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農業スタートアップInfarmが日本から撤退したわけ~アセットビジネスの普遍的な勝ちパターン~

岩佐大輝起業家/サーファー
Infarmのユニット

都市型垂直農法を手掛けるInfarm(インファーム)元日本法人代表 平石郁生さん。世界での苦戦、日本からの撤退といった苦悩を全て経験してきた平石さんが見据える農業ビジネスの未来とは。そこには揺るぎない勝ちパターンが存在するようだ。

岩佐)バーティカル ファーミング(LED/水耕栽培による野菜の生産)について調べてみると、日本においてはだいたい10%くらいしか黒字化している企業は無いようです。平石さんは相当苦労をされたと思いますが、このバーティカル ファーミングに新しいプレイヤーが参入してくる余地はあるのでしょうか。

平石)やり方次第ですが、あると思います。まず現状はどうなっているかというと、世界に目を向けると数百社というプレイヤーが存在します。ドラッカーの「イノベーションの7つの機会」でいう「新しい知識に基づくイノベーション」における「開放期」ということです。それが今までお話してきた理由により、一気に「整理期」になったということだと理解しています。

日本においては、LED/水耕栽培で作られている品種の7割以上がレタスなんです。 その理由は、現在のLED/水耕栽培の技術で作りやすく、尚且つ、安定的にマーケットの需要があるものがレタスだからです。

何故、日本はレタスが7割以上にも関わらず、海外では様々な品種を栽培するプレイヤーが多いかというと、インファームも含めて、彼らは「地球温暖化」の解決策として、LED/水耕栽培に参入してきているからです。でも、日本では元々あったビニール栽培の延長線上で考えられているのではないかと思います。どうすれば生産効率を上げられるか? コストダウンできるか? ということです。となると、品種は少ない方がいいし、少しでも早く投資を回収したいということになります。なので、最も需要があるレタスに行き着くわけです。

でも、レタスに関しては、既にプレイヤーは固まっていますので、これ以上の新規参入は難しいのではないかと個人的には思います。その状況においても新規参入があるとしたら、現行の露地栽培レタスが減り、それが LED/水耕栽培にリプレイスされた場合。その場合であれば、レタスの需要(市場規模)に変化はなくとも、 LED/水耕栽培レタスのシェア(マーケット)は 増えていくことになります。LED/水耕栽培に特化して事業をしている企業は、やればやるほどオペレーションが効率化していくので、オペレーションコストは下がってくる。なので、利益は出てくるはずです。けれども結局はスケールのビジネスなので、そこでビジネスできるのは大手の数社に集約されていくと思います。典型的な「規模の経済」です。

岩佐)なるほど。これから地球温暖化によって露地栽培物がクリティカルな状況になる可能性はありますし、そこをバーティカルファーミングにスイッチしていく中に勝ち筋があるのかもしれませんね。

平石)あると思います。あとは、フードマイレージ 削減のために都会で栽培云々という話がありますよね。それ自体は良いのですが、結局ペイしないことが問題です。なので、LED/水耕栽培の良さをプレゼンテーションとして活かすためにも、フラッグシップショップを作ることが有効かと思います。そのうえで、それ以外のところでは、土地代、人件費が安いところで栽培し、そこでできた商品を電気自動車や電動トラック、あるいは回帰して鉄道で運ぶ、とか。実際、インファーム本体の株主でもあるJR東日本は、新幹線を活用した物流事業に取り組まれています。そういった努力によって、フードマイレージに伴うエネルギー消費の削減方法を考えた方がより現実的な気がします。

岩佐)先ほども話題に上がった、バーティカルファーミングの良さを情報として、体験として提供するためのフラッグシップショップですね。プレゼンテーションによってブランド価値、ブランド認知を高める拠点があるのは大事だけれど、やっぱりその周りにあるのはスケールさせて効率的に商品を作る環境。

平石)そうなんです。このスケール化に関して注目すべき会社があって、それは岡山の株式会社サラ。そこではレタス、トマト、パプリカを作っています 。サラが賢いのは、岡山の本社に隣接した場所に自分たちの広大な農場を持っているのですが、それ以外では自分たちのノウハウを提供し、第三者に栽培を委託していることです。すなわち、自分たちのアセットは本社に隣接した農場しか持っておらず、 アセットライトにしているわけです。更なるポイントは、商品数が少ないという点です。売れる物をたくさん作っている。サラを見て思ったのは、とにかく売れるものに栽培品種を限定し、オペレーションをシンプルにして、スケールさせ、なるべく自分たちでアセットは持たない、ということを徹底していること。ノウハウとプレゼンスを育てるために、自分たちで栽培をするけれども、拡大する時にはアセットを持った第三者と組み、フランチャイズのような形で行う。全部を自分たちでやるのは難しいので、日本に関しては、僕はこういった方法が勝ち筋だと思います。

また、サラについて、もうひとつ言及すると、実はバイオマス発電事業を手掛けていて、そこで発生する蒸気で冷暖房を行い、必要な電力も自給し、さらに炭酸ガスも利用している点です。

岩佐)なるほど。バイオマス発電事業は木材の高騰で相当なご苦労をされているかもしれませんが、サラのモデルは勝ち筋のひとつですね。日本に限らないのでしょうけど、売れるものに集中特化し、スケールメリットが出るくらいの規模まで拡大させていく、ということなので、最後に残るのは集約された限られたプレイヤーなってくるということなのでしょうね。

平石)そうです。でもそれはバーティカルファーミングに限らず、 実物資産がある業界では全てそうだと思います。自動車メーカーだって、アメリカには1900年当時、約300社もあったみたいです。それが今は3社でしょう。テスラを含めれば、4社ですね。中国も一時期、電気自動車メーカーが700社ほどあったらしい。けれども、スケールメリットを追求していく過程で集約されたと聞いています。これも結局は同じことです。

岩佐)最終的にはビジネスの構造はどの業界でも同じ。だからスタートアップっぽく始めたとしても、農業ビジネスは特に勝つまでの道のりは遠いということですね。

平石) 長距離レースですよね。出来上がりとしては、財務体力がある BS 型経営の会社になっていくということだと思います。それか、ソフトウェアを提供し、第三者に任せるかのどちらか。

僕がよく比喩で言っていたのは、「インファームはAppleのiPhoneモデル」ということ。つまりは、全部自分たちでコントロールする、ということです。Appleは、基本デザインもOSも主要アプリも、全部自分たちで作って展開していますよね。Appleがこのようなことができた理由は、Macintoshで強固な顧客基盤を創ることができ、その後、新しい製品を作ればMacファンが買ってくれるという、顧客獲得コストが限りなくゼロに近い状態になっていたからだと思います。だけどインファームは、ゼロの状態からiPhoneを作るということをやろうとしていたわけです。インファームはすごくユニークだし、ロマンもある。それで世界制覇できたら本当にすごいこと!しかしiPhoneと違っていたのは、まだ市場がついてこなかったということだと思います。 ありふれた表現ですが、早過ぎたし、急ぎ過ぎたのかもしれません。

岩佐)市場がついてこない、、痛いなあ。

平石)痛いですよね(笑)。

平石さんの話からは商品に理念をもちながらブレずにマーケット開発を行っていくことと同時に、精緻で尚且つスケールさせていくということが不可欠であることが伺える。次回は「本当に生き残るプロダクト」とは。数々の苦境に立ち向かいながら平石さんが辿り着いた答えに迫る。

シリーズ:農業スタートアップInfarmが日本から撤退したわけ

~プロダクトマーケットフィットの欠如編~

~加熱した投資家マインドとInfarmの誤算編~

~アセットビジネスの普遍的な勝ちパターン編~

~生き残るプロダクトの条件編~

関連リンク

ドリームビジョン: https://dreamvision.co.jp/

平石ブログ「起業家はコトラーを読まない。」: https://ikuoch.com/blog/

起業家/サーファー

1977年、宮城県山元町生まれ。2002年、大学在学中にIT起業。2011年の東日本大震災後は、壊滅的な被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。アグリテックを軸とした「地方の再創造」をライフワークとするようになる。農業ビジネスに構造変革を起こし、ひと粒1000円の「ミガキイチゴ」を生み出す。 著書に『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)、『絶対にギブアップしたくない人のための成功する農業』(朝日新聞出版)などがある。人生のテーマは「旅するように暮らそう」。趣味はサーフィンとキックボクシング。

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