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目が見えなくても映画が作れるのか?視覚障がい者が挑戦する映画に山寺宏一、石丸博也らも参加

壬生智裕映画ライター

■山寺宏一、石丸博也ら豪華声優陣が参加

 視覚がなく、光すら感じたことがない視覚障がい者が撮ったSF短編映画がある。全盲のミュージシャン・加藤秀幸が監督した約12分の『ゴーストビジョン』という映画がそれである。CGや実写などスタイルの違う映像をシーンごとに組み合わせ、1本の映画にまとめ上げるという異色のスタイルを持つ同作の舞台は近未来の宇宙の小惑星。生まれながらにして全盲の男と、目が見える相棒が“ゴースト”と呼ばれる存在を追い求めるSFアクションとなっている。

山寺宏一ら豪華声優陣も参加
山寺宏一ら豪華声優陣も参加

 山寺宏一、石丸博也、能登麻美子、神奈延年といった豪華声優陣が声の出演で参加。さらにスタッフに『シン・ゴジラ』『バイオハザード』シリーズのプリビスやCGの制作チーム、『ファイナルファンタジーXV』の開発チーム、国内外で活躍する現代美術家の金氏徹平など、一流のクリエーターたちが参加している。今回のプロジェクトに参加した面々は口々に「どういう映画になるのか興味があった」と語っている。視覚障がい者である加藤監督はどのようにして映画を制作したのだろうか。どのようにして頭にあるイメージをスタッフと共有していったのだろうか――。

 3月30日よりアップリンク渋谷ほかにて全国順次公開予定のドキュメンタリー映画『ナイトクルージング』は、その『ゴーストビジョン』の制作過程を追いながら、映画作りに向き合う加藤監督の情熱・喜び・戸惑いなどを浮かび上がらせる。監督を務めるのは、マジョリティとマイノリティの境界線に焦点を当てた作品を多く手がける佐々木誠監督。なお、3月中旬には本作の試写会とトークショーが上野の東京藝術大学で行われ、佐々木監督と加藤監督、田中みゆきプロデューサー、映像作家の藤井光氏が登壇した。以下の本文のコメントは、その時のトークショーでのコメントを中心に、映画の劇中コメントなども若干織り交ぜながら構成したものだ。

■目が見えなくても映画が作ることができるのか?

 そもそも加藤監督はどうして映画を作ろうと思ったのだろうか。その理由について加藤監督は、「目が見えなくても映画が作れるのか。その映画を、目が見える人が観た時にどう捉えてもらえるのか。挑戦をしてみたかった」と語る。前提条件として「視覚情報は人間が得ている情報の中で8割を占めていると言われていますが、僕は先天性の全盲なので、そもそもその映像を観たことがない」といい、「その自分が映像作りに挑戦する。いわゆる視覚情報の知識に乏しい自分がどこまでできるのか。ハッキリ言って自信もなかったし、果たしてそれをやっていいものか、というところは戸惑いもありました。でも佐々木監督や脚本を監修してくださった方々が『きっと出来るよ』と背中を押してくれたんで、やってみようと思いました」。

 この作品は、まず加藤監督が作ったSF映画『ゴーストビジョン』があり、そしてその外枠として、その制作過程を追う『ナイトクルージング』がある、という入れ子構造となっている。この二人の監督の作品がうまく混ざり合い、1本の作品へと昇華している。「もともと僕自身が、映画を作る映画に興味があったんです」と切り出した佐々木監督は、「だから加藤くんが映画を作る過程を描いたら面白いんじゃないかと考えたんです。『君を主役にそういう映画を作りたいんだけど』と誘ったら『面白そうじゃん』ということで、オッケーをもらったという感じですね」と明かす。

加藤監督(左)と佐々木監督(右)(C)撮影:大森克己
加藤監督(左)と佐々木監督(右)(C)撮影:大森克己

 もともと加藤監督と佐々木監督は同い年で、ジャッキー・チェンなどの映画が好きという共通項から友情を育んできた。それだけに加藤監督の質問は遠慮がない。ところどころで織り込まれる「なんで映画作りなの?」「ラジオドラマじゃ駄目なの?」「どうしてこうなったの?」といった佐々木監督のズケズケとした質問を通じて、加藤監督は自分の頭の中の思考を整理しているようにも見える。「佐々木監督は、俯瞰的すぎず、介入しすぎずという位置を保っているんですが、それを意図的にやっているというわけでもない。そういう気を使っているんだか、使っていないんだか、という彼だからこそ信頼できる。だからこそこの映画も完成したんだと思います」と全幅の信頼を寄せているようだ。この映画は視覚障がい者の映画作りの側面だけでなく、二人の映画好きたちのバディムービーとしての側面もある。

■プロフェッショナルたちとの映画作り

 「視覚障がい者がどうやって映画を作るのだろうか」という興味をベースに映画を観ていたはずの観客だが、やがて、そういったことを忘れてしまう。そこには、単なる映画好きの男性が映画作りに夢中になっているさまが映し出されているだけだからだ。それほどまでに映画作りに没頭する加藤監督だが、とにかくピュアで楽しげだ。ナレーションで参加した石丸博也氏(ジャッキー・チェンの吹き替え声優としても有名)との対面に「すごい、ジャッキーと話しているみたいだ」とウキウキした様子をみせる加藤監督のリアクションは、映画ファンのそれと何ら変わらない。

映画作りを通じて色彩を理解する
映画作りを通じて色彩を理解する

 映画作りは祭りである。だからこそ加藤監督が初めて体験する映画作りの過程を通じて、観客もまた映画作りに飛び込むような感覚になる。スタッフは「こういう映画を作りたい」という加藤監督の頭の中にあるビジョン・演出意図などを何とか理解しようとし、そして自分のビジョンをなんとかして加藤監督に伝えようと試みる。時には人形を使い、時にはブロック玩具を使い、時にはデコボコが浮かび上がるように印刷される2.5Dプリンターを使い、時にはカラーチャートなどあらゆる手段を使いながら、お互いの考えを少しずつ擦り合わせていく。

 「出来ないことがあるなら工夫すればいい」――。百戦錬磨のクリエーターたちは、加藤監督に対してもプロフェッショナルの流儀をもって真っ正面から向き合う。だが、佐々木監督が”頑固”と評する加藤監督だけあって、彼らの意見に耳を傾け、納得しながらも、イメージと違うと思ったらキッパリとノーを突きつける。そこにはより良いものを作り上げようというクリエイティブな精神が息づいている。必要以上に丁寧なスタッフの説明も、加藤監督とわかり合いたいからだろう。もちろん互いのことを100%わかり合うのは難しいことだ。勘違いやすれ違いもあるだろう。予算的な問題なども含めて妥協しなければいけない面も多々あっただろう。しかしそれは加藤監督が視覚障がい者だからということではなく、もの作りの現場ではよくあることだ。だからこそ面白い。

■視覚障がい者の誰もが映画監督になれるわけではない

 そんなコミュニケーションを映し出した佐々木監督は「映画ってたかだか120年くらいの歴史のものですけど、いろいろな人が『映画ってこうでなくてはいけない』ということに縛られているなという実感があった。でもこの映画を通じて、自分は視覚にとらわれていたなということを思い知った。彼が映画を作る作業が身に染みたというか、全然違う感覚だなと思った。そんな口では説明ができない、モヤモヤしたものがこのドキュメンタリー映画には映り込んでいるなと思いました」と語る。そして「とにかく加藤くんはビジョンがハッキリしていて、それでいて頑固。だからもともと監督としての才能があったんだと思う。視覚障がい者全員が、映画監督になれるかというと、そんなことはなくて、加藤くんだからこの映画を作ることができたんだと思う」とも語る。

撮影現場での加藤監督
撮影現場での加藤監督

 確かに加藤監督は完成した映画を観ることは出来ない。この映画が本当の意味で加藤監督の理想通りに仕上がったのかどうかは分からない。だが、それでも上気した表情で映画作りについて語る加藤監督の姿にはなんだかグッとくるものがある。

映画『ナイトクルージング』

監督:佐々木誠

プロデューサー:田中みゆき

出演:加藤秀幸

山寺宏一、能登麻美子、神奈延年、金氏徹平、ロバート・ハリス、

小木戸利光、三宅陽一郎、イトケン、しりあがり寿、石丸博也 ほか

企画・製作・配給:一般社団法人being there、インビジブル実行委員会

配給協力・宣伝協力:アップリンク

(2018年/日本/144分/16:9/DCP)

2019年3月30日(土)より、アップリンク渋谷ほか全国順次公開

(C)一般社団法人being there インビジブル実行委員会

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』『ハピネス』のパンフレットなど。

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