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婚姻届を偽造されて知らぬ間に入籍させられていた!どうすればいい?防止策は

前田恒彦元特捜部主任検事
(写真:イメージマート)

 インターネットでライブ配信を行う男性のストーカーとして接近禁止命令を受けたこともある女が、婚姻届に勝手に男性の氏名などを書いて偽造し、市役所に提出した上で、男性の妻として虚偽の入籍手続をさせたとして逮捕された。男性も了承していたなどと供述し、容疑を否認しているという。

どのような事案?

 報道によれば、次のような事案だ。

「男性は去年10月、SNS上で自分が結婚したという身に覚えのない話を目にします。驚いて確認すると、女側がSNSで夫婦関係になった戸籍まで公開していました」
「夫の欄と妻の欄の筆跡は似ていて、1人で書いたようにも見えます。夫側の父親は、なぜかカッコ書きの中に書かれていて、姓は“漢字”で名は “ひらがな”。不自然な記載ですが、市役所が『受理』したという文字があります」
「警察に相談すると、届け出が偽造されたとしても、被害者は市役所で、男性が被害届を出すことはできないというのです。市役所に取り消しを申し入れると、家庭裁判所で夫婦関係にない証明をする必要があると言われてしまいました」
「女は30代で、現在は男性の姓を公然とSNSで名乗っています。ファンとして撮影した男性との2ショット写真を、付き合っていた証拠だと示してきました。女は自身のSNSでも、結婚したことをアピールしていました」
「女が逮捕された現在も婚姻解消の裁判は続いていて、戸籍上はいまだ婚姻関係にあります」
(2024/4/11・テレ朝news)

 この報道では「被害者は市役所で、男性が被害届を出すことはできない」とされている。しかし、この警察の対応は間違っている。女が婚姻届を偽造したとされる有印私文書偽造罪については、勝手に氏名などを書かれた男性が「被害者」にほかならないからだ。男性は被害届を提出したり、女性を刑事告訴したりできる。

 女がこの婚姻届を市役所に受理させ、男性の妻として戸籍に虚偽の記載をさせたとされる点は公正証書原本不実記載罪に当たるものの、これについても男性は刑事告発できる。市役所による被害届提出の有無を問わず、警察はもっと早い段階で所要の捜査を行う必要があった。

婚姻届が「受理」されたワケ

 では、なぜこうした婚姻届が問題なく受理されたか。そもそも市役所の担当者には偽造された婚姻届か否かを確認したり筆跡鑑定をしたりする法的な義務がないからだ。形式的な記載要件や必要書類が整っているか否かをチェックすれば足りるとされている。

 1人で婚姻届を提出した場合でも、窓口にやってきた人物の本人確認を運転免許証などで行った上で、来庁しなかった相手方に郵送で婚姻届の受理を伝えるだけだ。すでに婚姻が成立したあとのやり取りなので、これでは勝手な届け出を未然に防ぐことなどできない。この手紙を相手方の郵便受けから密かに抜き取るなどすれば、婚姻の事実すら知られずに済む。

 そのため、他人が勝手に婚姻届を提出し、戸籍に虚偽の記載がなされる事件があとを絶たない。動機は様々だが、消費者金融から多額の借金を抱えてブラックリストに載っており、虚偽の婚姻によって名字を変え、新たに借入れを行おうとするケースが目立つ。

 芸能人の熱烈なファンやストーカーによる自己満足に基づく犯行もある。アイドル時代の南野陽子さんが勝手にファンに婚姻届を提出され、虚偽の婚姻関係に至ったケースが有名だ。最近でも、お笑いコンビ・キングコングの西野亮廣さんが同様の被害を受けており、書類の不備などで受理に至らず事なきを得ている。

婚姻関係を解消する方法は?

 問題は、たとえ虚偽の婚姻届であっても、受理され、夫婦としての入籍手続が終わり、いったん戸籍に記載されてしまうと、簡単には婚姻関係を解消できないという点だ。法律で重婚が禁止されているから、誰かと婚姻届を提出したくても、すでに婚姻しているということで受理されない。

 そこで、被害が分かった段階で、面倒でも次のようなステップを踏み、虚偽の婚姻関係を無効にさせ、市区町村役場に戸籍の訂正を申請する必要がある。

(1) 家庭裁判所に婚姻無効確認の調停を申し立てる
 当事者間で婚姻の無効を確認する合意が成立し、その原因などについて争いがなければ、家裁が合意に相当する審判を下す
(2) 家庭裁判所に婚姻無効確認の訴えを提起する
 当事者の一方が相手方も婚姻に了承していたなどと主張し、(1)の合意に至らなかった場合、裁判手続が必要であり、婚姻の意思がなかったと証明されれば、家裁が無効確認の判決を下す
(3) 戸籍の訂正
 審判や判決が確定してから1ヶ月以内に市区町村役場に審判書や裁判書の謄本を提出して申請すれば、戸籍が訂正される

 (2)の「婚姻の意思」には、単に婚姻届を提出するという形式的な意思にとどまらず、社会通念上夫婦であると認められる関係の設定を欲するという実質的な意思まで必要だ。在留資格を取得するために双方納得の上で婚姻届の提出だけが行われる「偽装結婚」も、夫婦関係を築くという実質的な意思がないことから、犯罪として検挙されている。

不受理の申出も可能

 偽造された婚姻届の提出による被害を回避するための防止策もある。市区町村役場に行き、あらかじめ婚姻届の不受理申出書を提出しておくことだ。結婚を前提に交際していたものの別れ話がもつれ、トラブルとなっており、虚偽の婚姻届を出されそうな人物に心当たりがあるのであれば、相手方を特定した申出もできる。

 これにより、誰かが偽造した婚姻届を勝手に提出した場合でも、本人自らが窓口に出頭して届け出たことを確認できない限り、受理されることはない。市区町村役場から必ず本人に確認の連絡が入るので、その際に受理しないように伝えればすむ。必要がなくなれば、申出の取り下げも可能だ。

 ストーカー被害の末に勝手に婚姻届を提出されたケースなどの場合、たとえ先ほどの(1)~(3)のステップを経て婚姻関係を無効にしたとしても、再び同様の婚姻届を提出される可能性があるから、こうした防止策は有効だ。なお、この不受理申出は婚姻届だけでなく、離婚や養子縁組、離縁、認知届でも可能なので、知っておくとよいだろう。(了)

元特捜部主任検事

1996年の検事任官後、約15年間の現職中、大阪・東京地検特捜部に合計約9年間在籍。ハンナン事件や福島県知事事件、朝鮮総聯ビル詐欺事件、防衛汚職事件、陸山会事件などで主要な被疑者の取調べを担当したほか、西村眞悟弁護士法違反事件、NOVA積立金横領事件、小室哲哉詐欺事件、厚労省虚偽証明書事件などで主任検事を務める。刑事司法に関する解説や主張を独自の視点で発信中。

元特捜部主任検事の被疑者ノート

税込1,100円/月初月無料投稿頻度:月3回程度(不定期)

15年間の現職中、特捜部に所属すること9年。重要供述を引き出す「割り屋」として数々の著名事件で関係者の取調べを担当し、捜査を取りまとめる主任検事を務めた。のみならず、逆に自ら取調べを受け、訴追され、服役し、証人として証言するといった特異な経験もした。証拠改ざん事件による電撃逮捕から5年。当時連日記載していた日誌に基づき、捜査や刑事裁判、拘置所や刑務所の裏の裏を独自の視点でリアルに示す。

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