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蔡英文新総統はどう出るか?――米中の圧力と台湾の民意

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
5月20日に台湾新総統に就任する蔡英文氏(写真:ロイター/アフロ)

5月20日には蔡英文氏が総統就任演説をする。一つの中国を謳う九二コンセンサスを認めるかが注目されている。中国大陸からの凄まじい圧力だけでなく米国からの警告も受けた。民意に従うとする蔡英文氏。では台湾民意は?

◆中国大陸からの圧力

「一つの中国」論を絶対に譲らない中国(中国大陸)は、1992年に合意された「九二共識(コンセンサス)」を台湾政権に激しく要求している。民進党の蔡英文は独立傾向が強く、もしも新政権が台湾独立を叫べば、中国政府はただちに反国家分裂法が火を噴くという構えだ。

そのため、台湾を訪問する大陸旅客数を制限したり、ガンビアと国交を結ぶなど、徐々に蔡英文氏を追い詰めている。

観光客数と貿易額で相手国を落していくのは、中国の常套手段だ。

香港が1997年に中国に返還された際、「一国二制度」を誓ったにもかかわらず、「一国」を重視して「二制度」を付け足し程度に持って行こうとする中国大陸に対して香港市民は激しく抵抗し、民主化を叫んで何度もデモを起こしてきた。その香港の富裕層を一気に大陸側に引き寄せたのは「観光客戦略」だった。2003年のことだ。

その結果、2014年データでは、700万人強の香港市民数に対して、大陸から年間4700万人の観光客がやってくるようになり、香港経済をほぼ独占してしまう。爆買いの対象の中には住宅もあって住宅価格が高騰し、ついに2014年の雨傘革命を招くに至ったくらいである。

台湾に行く大陸の観光客は418万人だと大陸側は発表しており香港ほどではないが、それでも経済的痛手はあるだろう。

一方、ガンビアは1974年に中国と国交を結んでいたが、1995年には台湾とも「中華民国」として外交関係を結んだため、中国はガンビアとの国交を断絶していた。しかし中国大陸との貿易額の急増により、2013年11月にガンビアは台湾と国交を断絶。そして2016年3月17日、遂に中国と国交を回復したのである。もちろん「一つの中国」を大前提としたものだ。これが5月20日に誕生する蔡英文新政権に対する圧力であることは、誰の目にも明らかだろう。

その証拠に3月19日の「環球時報」(中国共産党機関紙「人民日報」姉妹紙)は、「蔡英文――外交孤児時代来たる」というタイトルの記事を報じている。台湾は現在のところ、グアテマラ、パナマ、ニカラグアなど22カ国と国交を結んでいるが、それもやがて一つ一つ離脱していくだろうと警告している。

なぜなら、これらの国は「台湾政権が大陸政権と仲良くしているからこそ、台湾との国交を保っていられるのであって、もし台湾新政権が独立を主張し中国大陸政府と対立するようなことがあったら、ただちに大陸政権を選び、台湾とは断交するだろうから」というのが環球時報、すなわち中国政府の見解なのだ。

また、今年5月初旬、WHO(世界保健機関)のWHA(年次総会)への台湾参加に関しても、中国大陸国務院台湾事務弁公室(国台弁)の報道官が、「これはあくまでも『一つの中国』原則のもとでの中国大陸の取り計らいである」と述べた。

それに対して台湾の行政院大陸委員会は抗議し、5月7日、「我々は2009年以来、7年連続で円滑にオブザーバーとしてWHAに参加してきた」とした上で、「九二コンセンサスは『1つの中国』を各自表明することを基本としており、我が政府が主張する『1つの中国』は中華民国のみを指すのであり、我が方は、大陸側が主張する『1つの中国原則』についてもこれまで認めたことはない」という趣旨の声明を出した。

馬英九政権最後のメッセージとしては、すさまじい、おそらく初めての強烈な抵抗であったと言えよう。馬英九政権は、5月20日の蔡英文新政権への譲渡のために、5月12日に内閣総辞職をしている。

中国の中央テレビ局CCTVは5月17日、台湾は2009年12月に「中国」という肩書で「全球気候変動大会」(国連気候変動枠組み条約のことか?)に参加できたことを挙げ、「それは誰のお蔭だったのか」と解説し、「一つの中国」、「九二コンセンサス」を認めてこそ、そういった恩恵を大陸側は台湾に与えるのだ、と報じた。

◆アメリカが台湾へ「一つの中国」を警告

蔡英文氏の総統就任演説を目前にした5月15日(アメリカ時間)、アメリカの国防総省が「2016年中国大陸軍力報告書」を発行し、その中で「一つの中国政策」と「台湾独立を支持しない」ことを表明したという。台湾の『中央日報』が5月16日に報じた。

これは2007年に表明して以来9年ぶりのことで、明らかに蔡英文新総統に対する警告と言える。2007年の警告は、2008年に馬英九が総統に当選するときの総統選挙に当たって発した警告であった。

もし台湾が独立を主張して大陸との間に戦争でも起これば、アメリカは立場上、非常に困る。台湾側を支援したいが、中国との間には「一つの中国」を前提とした国交があるし、米中が戦争になることなどは絶対に避けたい。それは中国も同じだろう。

したがって環球網(環球時報の電子版)が4月25日に上海社会科学院と共同で「台湾新政権の台独問題に関するアンケート」(23問)を行なったことに対して、中国政府は一部削除することにより世論が過熱するのを抑えたくらいだ。なぜなら結果はすぐに出て、「台湾が独立するなら、すぐに武力を使って台湾を統一せよ(大陸に併合せよ)」という意見が圧倒的多数を占めたからだ。

◆さあ、どう出る、蔡英文新総統?

米中双方から挟み撃ちされている蔡英文氏は、世界中が見守る中、5月20日の総統就任演説で何を言うのか?

中国の脅迫にしたがって「九二コンセンサス」を認め、「一つの中国」という言葉を発するだろうか?

そのようなことをしたら、彼女が選挙中に呼びかけた言葉を否定することになり、彼女を選んだ選挙民たちを裏切ることになる。だから、それは絶対にしないだろう。民進党の党規約にも違反する。

そこで考えられる唯一の選択は、「九二会談があったことは認める」ということと、「現状維持」を主張することだろうと思われる。それ以外に道はない。この話題に全く触れないという選択もあろうが、それではパンチがない。

追い詰められた蔡英文氏は「私は台湾の民意によって選ばれた。だから私は民意に従う」と表明した。

賢明だ!

実に彼女らしい。

◆台湾の民意調査

では台湾の民意はどうなっているだろうか?

今年、5月13日に発表された「台湾民心動態調査(TMBS、Taiwan Mood Barometer Survey)」の調査結果を見てみよう。調査を行なったのは5月10日~11日である。

その問いの中に「中共政府は蔡英文が520(5月20日)総統就任演説で、必ず九二コンセンサスと両岸は一つの中国に属することを言えと要求している。あなたは、蔡英文新総統がこの要求を受け入れるべきだと思いますか?」という、実にストレートな問いがある。

まずはその回答を見てみよう。

1. 受け入れるべきだ:6.5%

2. まあ、受け入れてもいい:17.2%

3. あまり受け入れるべきではない:20.1%

4. 絶対に受け入れるべきではない:31.6%

5. わからない&未回答:24.6%

となっている。「1+2」を大きく分けて「受け入れるべき」とすれば、「受け入れるべき:23.7%」となり、「3+4」を「受け入れるべきではない」と分類すれば、「受け入れるべきではない:51.7%」となる。

これにより蔡英文新総統の演説内容は決まるだろう。

これはまさに、彼女の望むところでもあるはずだ。

ところで同調査によれば、「馬総統は信頼できる:28.9%」で「馬総統は信頼できない:53.7%」となっており、それぞれ4月の調査よりも「0.2%増」と「2.0%減」になっている。

この原因は明らかに日本の沖ノ鳥島への干渉事件と、5月7日のWHA参加に関する中国大陸報道への強烈な抗議にあったと見ていいだろう。

日本では沖の鳥島事件を、中国の圧力による反日行動とみなす分析が多いが、そのような単純なものではない。

実は2013年4月に馬英九政権は日本との間で「日台漁業取り決め」を結んだ。尖閣諸島周辺海域における日本と台湾の漁業権について定めた二国間の取り決めだ。これに対して台湾漁民からは「売国締結」として激しい抗議が上がっていた。なぜなら台湾の漁船が乗り入れていい水域は北緯27度より南側と定められているために、尖閣諸島の日本領海はこの取り決めの漁業域に含まれていないからだ。

台湾漁業界からの反発はこんにちまで続いていたため、馬英九氏としては政権最後の段階で、このTMBS民意調査における支持率を、わずかでも高めたいという気持ちがあっただろう。

実際、4月よりも0.2%ではあっても支持率が上がったのは確かで、これを以てピリオドを打ち、5月20日に総統の座を去る。

5月20日夕刻に開催される新総統就任祝賀会には参加しないそうだ。

蔡英文新総統の就任挨拶が楽しみだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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