「メディアの寡占化」会議報告 ーフィンランドのジャーナリストが「首相からメールで圧力」
(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」1月号の筆者記事に補足しました。)
「メディア・キャプチャー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。
「キャプチャー(capture)」には「捕獲する」、「保存する」などの意味があるが、政府、政治家、大企業、富豪などの権力者が政治力や財力などを用いて自分達に都合の良いようにメディアの言論空間を牛耳る状況だ。
その現状を把握し、対処法を考えるためのイベントが昨年11月23日と24日、ベルリンで開催された。タイトルは「沈黙の乗っ取り:21世紀のメディア・キャプチャー」。「沈黙の」とは、多くの人が気づかない間にキャプチャーが起きている、という意味が込められている。
主催は独「fome」(Forum Medien und Entwicklung、「メディアと開発のフォーラム」)で、報道の自由を世界中で推進するために結成された団体だ。現在、加盟組織は24に上り、開発途上国や紛争発生国での独立メディアの育成に力を入れている。
冒頭でメディア・キャプチャーの定義を記したが、実は様々な説があり、研究が続いている状態だ。
イベントの初日に基調講演を行ったアンヤ・シフリン氏(米コロンビア大学のテクノロジー、メディア&コミュニケーション部ディレクター)は専門家の一人で、「新たな検閲」の状況を紹介した。
例えば、「民主的な」選挙で選ばれた国家元首によるメディア・キャプチャーの形がある。
このような政治家は「民主独裁者(democrator)」であり、言論空間を「作られたコンテンツ」で満たしてゆく。エクアドル、トルコ、ロシアが具体例として挙げられた。
デジタル時代に支配的な位置を占めるようになったフェイスブックをはじめとするプラットフォームの存在も、メディア・キャプチャーと考えられるという。
対処法は何か?
シフリン氏によると、
(1)情報源の多様化
(2)独占禁止関連の法律や規制を強化
(3)公共放送を支援
(4)調査報道を行うための国際的なファンドを設置など。
また、メディア関係者、学者、非営利組織などがいかに寡占化を防ぐかについて情報を交換し合う必要性も指摘した。
フィンランドでも言論の自由を巡る事件
イベント2日目には、メディアの寡占化による言論空間への影響について、二人のジャーナリストが実体験を話したセッションがあった。
一人目は世界的な報道の自由のランキングで常に高い位置を占めるフィンランドのジャーナリスト、サーラ・ヴォリコスキー氏である。
同氏は現在、ニュース週刊誌「スオメン・クバレティ」で働いているが、2年前までフィンランドの国営放送「YLE」(フィランド放送協会)の調査報道チームにいた。ヴォリコスキー氏は「YLEゲート」と呼ばれる政治スキャンダルに関わり、YLEを離れることになった。
発端は2016年。ユハ・シピラ首相の親戚が、破綻したタルビバーラ鉱業会社の所有者の一人となっていたことが発覚する。この会社はテーラフェイムと名を変えて再組織化されていたが、政府から巨額の資金援助を得ての再出発だった。首相が何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑は議会の調査で払拭されたが、複数の報道機関がこの問題を取り上げ、YLEもこれに続いた。
ヴォリコスキー氏のチームによる報道に対し、首相は「憤慨した」という。YLEの編集局幹部は報道の表現を和らげたり、放送予定の順番を変えたりなど、「チームに事前に告げないままに報道に干渉をするようになった」。
そして、前代未聞の事態が発生した。シピラ首相が報道内容に対する苦情をヴォリコスキー氏にメールで直接送ってきたのである。「報道のために国民が私に対して怒りを向けている」、「YLEに対する敬意を失った」などと書かれていた。
当時の編集長はチームに対し、関連の報道では一切首相の名前を出さないこと、またメールを受け取ったことを公にしないようにと伝えた。ある制作スタッフが疑惑について議論する番組を企画したところ、「企画を取り下げないなら解雇する」と脅された。しかし、YLEの内情は次第に他の媒体でも取り上げられるようになった。
ヴォリコスキー氏は編集長の辞任を求めたが、これが叶わないことが分かり、自分が辞任した。上司も同時に辞任したという。しばらくして編集長は辞任し、2018年4月、新たな最高経営責任者が就任している。
イベントの会場から、質問が出た。「疑惑報道を巡り、YLEに政治圧力がかけられたと思うか」。ヴォリコスキー氏はこう答えた。「YLEの運営は国民の税金によって賄われている。毎年、予算額を決めるのは政府だ。YLEの対応と政府の圧力との間には、何らかの関係があると思う」。
辞職後、ヴォリコスキー氏は一連の事件を書籍にまとめている。
メディアの多様性が問われるチェコ
チェコのメトロポリタン大学の調査によると、報道の自由度において過去20年間比較的安定していたチェコがここ5年で変貌を遂げているという。2016年時点で、メディアの所有者の92%が政治家や大企業の経営者となっている。その中でも目立つのが新興財閥で、その一人が現在は首相となっているアンドレイ・バビシュ氏である。
チェコの調査報道記者マグデレーナ・ソドムコバ氏は、国内最古の新聞「リドブ・ノビニ」で働いていた。数年前に発行元マフラ社がコングロマリット「アグロフェルト」(バビシュ氏が創業者)に買収されてから、編集室の雰囲気がガラリと変わってしまったという。
ビジネスで財をなしたバビシュ氏が2011年に設立した反体制派の政治運動「ANO」は、2012年に大衆政党としてその歴史を開始した。
リドブ・ノビニ紙がバビシュ氏が経営するビジネス・グループの傘下に入った時、編集スタッフは「彼が何をやっているのかを十分に知らず、メディアを乗っ取られたらどうするかを考えたことがなかった」。民主主義や報道の自由が「永遠に続くものだと思っていた」。
買収直後、編集長が辞任し、新たに抜擢されたのは調査報道の経験が長い女性記者だった。「これで編集スタッフは、もし新所有者から編集への干渉があっても、この人が守ってくれるだろう」と信じたという。しかし、「実際にはそうはならなかった」。
社員全員が新たな雇用契約を交わすように言われ、この契約によって「社内で発生することを外に出さないことを義務化された」。また、「お金がかかりすぎる」という理由で調査報道部や国際ニュース部が廃止された。
記者たちはバビシュ氏の政治目的を推し進め、ライバルを貶めるための報道を迫られるようになった。
ソドムコバ氏も、ある原稿を不本意な形に書き換えられたことをきっかけとして辞職した。同氏は、イベントの参加者の前で、悔しそうに言葉を詰まらせた。「私が数えた限りでは、すでに75人が新聞社を辞めている」。
2014年、バビシュ氏は財務大臣に就任したことを機にアグロフェルト社の最高経営責任者の職を辞した。
マスメディアを使うことによって、バビシュ氏は自分への支持を大きく拡大させ、政治のトップの位置にまで到達したとソドムコバ氏は見ている。
YLEにいたヴォリコスキー氏も、チェコのソドムコバ氏も、一人一人の記者が孤立し、職場のジャーナリスト全員で団結した行動を取れなかったことが心残りだったと話した。
イタリアの非営利組織「センター・フォー・メディア・プルーラリズム・アンド・フリーダム」が毎年発表する「メディアの多様性モニター」(2017年)によると、チェコは「高い危険度」の範疇に入る。メディア所有の寡占化が進み、「商業上の事情や所有者の意向が編集内容に影響を与えている」状態にあるからだという。
「モニター」によると、メディア所有の寡占化は欧州連合(EU)全体で広がっている。新聞の経営が苦難に陥り、小規模のメディアがより大きなメディア所有者の元に集約される傾向があるからだ。
今年も報道の自由への負の影響を注視して行きたい。