時速104キロでカーブ曲がれず大事故 「危険運転」で起訴された元大学生の言い訳と判決の中身
■揺れる「危険運転致死傷罪」の判断
飲酒運転、車を制御できないほどのスピード違反、赤信号無視、といった極めて危険な運転によって引き起こされる重大事故。
「こうした事故は『過失』として裁かれるべきではない」
という被害者、遺族の怒りの声を受けて刑法の一部が改正され、「危険運転致死傷罪」が新設されたのは2001年のことです。
以降、危険な運転によって引き起こされた事故の刑罰は、従来の『業務上過失致死傷罪』よりも大幅に引き上げられ、人を負傷させた者は15年以下の懲役、人を死亡させた者は1年以上の有期懲役に処することになりました。
しかし、「危険運転致死傷罪」の新設から20年以上たった今も、この罪で起訴するか否かの判断は大きく揺れています。
また、「危険運転致死傷罪」で起訴されても、その後の裁判で被告が無罪を主張するケース、また裁判の途中で訴因が変更され「過失」として判決が下されることも珍しくありません。
3年前、広島県で発生し、今年になって高裁が控訴棄却。紆余曲折の末、「危険運転致傷罪」での実刑が確定した、ある交通事故の裁判をレポートしたいと思います。
■免許取得1か月、車購入1週間での重大事故
乗用車を猛スピードで暴走させ、カーブを曲がり切れずに縁石とガードパイプに衝突。車が転覆し、同乗者2名に重傷を負わせたとして、元大学生(事故当時18)が自動車運転処罰法違反(危険運転致傷)罪に問われていたこの事故。
一審で「懲役2年8か月(求刑懲役4年)」の実刑判決を下された被告は、判決を不服として控訴していましたが、今年2月8日、広島高裁は控訴を棄却。2週間後、実刑判決が確定しました。
高裁が支持した一審の広島地裁の判決文(2021年8月25日付/藤丸貴久裁判官)には、「量刑の理由」として次のように明記されていました。
『被告人は、運転免許を取得してから約1か月、本件車両を購入してからわずか1週間程度しかたっておらず、高速走行の経験はもとより、運転経験自体が極めて乏しいにも関わらず、右方にカーブした片側1車線の一般道路を、制限速度(時速60キロメートル)を大幅に上回り、限界旋回速度にほぼ相当する時速約104キロメートルという高速度を敢えて出して走行したもので、無謀かつ非常に危険な運転行為に及んでいる』
さらに、被害の重大性については、こう述べていました。
『2名の被害者のうち、被害者Aは、回復困難な四肢麻痺の後遺障害を伴う重篤な傷害を負い、自分一人では日常生活の動作をこなせず、排便もできないような重度の障害を一生涯にわたって背負わなければならなくなった。輝かしい未来のある若者であったのに、このような形で将来の夢のほとんどを絶たれてしまった被害者A及びその介護を続けなければならない親族の絶望、無念の情は察するに余りある。加えて被害者Bの被害も軽く見ることはできず、被害者両名が厳しい処罰感情を述べるのは至極当然であり、総じて、本件により生じた結果はこの種事案の中でも際立って重大である』
そのうえで、裁判官は被告の暴走行為について、
『進行制御困難な高速度であることを基礎づける事実を、少なくとも未必的には認識していたことが認められ、被告人に危険運転致傷罪の故意があったことが優に認められる』
と判断し、この事故は「過失」ではなく、「故意に無謀運転を行った危険運転致傷罪に当たる」と認定したのです。
■「この車、速いでしょ」と思わせたい気持ちになった
2019年10月10日、東広島市で発生した本件の状況については、以下の記事で取り上げました。
危険運転の被害で女子大生が全身麻痺に 再生医療に希望を託す両親の苦悩【親なき後を生きる】(柳原三佳) - 個人 - Yahoo!ニュース
近所へ買い物に行くため、購入したばかりの車に友人2人を乗せた被告は、時速150キロで直線道路を暴走。その後、カーブ手前で減速したものの曲がり切れず、道路わきのガードパイプに激突。同乗していた二人に重傷を負わせたのです。
被告の供述調書には、事故に至る状況がこう記されていました。
『この事故の原因は、私がカーブ直前の直進道路で時速約150キロメートルまで加速した後、カーブの直前で時速約100キロメートルまで減速しましたが、そのような高速度で右カーブを曲がろうとしたことです』
直線区間で時速150キロという高速度を出した理由については、
『事故の約1週間前に中古車でホンダシビックタイプRを購入しました。祖母に買ってもらいましたが、周りの仲間に比べていい車を手に入れたと思い、少し自慢でした。事故当日、AさんやBさんに対し、いい車を見せつけることができる、この車、速いでしょ、と思わせたいという気持ちになりました』
と述べています。
また、助手席のBさんが「危ないからやめろ!」と注意したにもかかわらず、高速度での運転を続けたことも認めています。
ただし、被告は刑事裁判で、危険運転致傷罪については「無罪」を主張しました。
その理由は以下です。
「私は現場の手前でブレーキを踏んで減速し、十分に曲がり切れると判断して本件カーブに進入した。当時、その速度で走行することが危険だとは思っていなかった」
つまり、カーブの手前で104キロという速度を出していたことは認めたものの、危険運転致傷罪の構成要件である「進行を制御することが困難な高速度」で自車を走らせたという認識はなかった、と反論してきたのです。
■危険運転致傷罪は「無罪」と主張した被告
裁判では、現場のカーブの限界旋回速度(*カーブを安全に曲がることのできる限界の速度)は何キロか? 時速104キロで曲がれるか? といったことが、数回にわたって審議されました。
被告側は、本件車両がスポーツカーだったことから、通常のドライバーの感覚としても時速100キロ前後の速度が「進行制御困難な高速度であるとは認識しない」として、次のように述べました 。
「本件カーブは大した角度ではないと思っていた。自分の車はカーブを曲がる性能の良い車種であり、同種の車種がサーキットを走行する動画を見たこともあったので、曲がり切れると思っていた」
私は、あまりに現実とかけ離れた法廷でのやり取りを傍聴し、はがゆさを覚えました。
事故現場は一般の市道で、最高速度は時速60キロに制限されています。事件発生時は午後10時過ぎで街灯もありません。しかも、被告は免許取り立てで、購入したばかりの車の特性もつかめていなかったはずです。
そもそも、60キロ制限の一般道です。スポーツカーだからといって、制限速度の2倍以上の高速度で走行してよいはずがありません。こうした行為が「危険運転」に当たらないとしたら、いったいどんな運転を「危険運転」というのか……。
一歩間違えば、複数の他車や歩行者を巻き込んだり、民家に突っ込んだりする可能性もあったはずです。
結果的に、広島地裁、そして広島高裁は、いずれも被告の主張を退け、危険運転致傷罪での実刑判決を言い渡しましたが、あまりに無謀な危険運転によって人生を狂わされた被害者にとって、2年8か月という刑はあまりに短く、受け入れがたいと言います。
速度が高くなればなるほど、事故時の死亡率は高まります。交通法規を殊更に無視した運転による事故の刑罰が軽いものであれば、結果的に抑止力にならず、再発防止にはつながりません。
被害者側の代理人として本件にかかわった名古屋の高森裕司弁護士は、今回の判決確定についてこうコメントしました。
「交通事故の大半を業務上過失致死傷罪としていた時代からみれば、被害者の方々の声の積み重ねで、ようやくここまできたという感じでしょうか。本件も、被害者側から検察官に意見し、被害者の声を法廷で明らかにしなければ、おそらく執行猶予だったと思います。しかし、まだまだ、これでいいというのではなく、特に危険運転が認定された場合の量刑については、これからも声を上げ続けないといけないと思います」
重大事故の大半は、起こるべくして起こっています。
無謀な運転は、被害者とその家族の人生に取り返しのつかない影響を与えます。
ドライバーにはハンドルを握る責任を今一度強く認識していただき、捜査機関や裁判所には、「危険運転」の本質を正しく見極めていただきたいと思います。