金正恩政権が悩む人民軍の新兵不足 「補充は86%程度」軍関係者証言 兵役忌避と脱走も増加
兵員不足が深刻な朝鮮人民軍で、仮病を使っての入隊忌避や部隊離脱が相次ぎ、当局が強硬措置に出ていることが分かった。アジアプレスの北朝鮮国内の取材パートナーが軍関係者に取材した。
1月中旬、北部地域に住む取材パートナーは「軍事動員部」の指導員に会って、兵員の補充の状況を調べた。「軍事動員部」とは、人民武力省の隊列補充局傘下の兵役事務を扱う部署だ。
「会った『軍事動員部』の指導員によると、現在、軍隊を除隊する者に対して新規の入隊者が86%程にしかならないそうだ。新兵の絶対数がまったく足りないため、身体検査でよほどの問題がなければすべて入隊させよと、上から指示が下りてきたという。それで、『軍事動員部』では、今春の新兵募集のために早くも学校を回って身体検査を始めている。というのは、入隊時期が近づくと、親がやたらと病気やなんかの口実を作って、何とか子供を軍隊に送らないように画策するので、先手を打って身体を調べてしまおうという魂胆だ」
このように取材協力者は伝えた。
さて、そもそも朝鮮人民軍の兵員不足の根本原因は何か? それは1990年代半ばの深刻な社会混乱と飢餓である。まず乳幼児も含めた子供がこの時期に大量に餓死した。餓死を免れても栄養不良で極端に体が小さい人が多い。さらに生活苦の中で子供を産まない傾向が進んで少子化に拍車化がかかった。この「飢餓世代」が今、 年代的に朝鮮人民軍将兵の大部分を占めるようになった。これが、現在の兵員不足の最大の要因である。兵力不足は部隊編成に支障が出るほどだという。
(関連記事<北朝鮮内部>深刻な兵力減少の人民軍の実態 少子化と徴兵逃れ横行で)
金正恩政権は、なんとか兵員数を維持しようと、2013年から、男子の入隊の最低身長基準を、145センチから142センチに下げたといわれる。2014年には、軍服務期間を1年延長して男子11年、女子7年にしている。
※昨年末から軍服務期間に変化があるという未確認情報もある。
(参考記事<写真報告>まるで少年兵 痩せて小さな人民軍の兵士たち 兵員不足で140センチ台で入隊 (写真4枚))
加えて問題になっているのが、冒頭で触れた兵役忌避と部隊離脱、脱走だ。一般社会では食糧難はほぼ解消されているにもかかわらず、人口の5%、100万超といわれる人民軍では、現在も栄養失調が蔓延している。国家が財政難で軍糧米を確保できていないためだ。それで親たちは、子供の入隊を忌避したり、食事事情の良い部隊に配置されるよう、賄賂や仮病などあの手この手を使うようになった。
「昨年入隊した子供たちには、病気を理由にして家に戻ってくる者が多い。てんかん発作の真似をする者もいる。私の住む町内から昨年軍隊に行った若者は8人程だったが、すでに3人が戻ってきてしまった。彼らに話を聞くと、『飢えて死ぬなら親のそばで死んだほうがましだ。軍生活はもう死んでもできない』とまで言っていた。(当局は)軍服務を忌避した者については、親を思想闘争集会に引っ張り出したり、労働党員の場合は党除名や役職の解任までしている」
と述べた。
しかし入隊忌避現象は根絶できていないと言う。取材パートナーは次のように北朝鮮の内の雰囲気を伝える。
「多くは仮病を使っておいて賄賂を与えて処罰を回避する。軍服務を果たさないと労働党入党や出世は絶望的だが、最近の若者は気にしない。金の力をよく知っていて、早く社会に出てお金を稼いだ方がいいという考えだ」
金正恩政権は、「祖国のために奉仕する」という人民軍のスローガンを掲げている。しかし過去の世代とは異なり、市場経済全盛の時代に成長した新しい世代の意識の変化は著しく、兵役忌避という、かつてあり得なかったことが発生しているのである。