失敗しても構わない―復興の現場・南相馬に飛び込む<前編>
震災から5年が過ぎた。宮城県山元町から福島県の沿岸部へ、あれから5年で何が変わったのか、そして何がそのままなのか、そんなことを感じる旅をした。そこで出会った一般社団法人あすびと福島の杉中貴さんを紹介する。
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岩佐)そもそも杉中さんはどういう経緯で、こちらで働かれているのですか?
杉中)もともとは大阪であずさ監査法人に勤務していましたが、2015年7月から出向という形であすびと福島に来ています。きっかけは2014年12月に南相馬を訪れ、代表の半谷と出会ったことです。このときに、復興を本当の意味で進めるため、南相馬に飛び込んで半谷の手がける復興事業を後押ししたいと思い、会社に直談判して2年出向させてもらうことになりました。僕は生まれた時からずっと関西に住んでいたのですが、気がついたら東京を飛び越えてここまで来ていました。
岩佐)それは思い切った決断をされましたね。実際に来てみてどうですか?
杉中)まず来てみて、高齢の方が多くて驚きましたね。南相馬は震災後には高齢化率が25%から35%になり、日本の課題を先取りしたと言われています。いわゆる若者や働き盛りの年代が少なく、病院や飲食店、コンビニなど、多くの職場で働き手の確保に苦労しています。震災後にスーパーや飲食店が閉店したままなのは、働き手が確保できないからと言われている。一方で、お店で元気に働くシニアの方々がいらっしゃる。そういったことに驚きました。
岩佐)今どんな仕事をされていますか?
杉中)一般社団法人あすびと福島という社団に所属し、南相馬ソーラー・アグリパークで人材育成に携わっています。この場所は南相馬市の市有地で、あすびと福島の姉妹会社である福島復興ソーラー株式会社が建設した太陽光発電所と、市が建設し地元の農業生産法人が運営している植物工場があり、自然エネルギーと農業の融合した新たな産業を作っています。この南相馬ソーラー・アグリパークを舞台に、小中学生向けの自然エネルギーをテーマとした体験学習や高校生のためのスクールを開催し、福島の復興のために若い社会起業家を育てることを目的としています。
また、南相馬復興アグリ株式会社という、農業経営人材の育成を目的としてトマト菜園を運営する会社にも関わっています。あすびと福島や福島復興ソーラーと同じく半谷が代表を務める会社で、そこでは僕は会計士の知識と経験を活かしてお金の管理をサポートしています。
岩佐)南相馬ソーラー・アグリパークは、あすびと福島が主催するスクールで使われているんですよね。あすびと福島はどういう形で人材育成をしているんですか?
杉中)オープンから3年間で地域の子どもたち2200名が、学校の総合学習の一環でパークの体験学習を楽しんでいます。体験学習プログラムの作り込みは、職業体験型テーマパーク「キッザニア東京」の運営会社KCJ Groupの支援を受けています。
僕たちは、自然エネルギーの体験を通して、単に知るだけでなく「自ら考えて行動する力を育む」ことが大切だと考えています。
高校生を対象とするスクールでは、実行することを大事にしています。実際に、「高校生が伝えるふくしま食べる通信」は福島の風評被害をなくしたいと考えた高校生が発案して生まれたアクションです。
社会的事業を行う先輩に憧れる後輩が、自分もそうなろうと努力し、社会的事業に挑戦する。社団は、この「憧れの連鎖」を創ることを目指しています。
岩佐)「憧れの連鎖」は素晴らしい取組ですね。企業向けにはどのような研修をしているんですか?
杉中)企業研修では、この2年間で1000名を超える方々が南相馬を訪れています。例えば三菱商事では新人全員を、凸版印刷では若手からマネジメントまで様々な層を対象に、日本の課題を先取りした南相馬でのフィールドワークを通じた実地調査や課題分析、復興事業プラン策定といった研修をしています。企業研修は半谷の繋がりで広がっていて、講義も半谷が行っています。僕たちスタッフはサポートが中心ですが、企業の社員と地元の復興リーダーとの真剣な意見交換の場に立ち会う¬ことは僕たちにとっても南相馬に改めて向き合う機会になっていますし、社員の皆さんが考え抜いて作り出す事業プランによって、新たな価値が南相馬に生まれていることを実感します。
岩佐)半谷さん自らが研修に立たれるなんてとても贅沢ですね。僕も受けてみたいです。ところで、社団としての課題は何かありますか?
杉中)寄付が少なくなっても事業が回るようにしないといけないなと思っています。研修事業の拡大です。最近ではグロービス経営大学院のケーススタディであすびと福島の復興事業を取り上げていただきました。社団の活動資金が事業収入で賄えるよう、僕たちスタッフも次の仕組みを考える必要があります。
岩佐)都会から地方へ行きたいと思っても踏み切れない方は多いと思うんですが、そういった方たちに地方へ来ることをお薦めはできますか?また、東北で働こうかと思っている人へのアドバイスはありますか?
杉中)地方へ来ることを薦められるかどうかは、その人の来る目的や期間にもよると思います。僕は「復興の現場に飛び込んだ」というニュアンスに近く、具体的にやりたいことまで明確にしてきたわけではないのでアドバイスできる立場にはないですが、行動することが大事なのかな、とは思います。
岩佐)思い立ったらとにかくジャンプすることが大事、ということですね。おそらく脱ステップ論のような考え方だと思いますが、どうすればジャンプできるでしょうか。
杉中)失敗しても構わないというメンタリティをどう持ってもらえるかだと思います。仮に失敗しても何とかなるだろう、と思うぐらいでちょうど良いんじゃないでしょうか。あとは、最初に明確なミッションを周りで用意することも大事かなと。知らない環境で最初に居場所を作るのはなかなか難しいですから、ミッションの実現を通して徐々に入っていければ良いかもしれないですね。
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杉中さんは、初めての土地に飛び込み、日々、小さくても実績を積み重ねながら奮闘している。そんな姿がとても頼もしかった。イノベーションらしきことは異質なもの同士の衝突によって生み出されることを忘れてはいけないと思う。
杉中 貴(スギナカ タカシ)1984年滋賀県生まれ。関西の大学を卒業の後、縁の下の力持ちとして社会に貢献したいとの思いから公認会計士に。2015年7月、会社へ直談判をし、あずさ監査法人から一般社団法人あすびと福島へ出向。福島の復興のため、日々壁にぶちあたりながらも邁進中。謙虚で丁寧な人柄の中に熱い思いを秘める。