あっけなかった退陣劇 歴代最長を達成した安倍首相が持病悪化を理由に辞任表明 どうなるアベノミクス
「国民の負託に自信を持って応えられる状態でなくなった」
[ロンドン発]8月24日、第2次内閣発足から連続在任期間2799日、歴代最長だった佐藤栄作を抜き単独1位を達成したばかりの安倍晋三首相は4日後の28日、記者会見を開き、持病の潰瘍性大腸炎の悪化を理由に辞任を表明しました。
「政治において最も重要なことは結果を出すことだ。病気と治療を抱え、体力が万全でない苦痛の中、大切な政治判断を誤る、結果を出せないことがあってはならない。国民の皆様の負託に、自信を持って応えられる状態でなくなった以上、首相の地位にあり続けるべきではないと判断した」
往生際がいいというか、実にあっけない退陣劇でした。記者会見では「一次政権に続いて政権投げ出しという批判もある」という厳しい質問も出ました。
安倍首相は官邸での正式な記者会見を通常国会の閉会翌日の6月18日以降開いていませんでした。持病の悪化で新たに点滴による投薬が必要になり、通院治療が避けられなくなったのが最大の理由でしょう。
「東京五輪中止なら経済的損失は4兆5000億円」試算
第1次内閣でも体調悪化のため突然退陣して世界中を驚かせた安倍首相らしい幕引きだと思いました。
新型コロナウイルス対策も一段落し、来年9月の自民党総裁任期まで首相を務めても、積み残した北朝鮮拉致問題、ロシアとの北方領土交渉、憲法改正で進展が期待できないという計算も働いたのでしょう。
延期された東京五輪・パラリンピックが無事開催されるのか心配です。日経新聞は7月に「大会延期による経済的損失は約6400億円、中止なら約4兆5000億円」という宮本勝浩・関西大学名誉教授(理論経済学)の厳しい試算を報じています。
安倍首相は衆院465議席中313議席(67%)、参院245議席中142議席(58%)を支持基盤としていただけに、世界中のメディアが一斉に「安倍晋三首相が健康上の理由から“断腸の思い”で辞任を決断」(英スカイニューズ)と速報しました。
イギリスのドミニク・ラーブ外相は「安倍首相の辞任表明を残念に思った。彼が日本歴代最長の首相として達成した素晴らしい業績を称賛する。彼は日英友好関係の強化という遺産を残した。今後数年間その関係が続くことを期待する」と述べました。
どうなるアベノミクス
世界が注目するのは安倍首相の「金融緩和・財政出動・成長戦略」の3本の矢からなる経済政策アベノミクスが継続されるかどうかです。
安倍首相は、日銀の異次元緩和とそれに事実上ファイナンスされた財政出動で、円高を是正し、瀕死の状態だった日本経済に一息つかせました。円安・株高、企業過去最高益の続出、コロナ前は一部の都道府県で有効求人倍率は2倍を超える活況を呈していました。
日銀が買い入れた資産残高は国債、株式、不動産投資法人債など668兆円。安倍首相が政権に就く直前は158兆円だったので単純に言ってしまうと510兆円のお金がばらまかれた計算です。日銀もおそらくアベノミクスを支えた黒田東彦総裁の後継問題が浮上してくるでしょう。
安倍首相の後継者がどんな形で決められるのか、その中でアベノミクス路線を継続するか否かが焦点になってくると、世界市場に大きな影響を与える可能性があります。
国政選挙に6連勝した安倍首相
安倍首相の政治的なレガシー(遺産)の一つは日銀の異次元緩和を追い風に選挙に連勝し、改めて自公連立政権を定着させたことでしょう。しかしNHKの最新世論調査で安倍首相の支持率は34%まで落ち、不支持率は47%にまで上昇していました。
安倍首相のままでは次の選挙には勝てないという計算が与党内に働いたのでしょうか。
【国政選挙の結果】
2012年12月総選挙、与党議席325議席(68%)政権奪還
2013年7月参院選、与党議席135議席(56%)
2014年12月総選挙、与党議席326議席(69%)消費税率再引き上げを先送り、アベノミクス解散
2016年7月参院選、与党議席146議席(60%)
2017年10月総選挙、与党議席313議席(67%)国難突破解散
2019年7月参院選、与党議席141議席(58%)
解釈改憲で「助け合える日米同盟」を実現
安倍首相は自民党の党是である「憲法改正」を政治課題に掲げてきました。しかし現実政治をよく知る安倍首相は建前では「憲法改正」を口にするものの、本音はいわゆる「解釈改憲」派です。
記者会見では「残念ながら、まだ国民的な世論が十分に盛り上がらなかったのは事実であり、それなしには(憲法改正は)進めることが出来ないのだろうと改めて痛感している」と総括しました。
憲法解釈を変更して集団的自衛権の限定的行使を容認し、2016年3月に平和安全法制を施行させました。安倍首相の言葉を借りれば「平和安全法制により、日米は互いに“助け合える同盟”となった」ということです。
これがなければ同年5月のバラク・オバマ米大統領の被爆地ヒロシマ訪問は実現しなかったでしょう。不規則発言を続けるドナルド・トランプ米大統領と良好な関係を維持できたのも根底に「助け合える日米同盟」があったからです。
終戦記念日の式辞から消えた「反省」と「お詫び」
戦後75年に当たる終戦記念日の全国戦没者追悼式式辞で安倍首相は「あの苛烈を極めた先の大戦では300万余の同胞の命が失われました。今日、私たちが享受している平和と繁栄は、戦没者の皆様の尊い犠牲の上に築かれました」と述べました。
そして「戦争の惨禍を二度と繰り返さない。この決然たる誓いをこれからも貫いてまいります。我が国は、積極的平和主義の旗の下、国際社会と手を携えながら、世界が直面している様々な課題の解決に、これまで以上に役割を果たす決意です」と誓いました。
しかし、戦後50年の村山富市首相の談話(村山談話)のポイントである「植民地支配と侵略」「アジア諸国」「多大な損害と苦痛」「痛切な反省の意と心からのお詫び」という言葉は跡形もなく消えてしまいました。
従軍慰安婦や徴用工といった歴史問題が原因でこじれにこじれた韓国との関係改善は次の政権に投げ出されました。コロナ危機で米中対立がさらに鮮明になる中、日本は米英豪韓台との連携を強化していく必要があります。韓国との関係改善は喫緊の課題になります。
「私や妻が関係していれば首相も国会議員もやめる」
安倍首相は森友学園への国有地払い下げ問題で2017年2月「私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい」と答弁していました。
この日の記者会見でも「説明ぶりに反省すべき点はあるかもしれないが、(政権を)私物化したことはない」と繰り返しただけでした。しかし森友・加計学園、桜を見る会の問題で失われた有権者の信頼は取り戻せませんでした。
安倍首相に決定的に欠けていたのは危機のリーダーシップと有権者へのアカウンタビリティー(説明責任)です。お友達に甘い体質も第2次内閣でも改められていませんでした。2803日に及んだ長期政権で歪められた「霞が関」人事の後遺症がこれから出てくる恐れがあります。
次の首相に誰がなっても、アベノミクスの見直し、韓国との関係改善、政権への忖度が優先された「霞が関」の体質改善という重く大きな課題が待ち受けています。
(おわり)