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英首相顧問の外出禁止令破りを批判した女性キャスターが譴責された 放送の政治的公平とは

木村正人在英国際ジャーナリスト
英BBC放送から譴責されたエミリー・メイトリスさん(写真:REX/アフロ)

「ルール破りはない」と開き直る首相顧問

[ロンドン発]米富豪の未成年性的搾取疑惑でアンドリュー王子に単独インタビューし公務引退に追い込んだ気鋭の女性司会者エミリー・メイトリスさん(49)が首相上級顧問へのコメントが政治的公平を欠いていたとして英BBC放送から譴責され、27日、担当のニュース番組に出演しませんでした。

このまま降板になるのかどうかはまだはっきりしません。

発端は、イギリスの欧州連合(EU)離脱を主導するボリス・ジョンソン英首相の上級顧問ドミニク・カミングス氏が新型コロナウイルス対策として外出禁止令が発動されているにもかかわらず、発症が疑われる家族を車に乗せて長距離を移動した行動についてのコメントでした。

カミングス氏は5月25日の記者会見で「ルールは破っていない。後悔もしていない」と開き直り、謝罪も辞任も拒否しました。世論調査会社YouGovによると、カミングス氏はルールを破っており、辞任すべきだという声は記者会見を境に52%から59%に上昇しました。

別の世論調査会社Savantaによると、カミングス氏を擁護し続けるジョンソン首相の支持率(ネット)は22日の19%から25日にはマイナス1%まで20ポイントも急落。ジョンソン首相の支持率は3月31日には46%に達していました。

与党・保守党と最大野党・労働党の政党支持率の差も4月中旬の26ポイントから6ポイントにまで縮まっています。

「怠惰なエリートを攻撃する男」

エミリーは5月26日の番組のオープニングでこうコメントしました。「カミングス氏はルールを破りました。国民にはそれが分かるのに、政府には分からないことに衝撃を覚えます」

「彼は、常に世の中の空気を味方に付け、反対する人々に怠惰なエリートのレッテルを貼った男でした。彼は今、世の中の空気を理解する必要があります。怒りと軽蔑、そして苦痛を」

「彼は、ルールを守るのに苦労していた人たちに愚か者のように感じさせ、もっと多くの人が今やルールを無視できると思い込むことを許しました」

「首相は全て知っています。政務次官の辞任、下院議員の不安の高まり、世論調査の警告、国民の動揺にもかかわらず、ジョンソン首相はそれを無視することを選びました。今夜は、この無批判な主従関係が現在の首相官邸をどう動かしているかについて検証します」

これに対しBBCは27日の声明で「番組は公正で合理的かつ厳格なジャーナリズムに基づいてつくられていたが、オープニングでは番組で検証する質問の要約であることを明確にするべきだった。オープニングの語りは公平性の基準を満たしていなかった」とエミリーを批判しました。

しかし、エミリーは国民の気持ちを代弁したに過ぎないように筆者には感じられました。

死者3万7000人超のイギリス

イギリスでは3月23日に外出禁止令が発動されましたが、感染者は26万7000人を、死者は3万7000人を超えました。感染防護具の不足などで医師や看護師、介護士らNHS(国民医療サービス)の犠牲者も約200人に達しています。

カミングス氏は2016年のEU国民投票で離脱派を予想外の勝利に導いた影の主役。強硬離脱を主導して昨年12月の総選挙でジョンソン首相率いる保守党に地滑り的勝利をもたらしました。カミングス氏はデータマイニングを駆使する稀代の戦略家です。

カミングス氏を失えばジョンソン首相は再び「政界の道化師」になってしまう恐れがあります。これは政局です。独善的な性格と立ち居振る舞いであちこちに敵をつくってきたカミングス氏を政権から追放すればジョンソン首相は裸同然です。

外出禁止令下のカミングス氏の行動を見ておきましょう。感染が疑われる症状が家族に出た場合、家族全員で2週間、自宅で自己隔離するよう政府のガイダンスは求めています。しかし子供がいる場合は例外を認めています。

カミングス氏の行動

3月26日深夜、ジョンソン首相の陽性確認、自己隔離へ

3月27日、妻から「気分が悪くなった」という電話を受け取り、首相官邸から帰宅。数時間後に職場に戻る。2人とも新型コロナウイルスに感染していた場合、4歳の子供の面倒を見る人がいなくなるとして夜にロンドンからイングランド北東部ダラムの実家に車で移動

3月28日、カミングス氏発症。首相官邸は30日「自宅で自己隔離している」と説明

4月2日、発症した4歳の子供が妻に付き添われて病院に搬送される。カミングス氏は起き上がれず

4月3日、高熱と筋肉のけいれんに苦しむカミングス氏が車で妻と子供を迎えに行く

4月12日、妻と子供を乗せてダラムのバーナード・キャッスルまでドライブ

4月13日、家族でロンドンに戻る

4月14日、カミングス氏が首相官邸に出勤

EU離脱と経済を優先し緩い対策

日本で戦後、食糧管理法違反を裁く立場にあった東京地裁の山口良忠判事が闇市で食料を買うことを拒否して餓死した事件を筆者は思い起こしました。カミングス氏の行動は首相上級顧問としては許されないのかもしれませんが、父親としては当然だと思いました。

ジョンソン首相は今年中に移行期間を終え、EUから完全離脱すると断言しています。中国で死体の山が積み上がっていた2月、コロナ対策の国家緊急事態対策委員会(コブラ)を5回も欠席。中国での大流行を対岸の火事とみなし、コロナ対策よりブレグジットと経済を優先させました。

ジョンソン首相は行動計画を発表した3月3日の記者会見でも「病院で感染者と握手した」と軽口をたたいていました。感染症数理モデルを政府に提供している専門家が都市封鎖しなければ25万人の死者が出るという報告書を公表して初めて外出禁止令を発動しました。

ジョンソン首相が早期に都市封鎖をしていれば死者を2万人未満に抑えられていた可能性があります。

それにしても、EU離脱を優先してコロナ対策が遅れ、被害を拡大させたことよりも、ルールを破ったこと、首相が特別扱いを認めようとしたことに反発する一方で、政治的公平を守らなかったとしてBBCが看板キャスターを降板させるかもしれないというこの国の国民性に驚かされました。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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