InfineonがCypressを買収
ドイツInfineon Technologiesが米国の中堅半導体メーカーCypress Semiconductorを買収することを決めた(参考資料1, 2)。ロイターから流れ、Wall Street Journalをはじめ様々なメディアがこのニュースを取り上げている。何よりも買い取り株価1株当たり23.85ドルという具体的な数字まで出ており、Infineonからもニュースリリースが出ている。同社Reinhard Ploss CEO(図1)が買収計画を話している。
Infineonはクルマと産業向け市場に力を入れており、しかもセキュリティにも強くIndustry 4.0やデジタルトランスフォーメーション(DX)にも良い位置につけている。しかし、DXに欠かせないIoTに関しては弱い。またクルマのボディやシャーシには強いが、情報系や光学センサには弱い。CypressはIoTや、クルマのタッチセンサやダッシュボードなどの情報系に製品ポートフォリオを揃えており、まさにクルマの補完関係ができる。
Infineonの経営力は極めて強く、分社化しながらリーマンショック後に倒産したQimondaの借金を背負いながらも企業を建て直しながら成長させてきたという強さがある。ブレーキとアクセルを、タイミングを見ながら踏み替えながらリストラと成長をほぼ同時に成し遂げてきた。パワー半導体ではナンバー1で、それもディスクリートだけではなく、パワーICやモジュールで、使いやすい形の製品のため顧客は喜んで使っている。日本市場にも入り込み、品質・信頼性が高い。何よりも厳しい品質を要求する自動車産業、特にトヨタ自動車の広瀬工場から何年にも渡って品質の良さから表彰されている。日本では、不良解析センタだけではなくR&D機能も強めてきている。
買収されるCypressは、米国半導体産業で論客として名の通ったT.J. Rogers氏が創業した企業で、40年近い歴史がある。当初は高速SRAMを製造し、ここ10数年はソフトウエアベースのコントローラpSoCで成長を加速してきた。pSoC(programmable System on Chip)は8ビットのアナログ回路を集積したマイコンで、タッチセンサコントロールでスマートフォンに採用されていた。その後、Spansionを買収、クルマ市場にも乗り出してきた。
Spansionは、NORフラッシュメモリで富士通とAMDが合弁で始めた企業だが、一度倒産し、John Kispert CEOの元で再生した。その後富士通のマイコンとアナログ部隊も買収、クルマ市場に入っていた富士通を取り込むことで、Spansionはクルマ市場を強化した。Spansionを買収したことで、Cypressはクルマ市場に強くなった。
そのCypressを今度はInfineonが買収するという訳だ。Infineonはパワー半導体のトップメーカーであり、パワー半導体で唯一300mmウェーハラインをドレスデン工場に持ち、300mmラインをさらにオーストリアのフィラハ工場にも建設する予定だ。パワー半導体はEV化で大きな機会を生むことになるため、2022年ごろから本格的に立ち上がると見て積極的に投資している。クルマのトレンドであるACES(Autonomous, Connected, Electric, Sharing)のうちテクノロジーが関係する言葉のACE(英語でエースを意味)に未来のクルマが見える。
自律運転は周囲とぶつからずに自動的に走行するという意味であり、文字通り自動運転のこと。Connectedは車車間通信やクルマとインフラとの通信。そしてEは電動化である。全てクルマの未来を語る上で欠かせない言葉だ。ACEの中でInfineonが弱い分野は実はConnectivityだ。CypressはBroadcomからIoT事業を買収しており、Wi-FiやBluetoothにも強い。Wi-Fiは従来最高性能のWi-Fi 5からさらにミリ波のWi-Fi 6へと進化し、BluetoothもBluetooth 5.0から5.1へと進化している。これらの短距離通信はさらに進化を続ける。
また自動運転の物体認識に関しては、機械学習やディープラーニングを通じて画像認識が激しい競争の元で繰り返されており、敢えて買収などで取り込むこともない。勝負がつくまでしばらくWait-and-See態度で見ていればよい。InfineonがCypressの買収を決めたことで、Infineonの株価が下がったというが、クルマ市場への積極的な攻めに首をかしげる投資家が少し引いているためのようだ。中国のクルマ市場が今、冷めてきており、クルマ市場そのものに対して投資家は消極的になっている。
しかしながら、自動車エレクトロニクス市場は、むしろIntelやQualcomm、Xilinxなどこれまでクルマとは無縁だった半導体企業が押し寄せている分野である。しかもクルマという安全第一の商品は信頼性や品質管理をチェックするのに時間がかかり、今開発した半導体チップでも実際の量産で使われるまでに5~7年かかる。このため短期的に市場を見ても、ほとんど役に立たない。まだ、市場が小さいうちに手を付けておかなければならない性質の市場でもある。だから今すぐ結果を得たがる投資家や金融分野の人たちには理解できないようだ。
参考資料
2. Infineon and Cypress Strengthening the Link between the Real and the Digital World (2019/06/03)