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消滅危機、債務超過もあった湘南ベルマーレ ルヴァン杯で優勝するまでに立て直した会長の経営哲学

木村元彦ジャーナリスト ノンフィクションライター
ライザップとの提携を発表する真壁湘南ベルマーレ会長 精力的な営業活動でも知られる(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 湘南ベルマーレがYBCルヴァンカップを制した。ピッチ上に歓喜があふれた瞬間、ライトグリーンの選手たちは会長の真壁のもとに走った。監督のみならずクラブ経営者の芝生の上での胴上げが始まった。前代未聞ではあるが、湘南の歴史を知る者であれば、誰もが納得する動きであった。

 真壁はメインスポンサーのフジタが撤退したことにより消滅危機にあったベルマーレ平塚をゼロから建て直し、市民クラブの雄・湘南ベルマーレとして生まれ変わらせた立役者である。元々はサッカーに縁もゆかりも無い人物であったが、友人の地元選出議員にベルマーレ存続検討委員会のメンバーに強引に誘われて以来、地域のために粉骨砕身して来た。

 その軌跡は本人の自著[崖っぷち社長の挑戦に譲るが、ここに記しておきたいのは、真壁のクラブ経営哲学である。何となればどんな逆境でもブレなかったその理念こそが、予算規模の少ないベルマーレをルヴァンカップでの栄光に導いたと考えられるからである。

 2013年からJリーグにはクラブライセンス制度が導入されている。これはプロクラブの資格制度として設けられたもので、定められた一定基準を満たさないとライセンスが交付されないというものである。AFC(アジアフットボール連盟)が2009年に導入を決めて傘下の加盟国に通達しているが、審査基準内容は国ごとのローカルルールにゆだねられている。

 Jリーグは「競技」「施設」「組織運営・人事体制」「法務」「財政」の分野において審査を行うもので、特に責任企業=親会社を持たないクラブの経営者にとって頭を悩ませられるのが、「財務」である。親会社からの補てんを期待することができない中、赤字を三期連続で出せばアウト、債務超過は一発でライセンスを剥奪されてしまう。これは不確定要素の多いシーズンを通して戦っていく上でかなり厳しい条件で、選手強化についても困難な舵取りを迫られる。残留や昇格を懸けたタイミングで勝負をしようとしても冒険する前にどうしても躊躇が入る。多くの地方クラブ経営者から私は「一期赤字を出してしまうと二期目はもう経営が完全に守りに入ってしまう」「勝ち続けても人件費を抑制するために高い選手を売らなくてはならない。サポーターに夢を与える強化費用の使い方ができない」という声を頻繁に聞いた。

 私が忘れられないのはこのライセンス制度についての考えを聞くために真壁に取材に行ったときの言葉である。

ベルマーレは2011年に債務超過を起こしている。そのことで真壁はライセンス交付第一審機関のFIBのヒアリングを受ける最初の人物となった。債務超過の原因はこの年の3月11日に起こった東北の大震災によって交渉していたいくつかのユニホームスポンサーが支援を躊躇したことであった。しかしそれを理由にするのは人間として許されない行為だと思って真壁は黙っていた。ただFIBのヒアリングを受ける中で当時のライセンスの制度設計に疑義が溜まって来た。

 このときの真壁の提起が、すべて頷首せざるをえないような見事な指摘だった。それを記事にすることは、クラブ経営者にとってすれば生殺与奪権を持つライセンサーに対する批判を残すことになるから、当然リスクのある行為であった。当初、ある経営者という主語にしようかとさえ考えていたが、真壁はベルマーレの会長の発言として実名を出すことを快諾してくれた。(拙著「徳は孤ならず」に収録。あらかじめ記しておくが、現在ライセンス制度は発足当時に比べてかなり改善されて来ている。それもこのような声があがって問題が可視化されて来たからと言えよう)

 曰く「FIBは人を裁くのにその当時は議事録を取らないんです。呼ばれたのは僕ですが、クラブを裁くんです。それこそ地域の人が汗をかいて1000円、2000円と払って下さって、勝てない試合にも一生懸命拍手をしてくれて、その責任を負って審査を受けるんですよ。そこの会話に何の証拠も残らない。僕はそんなことが社会的にあって良いとは思わない。ライセンスが出ないというニュースが出るだけで(地方)ホームタウンは悲しくなるんですよ。それから審査が何でシーズン途中で始まるのか。開幕してたった5ヶ月の数字で審査するのはおかしいですよ。審判というのは起きた結果に対してすべきであって6ヶ月先の話で『悪い』と言われるのは限りなく冤罪を生む可能性があるわけです」

 ルヴァンカップ決勝の相手であった横浜F・マリノスも含めた6つのJクラブが存在する神奈川県で地域性を訴えることは至難の業である。それでもホームタウンに根ざしてサポーターとも強固な信頼を築いてきた。真壁の言葉は地域に向き合って来た人間だけが持つ深みがあった。ライセンス審査に合わせて地元を苦しめるようなことはしなかった。

この審査の場でも忖度や迎合は一切せずに主張した。

 「FIB審査で『債務超過は増資で解消します』と説明したら、その保証は?というので保証は僕ですと答えました。地元の信頼関係でずっとやって来ていて『秋口には支援するよ』と言われているのに、『8月にライセンス審査があるんで先に増資して下さい』というのは勝手な小さな村社会の事情ですよ。僕は地域社会とつきあってご支援いただいているわけだから。僕は能力がないので何度もスポンサーやサポーターに増資してもらっていますが、『ライセンスが出ないからお願いします』ではなく、『チームが結果を出しているから、必ず出すから』とお願いしています。ライセンスが出ないとクラブ経営が出来ないという意味は何となく分かるんだけど、それは形式的に否定されているだけで、クラブの本質を否定されているわけではない。大事なことはそこですよ。監査法人とか、弁護士が集って数字でクラブの本質が測れるのか。測れるのなら結構。僕は測れないと思っているから。それでやっていただいて結構だけど、僕たちが生きていく道筋ではないから」

 「ライセンスが出ないから、増資お願いします」というように制度を中心に据えない。そして「たかが数字でクラブの本質が測られてたまるか」という気概。育成や地域貢献活動などは帳簿には表れない。それで測るならやれば良いが、自分の節は曲げない。

 目の前の審査に通るためだけに地元企業や行政を振り回していれば、むしろサッカーは歓迎されなくなってしまうかもしれない。債務超過を起こしてから7年、逆境の中でこそ、哲学を通した真壁のクラブが戴冠した意味から学ぶものは少なくない。

ベルマーレはカップ戦を制したが、リーグ戦はまだ残留争いの真っただ中にいる。最後まで闘いは続く。

ジャーナリスト ノンフィクションライター

中央大学卒。代表作にサッカーと民族問題を巧みに織り交ぜたユーゴサッカー三部作。『誇り』、『悪者見参』、『オシムの言葉』。オシムの言葉は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞、40万部のベストセラーとなった。他に『蹴る群れ』、『争うは本意ならねど』『徳は孤ならず』『橋を架ける者たち』など。

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