とかんかんです。ジョンソン首相はテントを立てた場所は、休暇用に借りたコテージの敷地内と思っていたようです。
ジョンソン首相は予定より早くホリデーを切り上げることになりました。イギリスは欧州最大の被害を出したコロナだけでなく、EU離脱後の交渉も暗礁に乗り上げ、文字通り、崖っぷちに立たされています。イギリスとEUは8月21日、将来の関係について7回目の交渉を終えたものの進展がなく、「合意なき離脱」の可能性が再燃しています。
英大衆紙サンやデーリー・メールの電子版は22、23の両日、今年末から来年にかけ「合意なき離脱」と新型コロナウイルスの第2波に見舞われた場合の英政府の非常事態計画をすっぱ抜きました。両紙の報道から見ていきましょう。
コロナと「合意なき離脱」がもたらす複合危機
【英政府の非常事態計画】
・輸入に依存するジブラルタルとチャネル諸島は「合意なき離脱」の影響を受ける。ジブラルタルはスペインから切り離され経済的に不自由になり、チャネル諸島は英軍による医薬品と食料の空中投下が必要になる
・イギリスの漁業水域に違法に侵入してくる何百隻もの外国漁船と英漁船が衝突するのを阻止するため英海軍が必要とされるかもしれない
・新型コロナウイルスとEU離脱の影響で社会の混乱、物不足、物価上昇が増幅される
・最悪シナリオに備えて街頭の警察を支援する英軍部隊1500人がすでに待機
・貿易制限が洪水、インフルエンザ、新型コロナウイルスと複合した場合、病院が逼迫
・8500台の大型貨物自動車がドーバー海峡で停滞すると電力と燃料が不足
・運送業者の40~70%はドーバー海峡で通関業務が発生することへの準備ができておらず、ケント州では数カ月にわたって大型貨物自動車の長い列ができる。英ドーバーと仏カレー間の物流は3カ月間、45%減少
・医薬品不足のため家畜伝染病が地方に蔓延
・イングランドでは20に1つの自治体の財政が破綻。支援が必要になったり、中央政府の直接管理下に置かれたりする場合も
・EUから輸入される食料品の3割が不足、医薬品、飲料水を浄化する化学物質、燃料供給が足りなくなる
・配水や電気供給が止まる
・ドーバー海峡が閉鎖されると今年のクリスマスには食料と燃料供給が脅かされ、1年で最も忙しい時期にパニック買いを引き起こす
・全体的な経済危機を引き起こす。可処分所得、失業、事業活動、国際貿易と市場の安定に大きな影響を与える
・40年に1度のインフルエンザが流行すれば、新型コロナウイルスの感染が現在のレベルで続いただけでも国民医療サービス(NHS)は逼迫し、もし第2波がくれば窮地に陥る
・人件費と供給コストの増加により、ソーシャルケアの提供者に大きな影響
・イギリスの医薬品輸入の4分の3はドーバー海峡経由で行われており、その多くは有効期間が限られているため備蓄が困難
・コロナ危機の間、動物用ワクチンの生産が減少し家畜が苦しむ可能性も
・内閣府はNHSのため30億ポンド(約4160億円)とソーシャルケアのため6億ポンド(約830億円)を追加準備
・社会的距離とマスク着用は2021年まで継続する必要がある
・コロナ対策を守る社会的な意識は着実に薄れる
・新型コロナウイルスの検査能力は1日当たり30万件に拡大され、何十億個の感染防護具(PPE)が医療従事者やソーシャルワーカーに提供される
・複合危機は、産業活動の調整と、公衆の混乱や最も貧しい人々を直撃するメンタルヘルス危機の危険性を伴う
「ボリスをさがせ!」
EUのミシェル・バルニエ首席交渉官は21日の記者会見で、年内の自由貿易協定(FTA)合意について「現段階では可能性は低い。失望し、懸念を抱いている」と悲観的な見通しを語りました。一方、イギリス側のデービッド・フロスト首席交渉官も「進展はほとんどなかった」と述べました。争点は「英海域でのEU加盟国の漁業権」と「公正な競争の確保」です。
規則で雁字搦めのEUとの交渉は予想以上に厳しく「公正な競争の確保」の中で政府補助まで認められないとなると、イギリスはEU離脱後に国内の経済格差、産業格差を解消する大胆な改革を進められなくなってしまいます。イギリスは取引のためのカードとして「漁業権」を置いているフシがうかがえます。
「合意なき離脱」になれば英通貨ポンドがさらに下落して関税に関しては英・EU間の価格調整が進むはずです。しかしこれまでにはなかった通関業務が発生するため、時間と費用がかかり、英・EU間では貿易転換効果が働くようになります。イギリスがEUに輸出していた商品の新たな買い手を探すのは大変な労力を伴います。
イギリスが抱えている問題はコロナやEUとの交渉だけではありません。
英政府はコロナ拡大で大学進学に必要な中等教育の試験を中止し、代替策として学校の教師に評価を見積もらせるシステムを導入したところ大混乱に陥りました。教師の評価で進学させると大学の定員をオーバーするため、アルゴリズムを使って一方的に評価を切り下げたところ希望大学に行けなくなった生徒たちの怒りが爆発したのです。
結局、ギャビン・ウィリアムソン教育相は8月17日「若者全員が人生の次のステージに進むのを阻む障壁に直面しないようにする」としてアルゴリズムによる評価切り下げを取りやめたばかりです。この時もEUとの交渉と同じように、ジョンソン首相は姿を隠してウィリアムソン教育相に全てを任せたままでした。
ジョンソン首相はロンドン市長時代の2011年、大規模な暴動がロンドンから全国に広がった際、海外でホリデーを取得しており、当初はホリデーを切り上げてロンドンに戻るのを拒否していました。コロナ対策やEUとの交渉、大学入学資格試験を巡る問題で上手くいかなくなると雲隠れするジョンソン首相の態度に有権者の信頼は失われています。
今回はツイッター上で「ウォーリーをさがせ!」にちなんで「ボリスをさがせ!」のハッシュタグキャンペーンが展開されました。この冬、コロナの第2波と「合意なき離脱」のダブルパンチに見舞われると、イギリスは本当に厳しい状況に追い込まれてしまいます。
(おわり)