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愛猫タマの絵からジョンレノンの靴下の穴の話まで。死者たちへの愛を感じる横尾的レクイエムとは【神戸市】

Hinata J.Yoshioka旅するフォト&ライター(神戸市)

横尾さんの愛猫だった「タマ」。私は今まで何度か横尾忠則現代美術館に通ってきたのですが、今回展示されているタマの絵を見た時に、初めて出会う横尾忠則を感じました。

横尾さんの生活の中に当たり前にいたはずのタマ、その不在から描き始めた絵。そこには興味から描き始める他の横尾作品とはまた違った、優しさ、穏やかさ、そして哀しみなどを柔らかく含んだ「愛情」が感じ取られます。

ある意味、それは見ていてとても新鮮でした。淡々としていて何のひねりも持たさず、ただただ真っ直ぐストレートな表現の絵。

全体で約350点の作品が並ぶ今回の「レクイエム 猫と肖像と一人の画家」。美術館でタマの絵をメインにした展覧会をすることに横尾さんは今まで前向きではなかったのだそうですが、今回のレクイエムというタイトルの元、ようやく実現したそうです。

今年の春の園遊会で天皇、皇后両陛下との猫談義から全国的に有名になった「タマ」。亡くなってから現在までに89点もの絵が描かれているそうで、横尾さんにとってのタマの存在がいかに大きかったのかが示されているかのようです。

「画家の横尾忠則が、アートではなく愛情を表した絵」とご本人がおっしゃるように、いつもの横尾忠則とは違う、タマがいる日常をシンプルに切り取っただけの記録。

誰にも見せる予定のなかったプライベートな絵、だけどもそこにギュっと凝縮されたタマとの穏やかな時間の奥に、横尾忠則という人物の静かな「感情」が浮かびあがっていました。

タマの最後を見送った時間も、横尾さんは絵の中に閉じ込めています。そこにひっそり漂う問いかけは、いのちとは何か、そして死とはどういうことなのか。

多くの横尾作品のテーマでもある「死」ですが、私がこの絵に感じたものは他の横尾作品とはまた少し違ったものでした。この絵の前を立ち去る時には一度、ゆっくりと深く呼吸をする必要がありました。

2階のフロアに展示された作品は、横尾忠則がその長いキャリアの中で、深く親しく交流して来たという人々への鎮魂展となっていました。「14の死」、そこに捧げる作品です。

三島由紀夫や寺山修司などの作家から、三宅一生、瀬戸内寂聴、高倉健やジョン・レノンに至るまで、各界で鋭い光を放って来た故人たちがここに一堂に会する風景はまさに圧巻です。

死に対してマイナスなイメージを持たない横尾さんらしく、湿っぽい空気にならないようにと登場人物同士の行き来を楽しめるような雰囲気の展示にしてあるというこの展覧会。まさに横尾ワールドならではの仕掛けです。

面白いところでは、高倉健さんの大ファンだった横尾さんが、頼まれもしないのに勝手に作ったという健さんのポスター「切断された小指に捧げるバラード」が展示されていました。健さんが本当に好きだったようですね。

また、ドッキリのように突然紹介されたジョン・レノンとオノ・ヨーコとの出会いの瞬間の写真や、自宅に遊びに行った際にジョン・レノンが大きく穴の開いた靴下を履いていたというエピソードなど、その人の人間味や生き方を感じられる話が横尾作品と共にさらっと紹介されているのでそちらもどうぞお見逃しなく。

「生と死の境界線を越えて、作品の中で生き続けている」と横尾さんが言う彼らの姿が、キラキラと光り輝く2階のフロア。

今もなお作品の中で、全盛期の頃のエネルギッシュな姿をとどめているアーティスト達が主役となった2階の展示と、タマの日常を切り取った3階の展示は、共に「死」がテーマでありながら、対照的なアプローチとして描かれているのではないかと館長の林さんは言います。

インドへの関心から、死の先にある「救い」を感じるようになったという横尾さん。

死は終着点ではなく、生の側から見た死やその逆など、立ち位置の違いと考えているのでは…それが最近の作品からよく分かるのだと、今回担当した学芸員の平林さん。「最近の横尾作品は、生と死の境界線が非常に曖昧になっている」と言います。

4階の「横尾忠則コレクションギャラリー」には、今回のレクイエムというテーマに基づいて、横尾さんが所蔵しているアンディ・ウォーホル作品4点と、ウォーホルをモチーフとした横尾作品のシリーズ「A.W.Mandala」57点の展示もありました。

横尾さんが当時、ウォーホルのオフィスを訪ねて彼から直接購入したというミック・ジャガーの肖像2点もそこにありましたよ。そういうエピソードのリアルな感じから、実際にその絵を前に想像してワクワクしてしまいます。

それにしても、死者たちと出会える展覧会なんて横尾さんらしいですね。それも横尾さんが死というものを達観しているからこそ。描かれたアーティスト達の、生き方そのものまでが見えてくるような展覧会は他にはないですよ。

皆さんもどうぞ、そんな不思議な横尾ワールドにこっそりと足を踏み入れてみては。「あちらの世界の彼らとぜひ会話してみて下さい」と、横尾さんからの伝言でした。

『レクイエム 猫と肖像と一人の画家』

横尾忠則現代美術館HP (外部リンク)
開催日:2024年9月14日〜12月15日
場所:兵庫県神戸市灘区原田通3-8-30
TEL:078-855-5607(総合案内)
OPEN:10:00-18:00(入場は17:30まで)
定休日:月曜(祝日の場合は翌平日)、年末年始、メンテナンス時(不定期)
観覧料:
一般    700円
大学生   550円
70歳以上 350円
高校生以下 無料
(他、割引などあり)

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旅するフォト&ライター(神戸市)

旅なしに人生は語れない、ノマド系フォトライター。国内から世界各国まであちこち歩きまわって取材する、体当たりレポートを得意とする。趣味は美味しいもの食べ歩き、料理、音楽、ダンス、ものづくり、イベント企画などなど、気になる物には何でも手を出してしまう。南国気質で、とにかくマイペースな自由人。

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