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スペイン移籍でもがく柴崎岳。つまづいた理由は島事情か?

小宮良之スポーツライター・小説家
テネリフェで試合を観戦する柴崎岳(写真:ムツ・カワモリ/アフロ)

移籍して一カ月、柴崎岳はいまだデビューすることができていない。「胃腸炎で体重激減」「不安障害でホテルに引きこもり」と不穏な報道が流れ、退団騒動まで起きた。

自らスペイン行きを熱望しながら、なぜ万全の準備をしていなかったのか? 

スペイン移籍には、否定的な意見が渦巻いている。そこには同情と落胆の色が入り交じる。

しかし、会見でのスペイン語を聞く限り、勉強を重ねてきたことは明らかだった。スペイン語を習得した人間なら、あのやりとりが「一夜漬け」でないことは分かるだろう。他の海外挑戦日本人選手と比較して、準備を怠った、ということも、スペインを軽んじていた、ということもない。

では、なぜ日本人MFはつまづいたのか。

スペインという国を知った上で、カナリア諸島を訪れた者にしか知り得ない事情があるのだ。

テネリフェの水問題

まず、柴崎が入団したテネリフェというクラブがあるカナリア諸島は、スペイン本土からは約1500kmも離れている。首都マドリーからは飛行機で約3時間、バルセロナからは約4時間。地理的には、ヨーロッパよりもアフリカのモロッコや西サハラの対岸に近い。

いくつかの島があるが、文化圏は本土とまるで違う。浅黒い肌をした人が多く、スペイン語の訛りも強い。思考回路も「南の国」といった感じで、大らかで怠惰だが、直感的で飽きっぽかったりする。島だけに独特の気風があるのは、日本も同じだろう。

グランカナリアはサッカースタイルもかなり気分屋的なところがある。ひらめきを重んじ、トリッキーさを愛し、即興的な芸術家肌のプレーヤーが生まれやすい。ファン・カルロス・バレロン、ダビド・シルバ、ヘセ・ロドリゲス、ロケ・メサ。ボールプレーで人を楽しませるようなプレーを好み、その点は南米に近いだろうか。

人もサッカーも、アフリカや南米に近いのが実状なのだ。

スペインにあって、スペインにはないというのか。

そして、柴崎が胃腸炎になることで精神面も異変をきたした理由は、特定できないはずだが、一つは食事にあるかも知れない。

テネリフェは小さな島で、十分な雨水がない。そこで海の水を濾過、浄化し、薬品やミネラルを混ぜ合わせ、水道水として使用している。これは日本人にはあまり馴染みがないだろう。飲料水はペットボトルで口にしていても、野菜を洗ったり、料理に使うのは水道水だったりする。海外暮らしの経験がない、デリケートな人間ほど、これはボディブローのように体力を奪う。

筆者はバルセロナに住んでいて、何度かカナリア諸島(グランカナリア、ランサローテ、テネリフェ)を訪れたが、水の匂いは場所によって強烈だった。当然だろう。塩素やフッ素という化学薬品を混ぜ合わせ、消毒しなければ使えない。「cloaca」(下水溝)と表現する人もいる。そもそも排水施設はしばしば不備があり、ホテルの部屋で下水の匂いが充満する場合もあるだろう。コーヒーを頼むと、独特の匂いがして、とても飲む気がしないことがあった。吐き気を覚えてしまうほどに。

気候的に年中暑いことも理由なのだろうが、食事も味付けが甘ったるく、いわゆるスペイン料理とは一線を画する。例えば世界中、中華レストランはハズレが少ないものだが、ここではなにを食べても味付けが甘かった。それは「食材の質の悪さを消している」とも言われる。バナナは名産で、フルーツを食べている分には決して悪くないのかも知れないが・・・。

「食事事情も含め、対応しておくべきだ」

それは一理はある。しかし、モロッコで生活するつもりはなかっただろう。身体の変調の中で、真面目な性格が災いし、どうにかしようとして精神的に落ち込んだ部分もあるかもしれない。精神面の診断は難しいモノで、おそらく本人も把握できていないだろう。スペインの準備をしていったはずだが、直面しているのは少し違う問題と言える。

「我々人間は、新しい土地では予期しない状況になることがある。そういうときは手を差し伸べるべきだろう。岳は面白い選手で、適応する時間が必要。辛抱強く待つことにしよう」

ホセ・ルイス・マルティ監督も理解を示している。

日本はすべての面が行き届いている国だ。欧米では、デパートの過剰な包装がジョークにされるほど。世界で一番、効率的で便利な国だろう。

一方、異国ではすべて思い通りにいかない。水や食事は自分で対処する必要がある(例えばいち早くマンションを決め、自炊する)。その状況で自分を主張し、力を出せる逞しさが必要になる。

「私はヨーロッパでなにかを成し遂げるまでは、故郷に帰られないつもりで飛行機に乗った。成功するためには這いずり回っても、なんだってする。俺に戻る場所なんてない」

かつてスペインの2部から1部へ這い上がり、スペイン代表にまで上り詰めたブラジル人、カターニャは語っていたことがある。選手は人生を懸けて欧州に渡ってくる。過酷な世界だ。

では、練習に復帰した柴崎は道を切り開けるのか?

「スペインで活躍するには、CABRON(くそったれ、悪党)である必要がある」

そう語ったのは、オサスナの強化部長だったアンヘル・マルティン・ゴンサレスだ。

「日本人は"いい人"過ぎる。ここでは、厚かましいほど自分を主張し、楽天的に生きていけないと生き残れない。マジョルカから家長を打診されたことがある。いい選手だと思ったが、順応に時間がかかると判断した。日本人がドイツで結果を出している情報は得ている。でも、フィンランド代表のライタラもドイツでは良かったが、内向的性格でうちではなにも残せなかった。この国では、人を出し抜く強さが必要なんだ」

ときに人の力を図々しく借り、自分の力に換える。厚かましさと楽観的な根気強さ。それがスペインで生きる流儀である。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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