マスターズ開幕前に知っておきたい、昨年覇者ダスティン・ジョンソンの勝利の陰にあった「2つの克服」
いよいよ今週は「ゴルフの祭典」マスターズが幕を開けようとしている。オーガスタ・ナショナルでは、すでに選手たちが練習ラウンドを行なっているが、その中で最大の注目を集めているのは、世界ナンバー1、そして昨年大会を制し、ディフェンディング・チャンピオンとして臨むダスティン・ジョンソンだ。
「昨年大会」と言っても、それは1年前ではなく、わずか5か月前の2020年11月のことだ。2位に5打差をつけて勝利を飾ったジョンソンは、前年覇者のタイガー・ウッズからグリーンジャケットを着せられ、TVインタビューに応え始めたところで、感極まり、彼の頬に涙が伝った。
「ドリーム・カム・トゥルーだ。僕は子供のころからマスターズ・チャンピオンになることをずっと夢見てきて、、、」
公の場でジョンソンがうれし涙を見せたのは、初めてのことだった。2016年の全米オープンを制したときは、優勝争いの真っ只中でルールに関する騒動に巻き込まれたこともあり、彼はついにメジャー初優勝を挙げたというのに、優勝会見では依然として何かに挑むような表情だった。
だからこそ、昨年のマスターズを制覇したとき、ジョンソンが涙を見せたことは大勢のファンを驚かせた。あの涙は、あのとき彼が語った通り、幼少時代からの夢が叶ったという喜びの涙だったのだろうが、実を言えば、あの涙には、それ以外の意味もあった。
「あのとき僕は、メジャーの最終日を首位で迎えてもちゃんと勝てることを実証した。それが何より嬉しかった」
そう、それまでジョンソンはメジャー大会で何度も惜敗を重ねてきた。2016年全米オープンは逆転による勝利だったが、「54ホール・リーダー」としてメジャー大会の最終日に臨んだ際は0勝4敗という惨憺たる負けっぷりで、そのたびに「チキンハート(臆病者)」と揶揄された。
昨年大会の3か月前に開催された全米プロでも、ジョンソンは首位で最終日を迎えながら、ショートヒッターのコリン・モリカワに逆転勝利を許したばかりだった。
【弱点克服を支えた人】
そんなふうに、ほとんどトラウマ化していた「54ホール・リーダーからの敗北」を、ジョンソンは見事に克服し、昨年のマスターズを制覇した。
トラウマ克服に至る過程には人知れぬ葛藤と試行錯誤があったのだと思う。そして、そんなジョンソンを支え続けてきたのは、彼のバッグを担いでいる弟オースチンだ。
振り返れば、プロ転向した2007年から2013年までジョンソンの相棒を務めていたのは、名キャディのボビー・ブラウンだった。だが、2013年にジョンソンが自身のキャディを弟オースチンに変えると「大ベテランを解雇して、キャディ業は初心者の弟とタッグを組んだジョンソンの判断はいかがなものか」と、米メディアからずいぶんと酷評された。
しかし、ジョンソンは幼いころから一緒にゴルフの腕を磨き、誰よりも気心が知れている弟に絶対的な信頼を置き続けた。
そして弟オースチンは、ウッズのバッグを担ぐジョー・ラカバやフィル・ミケルソンのキャディ(当時)だったジム・“ボーンズ”・マッケイらの仕事ぶりを必死に見て学び、キャディのノウハウを身に付けていった。
何でも言える弟だからこそ、言いにくいことも兄に言ったそうだ。
「パー5はすべて2オンを狙い、ただただ攻めていたダスティンは、弱点を克服する努力をしていなかった」
弟が指摘した「兄の弱点」はウエッジだった。弟の進言を聞き入れた兄は徹底的に小技を磨き、そして手に入れたのが2016年全米オープン制覇だった。
以後、弟はさらなる兄の弱点としてパットの不安定さを指摘し、パッティングの際のルーティンやセットアップ、ストロークなどに関する「いろいろ」をシステム化した。そのシステムは「マル秘」だそうで、詳細は明かされていないが、弟がグリーンを正確に読み、兄がシステムに従って正確に見事にパットしてカップに沈める。そんな共同作業が実を結んだのが、昨年のマスターズ制覇だった。
兄弟2人で挙げた勝利は、メジャー2勝を含めて合計18勝(注:米ツアー通算は24勝)を数えている。
間もなく始まる今年のマスターズでは、ジャック・ニクラス、ニック・ファルド、ウッズに続く史上4人目のマスターズ連覇を目指して、ティオフする。