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イラン大統領ヘリコプター墜落事故原因はアメリカの制裁とは無関係、ロシア製を買えるのに選ばなかった意味

JSF軍事/生き物ライター
イラン大統領搭乗のヘリコプター「ベル212」が墜落(写真:ロイター/アフロ)

 5月19日にイランのライシ大統領が東アゼルバイジャン州(イラン国内の州)を視察中に乗っていたヘリコプターが墜落して死亡しました。事故原因はまだ確定していませんが、濃霧の悪天候の中で山岳地帯を飛んでいたので、おそらく気象条件が事故の要因であった可能性が高い状況です。

※追記:濃霧ではなく分厚い雲による視界不良が事故の原因だったという事故調査の初期報告が出ました。

イランのライシ大統領が死亡したヘリコプター墜落事故で、軍と革命防衛隊の調査チームが初期段階の報告書をまとめたことが22日、分かった。パイロットが分厚い雲の中で「視界ゼロ」に陥り、雲から抜け出そうと高度を上げたが、山に激突した。事前に悪天候の予報も出ていたが、大統領の予定を優先し、一行が飛行を決断していた。事故の詳細が明らかになるのは初めて。

出典:イラン墜落、「視界ゼロ」で激突 大統領予定優先で飛行:共同通信(2024年5月22日)

※追記:ただし最終報告ではやはり濃霧が原因だったという記述。出典

 ところが一部で「アメリカの制裁で古い機材を使い続けたせいだ」「修理部品が調達できなかったせいだ」という根拠の無い憶測が唱えられています。イラン政府はそのようなことは主張していませんが、イラン元外相のザリフ氏やロシアのラブロフ外相などがアメリカ制裁原因説を主張しています。

 しかし古い機材であることは事故原因とは直接的には無関係ですし、制裁下であっても市場流通数の多い民間ヘリの修理部品の調達はそこまで困難ではありません。そもそも事故機はイランが制裁下でありながら掻い潜って新たに調達してきた機体で、そこまで古くはないのです。

 そしてアメリカ製のヘリコプターが買えないならロシア製を買えばいいだけなのに、イランは敢えてアメリカ製を選んで運用している以上は自己責任であり、何も証拠が無いまま事故原因をアメリカの制裁のせいにしようとするのはお門違いのプロパガンダでしかないでしょう。

設計年代が古くても別に危険ではない

 イランのライシ大統領が乗っていたアメリカ製のヘリコプター「ベル212」のことを「1960年代設計の旧式機」と紹介する報道がありますが、しかしもっと設計年代が古い現役の航空機は珍しいものではありません。

  • B-52爆撃機:初飛行1952年
  • C-130輸送機:初飛行1954年
  • UH-1A輸送ヘリ:初飛行1956年 ※ベル204
  • UH-1N輸送ヘリ:初飛行1969年 ※ベル212

 設計年代がベル212よりも古い現役の航空機は数多く、今もB-52やC-130は現役ですから、設計年代が古いことはそのまま危険であることを意味しません。

製造年は米大統領専用ヘリやB-52爆撃機の方が古い

 また事故機を「1979年のイラン革命以前に購入した古い機体」と紹介する報道がありますが、実際にはイラン革命の後にアメリカの制裁を掻い潜って調達した新しい機体のようで、英FT紙の記事(出典)が伝えている数字は1994年です。

 そもそも1979年以前の製造の古い機体が危険だというなら、マリーンワンのコールサインで知られるアメリカ大統領専用ヘリコプター「VH-3D」が1978年製で今も現役で飛び続けていることをどう捉えているのでしょうか。後継機「VH-92」は用意されていますが運用面で問題が生じておりまだ機体は交代していません。

  • VH-3D:1978年製造、原型機SH-3初飛行1959年 ※アメリカ大統領機
  • ベル212:事故機は1994年入手、試作機初飛行1969年 ※イラン大統領機

※墜落したイラン大統領機はベル212(機体記号6-9207、製造番号35071)で、初期に事故機と報じられていた機体番号6-9221はベル412(ベル212の改良型)で別の機体。

※事故機のベル212(機体記号6-9207、製造番号35071)は1994年がカナダでの製造年という情報とイランが入手した年だとする情報の二通りがある。

 なおヘリコプターではありませんがB-52爆撃機に至っては最終製造年が1962年で既に2024年現在で62年経過していますが、今なお現役で、さらにもう30年使い2050年代に退役する予定とされています。これは特殊例になりますが、寿命延伸改修を行い整備部品を供給し続ければ、航空機は製造から100年近く現役という使い方すら可能なのです。

整備部品の制裁下での調達

 ベル212は世界中で売れた機体でそれなりに流通数が多く整備部品の調達は制裁下でもそれほど難しくはありません。実際に部品どころか機体丸ごとの調達すら制裁下でも実行されています。大型旅客機のように流通数が少ない上に購入ルートが限られて目立ってしまい足が付きやすい機材とは状況が異なります。

 なおイランは部品など流通している筈のないアメリカ製のF-14トムキャット戦闘機ですら運用を継続していますが、流石にこれはかなり無理をしてるようで、自国内で部品の内製を試みてはいますが、結局は共食い整備をしながら段々と動かせる機体数は減少しています。

ロシア製ヘリを使えばよいのに、そうしていない

 もしイランが制裁でアメリカ製やヨーロッパ製のヘリコプターが調達できないというなら、ロシア製や中国製のヘリコプターを購入して使えばいい筈です。大型旅客機と異なりヘリコプターならば性能的に選べる機材は多い筈なのに、イランは敢えてアメリカ製を選んでいます。それはアメリカ製の機材や部品の調達がそこまで困難ではないことを示唆しています。

 それはロシア製や中国製を選ばずアメリカ製を選んだのはイランの自己責任に他なりません。制裁を受けて部品の入手が面倒で中古のアメリカ製ヘリコプターの方が、入手が容易なロシア製の新型機よりも良いと選んだのは、彼ら自身なのです。

 つまり事故の原因をアメリカの制裁のせいにしようとしてるのは根拠が何も無いプロパガンダでしかないので、ザリフ元外相の主張を注釈無しでそのまま報道することは行うべきではありません。

 そもそも山岳地帯を悪天候の中でヘリを飛ばしたことが現時点で最も墜落事故原因として疑わしいのに、このことから話題を逸らそうとする意図のように思えてなりません。事故原因を拙速に決め付けるのも控えるべきではありますが、事故当時の現場が悪天候だったのは明白な事実であり、一方でヘリコプターの機械的な故障が生じたという情報はまだ何も報告されていないのです。

参考:ブアス&バザール財団のエスファンドヤール・バトマンゲリディ代表の解説

※リンク先で解説の投稿がツリー状になっており16連投稿で、これはその1番目の投稿。同財団(Bourse & Bazaar)は英ロンドンに拠点を置くシンクタンク。

参考:ババク・タグヴァイ氏の解説

「制裁によってイラン政府はアメリカやヨーロッパの最新型ヘリコプターの購入を禁じられているが、ロシアや中国のヘリコプターの購入には支障がない。イラン政府はロシア製の新型ヘリコプターを購入できるにもかかわらず、イランの政府組織も軍隊も、ロシア製の新型機よりも、たとえ老朽化した中古品であってもアメリカ製のヘリコプターを好む。」

参考:Did Sanctions Really Contribute to President Raisi's Helicopter Crash? | Middle East Forum

※イランの航空ジャーナリストのババク・タグヴァイ(Babak Taghvaee)氏による記事「制裁は本当にライシ大統領のヘリコプター墜落の一因となったのか?」の一部を和訳して引用。

参考:リチャード・アブラフィア氏の解説

「彼らは制裁を非難しており、それは正しいが、(イランが購入している)ロシアのヘリコプターには何の制裁も無いし、ロシアのヘリコプターはそこそこ良い代物だ。こんな古い機械で大統領を飛ばす必要はなかった。」

「彼らは自分たちの無能さを制裁のせいにしている。Mi-17は何時でも買える。プーチンが乗っているものだ。」

参考:Expert says Iran faces a shortage of aircraft parts | AP

※アメリカの航空専門家リチャード・アブラフィア(Richard Aboulafia)氏の解説の一部を和訳して引用。AP通信の記事タイトルは「専門家、イランは航空機部品不足に直面していると語る」だが、記事の内容は逆に「ベル212は闇市場では多くの部品が入手可能」としており不足している様子が無いと示唆。ただし闇市場の部品と低い整備能力の組み合わせは推奨されないとも。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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