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「小説を盗まれた」 京アニ事件、男の供述が捜査や裁判に与える重要な意味とは?

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:ロイター/アフロ)

 京都アニメーションでの放火殺人などの容疑で逮捕された男。事件直後から一貫して京アニに「小説を盗まれた」と供述しているという。その重要な意味とは――。

真偽の見極めを要する

 男が実際にこうした供述をしているのであれば、その真偽について、徹底した裏付け捜査を要する。

 男が犯人であることに争いはなく、あらかじめ大量のガソリンなどを用意し、現場にまいて火をつけるといった犯行態様などから、殺意や計画性は明らかだ。

 36人死亡、33人重軽傷という重大な結果を踏まえると、検察が起訴した場合、求刑は死刑になるだろう。

 一方、刑法には次のような規定がある。

「心神喪失者の行為は、罰しない」

「心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する」

「死刑を減軽するときは、無期の懲役若しくは禁錮又は10年以上の懲役若しくは禁錮とする」

 心神喪失は精神の障害により善悪の判断能力やその判断にしたがって行動する能力が失われている状態を、心神耗弱はそうした能力が著しく減退している状態をいう。

 男が心神喪失であれば起訴できないし、起訴しても無罪となる。心神耗弱だと起訴して死刑相当であっても必ず無期懲役どまりとなる。

 それが法律の定めるルールだ。

 2015年に熊谷で女児ら6人を次々と殺害したペルー人の男も、控訴審が心神耗弱を認定し、一審の死刑判決を破棄して無期懲役としている。検察側が上告を断念したから、もはや死刑はありえない。

最大の争点は責任能力

 京アニ事件の男も、次のような話が報じられており、捜査や裁判では責任能力の有無や程度が最大の争点になるはずだ。

● 茨城県のアパートで生活するようになった2008年ころから、部屋の壁を何度もたたくなど近隣住民とトラブル。

● そのアパートの壁にはハンマーでたたいてあけたとみられる直径20センチほどの穴が二つあり、室内も画面の割れたノートパソコンなどが散乱。

● 2012年にコンビニ強盗事件を起こし、実刑判決を受けて服役したが、刑務所で刑務官への暴言や騒音問題を繰り返して懲罰10回超、幻聴や自殺未遂もあり、精神疾患と診断。

● 2016年に出所後、さいたま市のアパートに移り住み、訪問看護などの支援を受けつつ精神科クリニックに通っていたが、事件の2か月前ころから通院・服薬を中断。

● 大音量で音楽を流し、警察がしばしば駆けつけるようになる。

● 事件の4日前には大きな叫び声を出し、隣室の玄関をたたき、不審に思って部屋を訪ねてきた隣人の胸ぐらをつかみ、髪を引っ張り、「黙れ、殺すぞ」「余裕ねえんだ」とすごむ。

● その翌日、男は新幹線で京都に向かった。

● 室内には物が散乱し、1メートル超の大型スピーカーもたたき壊されていた。

妄想か否か

 この点、動機が了解可能なものか否かは、責任能力の有無や程度を判断するうえで重要な要素の一つとなっている。

 事件直後には、男が京アニの小説コンテストに応募した事実などないといった報道もみられた。

 これでは、男の「完全なる妄想」に基づく犯行ということになるから、責任能力が危うくなってくる。

 その後の捜査により、男と同姓同名の人物がいくつかのコンテストに応募しており、ことごとく落選したといった事実が判明した。

 京アニ側の説明によると、応募作品には形式面に不備があり、1次審査を通過していないため、内容を審査する以前にふるい落とされており、そもそも京アニ関係者の目に触れていないとのことだ。

 応募した作品が男のもので間違いないのであれば、妄想ではなく、何らかの事情によって強い思い込みを抱き、京アニへの恨みにつながったという可能性が出てくる。

 男としては、どの作品が京アニのどの作品にどのような形で盗作されたと言いたいのか、また、それに対して事件前に京アニ側にいかなる行動をし、関係者のだれからどのような対応をされたのか、このあたりが事件の鍵となるだろう。

精神鑑定の基礎資料となる

 男は逮捕を経て大阪拘置所に勾留中だ。勾留の延長も見込まれる。

 検察側は起訴前のいずれかの段階で裁判所に鑑定留置を求め、少なくとも数か月程度の時間をかけ、精神科医ら専門家による精神鑑定を実施するのではないか。

 刑法犯で検挙された者のうち精神障害やその疑いがある者が占める比率はわずか1.4~1.8%ほどだが、殺人だと12~13%、放火になると17~20%と比較的高いことから、これらの事件では特に注意を要する。

 そうなると、鑑定を依頼された精神科医らは、男と面会し、問診や検査、心理テストなどを実施することになる。

 それとともに、男やその家族、友人、知人、隣人らの供述調書、通院していた精神科主治医らの供述調書やカルテ、前の強盗事件における供述調書、受刑中の生活記録などを分析し、生育歴、日ごろの生活態度や言動、犯行に至った経緯・状況、犯行後の行動などを踏まえ、鑑定を下すことになる。

 起訴された場合、改めて弁護側からも再鑑定の請求があるだろう。

 正確な精神鑑定を行うためにも、捜査段階における男の供述の見極めが重要な意味をもつというわけだ。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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