Official髭男dism『Editorial』から始まる音楽の旅
8月18日にリリースされたOfficial髭男dism(以下ヒゲダン)のニューアルバム『Editorial』。「I LOVE...」「Cry Baby」といったヒット曲もたっぷり収められた今作は、このバンドがメインストリームにおいて「人気アーティスト」としてのポジションを不動のものにしながら音楽的にも長足の進歩を遂げていることを伝えてくれる凄まじいアルバムです。8月28日に予定されているオンラインフリーライブでも、今のバンドの充実した姿を見せてくれるかと思います。
以前こちらの記事でも書いた通り、もともと様々なジャンルの音楽をミックスしながら自分たちなりのポップミュージックのあり方を模索してきた彼ら。いろいろな試行錯誤を通して独自のオリジナリティを獲得して日本の音楽シーンのトップランナーになっていったのが前作『Traveler』前後の状況だったわけですが、今作ではそこからさらに進んで多様なアプローチの「探索」と自らの表現のコアに潜る「深化」を両立させるという難しい取り組みをやり遂げました。
本稿で取り上げたいのは、「そんな最高のポップアルバムは古今東西の音楽の流れとどんなふうにつながっているのか?」という問いです。素晴らしい作品ほど、それがどんな歴史の営為のうえに成り立っているのかが見えてくるというもの。それはつまり、「無限に広がるポップミュージックの世界に引きずり込む力を持っている」と言い換えることもできます。そして、『Editorial』はまさにそんな力を持っている作品です。
筆者なりに設定した4つの視点から、『Editorial』の楽曲への理解が深まるであろう固有名詞を以下に並べました。ぜひお手元のストリーミングサービスで関連音源も確認しつつ、ヒゲダンから始まる音楽の旅を楽しんでいただければと思います。
オープニングを飾るデジタルクワイア
アルバム1曲目に配されたのは、デジタルクワイア風のアカペラナンバー「Editorial」。人間の声だけで構成されるアカペラというフォーマットを「加工された声」で展開するというある種の矛盾を抱えたこの曲は、人間の強さと弱さを両面から描き出している『Editorial』というアルバムのメッセージを象徴する1曲でもあります。
インタビューではこの曲に関して藤原聡がBon IverやFrancis and the Lightsといった名前を引き合いに出していますが、海外からの流れをうまく取り入れるのに貪欲な彼らのスタンスが読み取れる1曲かと思います。日本では少し前に米津玄師が「灰色と青」のイントロで近しいアプローチをとっていました。こういった楽曲がメインストリームにいるアーティストから登場するのは非常に心強いです。
「大文字のロックバンド」としてのヒゲダン
「フィラメント」で聴かせてくれる爽快なギターと力強いドラムの組み合わせのように、今作ではヒゲダンのロックバンドとしての側面も存分に楽しむことができます。
そんなモードはアルバムに先駆けて昨年リリースされていた『HELLO EP』の収録曲にも表れていて、「フィラメント」と並びの曲順の「HELLO」のシャッフルビートから伝わるパワフルさはoasisの名盤『(What's the Story) Morning Glory?』の1曲目、同じタイトルの楽曲「Hello」を彷彿とさせます。
また、アルバム終盤を印象的に彩る「Laughter」はもともと「ヒゲダンにとっての「A Whole New World」(映画『アラジン』のテーマソング)のようなものを作れないか」というオファーから始まっており、またメンバーからもエアロスミス「I Don’t Want to Miss a Thing」(映画『アルマゲドン』のテーマソング)の名前が挙がるなど、当初から「曲としての壮大さ」がテーマとなっていました。日本の楽曲で言えば、個人的にはMr.Children「終わりなき旅」と並べたくなるスケールの大きさを感じます。
音楽家集団としての多様な顔を見せてくれる『Editorial』における「ロックバンド・ヒゲダン」の姿は、時代に名を残す偉大なバンドたちと並んでも遜色ないような存在感が彼らから漂い始めていることを雄弁に示していると言えるのではないでしょうか。
日本的叙情性・歌謡性の体現
先ほどMr.Childrenの名前を出しましたが、彼らのアルバムには日常生活の風景をシンプルなサウンドで描き出す楽曲が多数収録されています。「終わりなき旅」のような壮大さとは異なる美しさを持ったこれらの曲たちがバンドとしての幅を広げているわけですが、『Editorial』の「Shower」から「みどりの雨避け」に連なる流れも「Laughter」や「HELLO」との対比でヒゲダンの懐の深さを魅力的に映し出しています。
ヒゲダンの強みとしてバラエティに富んだ音楽的アプローチがあるわけですが、その基盤にはバンドが持つメロディセンスがあるということに異論を挟む向きは少ないでしょう。そしてそれは、Jポップ以前の時代から日本に連綿と根付いてきた歌謡性とでも言うべきセンスがヒゲダンにも根付いているということでもあります。
「Shower」「みどりの雨避け」に通底する歌心は、彼らが敬愛するaikoや同時代でメインストリームを盛り上げるあいみょんなどともリンクすると思います。ヒゲダンが”おしゃれ””音楽的素養がある”だけではなくて、人の心の機微に触れる繊細な表現をやってのけることを証明するのがこの2曲です。
「ダンスミュージック」と「ソーシャルメディア」への視線
当初からヒゲダンの楽曲にはダンスミュージック(およびブラックミュージック)への目配せが感じられたわけですが、『Editorial』においては「ペンディング・マシーン」「Bedroom Talk」の2曲においてそういった側面からの進化が感じられます。80’sテイストのファンキーな「ペンディング・マシーン」とmabanuaも制作に参加したネオソウル的な意匠の「Bedroom Talk」があることで、『Editorial』に知性とユーモアのスパイスが加わりました。
「Bedroom Talk」でmabanuaが施すよれたビートアプローチは、彼が関わるGotchのソロ作などでも楽しめます。また、「ペンディング・マシーン」で歌われるSNS時代への愚痴といら立ちはポップソングのテーマとして浸透してきた感がありますが、Awesome City Clubが5人編成時代に発表した「アウトサイダー」あたりと並べて聴いても面白いかもしれません。
さらに、アルバムのクライマックスを飾る「Universe」では、筒美京平にも通ずるような美しいメロディにレトロソウル風のサウンドをまとわせた新しい触感を楽しめます。懐かしさと新しさが同居する感じから、ニューヨークで活動するユニットのLawrenceとのリンクも感じました。
「連想ゲーム」としてのポップソングの楽しみ方
リスナーそれぞれによって音楽との向き合い方というのは当然異なるわけですが、ストリーミングサービスやYouTubeを通じてあらゆる楽曲に簡単に触れられる環境が整ったことで、特定のアーティストや楽曲を起点とした「連想ゲーム」方式のディグを存分に楽しめる時代が到来しています。
メンバーそれぞれにミュージシャンとしての音楽的なこだわりがはっきりあるヒゲダンの音楽は、そういった連想ゲームを楽しむにはぴったりです。『Editorial』を楽しむだけでなく、その周辺の音楽にも目を向けることで、『Editorial』の世界にさらに深くはまることができるのではないでしょうか。