「ヒゲダン」ことOfficial髭男dismの巧みな音作りと言葉選び 先人を超える存在になれるか
勢いに乗る「ヒゲダン」の新作『Traveler』がリリース
2019年下半期のJポップシーンにおける最重要注目作と言っても過言ではない作品が10月9日にリリースされました。Official髭男dism、通称「ヒゲダン」の通算2作目、メジャーデビュー後としては初となるフルアルバム『Traveler』です。
2015年にミニアルバム『ラブとピースは君の中』をリリースして以来、ピアノを主体としたメロディアスなバンドサウンドでじわじわと人気を拡大させてきたヒゲダン。2018年のメジャーデビューを経てさらに活動の幅を広げ、今年5月にリリースした「Pretender」は各種ストリーミングサービスでの再生回数が過去最速で1億回を突破するなど2019年を代表するヒット曲となりました。
参考記事:Official髭男dism「Pretender」が“史上最速”でストリーミング総再生数1億回突破!!(ポニーキャニオン公式サイト 2019年9月25日)
ボーカルとピアノを務める藤原聡が作詞作曲を主に担当し、メンバー4人がギター、ベース、ドラムといったもともとの編成にとらわれずにアレンジを練り上げていく彼らの楽曲制作のスタイルは、日に日に洗練されていっているようです。
結成初期の楽曲を改めて聴くと、当時流行していた「バスドラムの4つ打ちでダンサブルな雰囲気を出すバンドサウンド」と「鍵盤をフィーチャーしたブラックミュージック風味のカラフルなポップス」のそれぞれの要素をうまく取り入れた音、言葉を選ばずに言えば「時流を踏まえたよくできた音」という趣も強かった感が個人的にはあるのですが、メジャーデビュー後2作目となる「Stand by you」あたりからよりオリジナリティのある楽曲が量産されるようになってきました。
『Traveler』にも収録されている既発曲だけに目を向けても、この夏『熱闘甲子園』の番組主題歌としてお茶の間に鳴り響いた「宿命」にはホーンセクションの音を全面に押し出した海外のトレンドともリンクする音作りが施されていたかと思えば、アルバムのリード曲となっている「イエスタデイ」(映画『HELLO WORLD』の主題歌)はストリングスとバンドサウンドが絡み合う「これぞJポップ!」とでも言うべき仕上がりになっているなど、そのサウンドメイクは非常に多彩です。
こういった多様なアプローチをとりながらもヒゲダンとしての核がぶれない理由に、藤原聡の歌と彼の紡ぐメロディがあることに疑いの余地はありません。
随所にハイトーンを駆使しながら歌い上げる彼の歌唱(そしてそれを引き出すメロディ)は、サウンドのタイプがどのように着地しても最終的には「ヒゲダンの歌」としての記名性を担保する大きな要因になっています。
「Pretender」が成し遂げたメロディと日本語の融合
そして、サウンド、メロディ、ボーカルの良さを過不足なく伝えるに貢献しているのがその歌詞です。特に、前述の通り今年を代表するヒット曲となった「Pretender」の歌詞には、様々な匠の技がふんだんに施されています。
たとえば、楽曲冒頭から飛び出す<君とのラブストーリー それは予想通り>という印象的な韻の踏み方。
次のブロックの<感情のないアイムソーリー それはいつも通り>と合わせて「to/o/ri」と執拗に韻を踏むこの構成は、<lookin’ for love 今立ち並ぶ><「ticket to ride」 あきれくらい>とやはり英語と日本語を織り交ぜて韻を踏みつつノリを生むMr.Children「CROSS ROAD」を彷彿とさせます。ミスチルが大ブレイクするきっかけとなったかの曲のオープニングを盛り上げるテクニックを、ヒゲダンはさらに発展させる形(ミスチルは「ra/bu」「ra/i」で踏むところをヒゲダンは「to/o/ri」で押し切る)で踏襲しています。
「韻を踏む」というのは昨今のフリースタイルラップのブームで改めて世間一般にその手法が浸透した感がありますが、「Pretender」では前述したような語尾の韻だけでなく、言葉の頭の音の揃え方についても効果的です。
Bメロに登場する<もっと違う○○で>というフレーズの繰り返しでは、最初が<設定>と<関係>、次が<性格>と<価値観>というようにそれぞれ「se」「ka」から始まる言葉をはめこんでいます。
このBメロは<君の運命のヒトは僕じゃない>という胸が締め付けられるサビに突入する前段として非常に重要なパートで、まずは自分を取り巻く環境を嘆き、続いて自分自身のあるべきメンタリティについて夢想し、それを<そう願っても無駄だから>と打ち消すことで、サビで描かれる情景の「絶対に成就しない感じ」が強化されています。
つまり、Bメロには「サビの悲しさを強調する」という役割が負わされているわけですが、にもかかわらず<もっと>という跳ねる音の繰り返しと頭の音を縛った言葉選びのおかげでその印象はかなり軽快なものになっている。そんなアンビバレントな構造が、この曲に深みを与えています。
「アンビバレント」という観点では、一聴してメロディときれいにマッチしている歌詞の中に「?」と思わせるような堅い言葉を忍び込ませているのも「Pretender」の面白いところです。
<君とのロマンスは人生柄 続きはしないことを知った>という流れで登場する<人生柄>という単語はポップソングの歌詞でほとんど登場したことのないものですし、<辛いけど否めない でも離れ難いのさ>のラインでも「a/i」という音が繰り返されるリズミカルなフレーズの中に「離れたくない」でも「離れづらい」でもなく<離れ難い>というやはり歌詞では登場頻度の少ない言葉が選ばれています。
ちょうどここに出てくる<否めない>という言葉を使ったJポップの名曲として山崎まさよしのオリジナル曲でSMAPもカバーしている「セロリ」がありますが、言葉を詰め込むことでグルーヴを出しつつ<桜木町>(「One more time,One more chance」)のような歌詞としてはあまり聞いたことのないワードを放り込む山崎まさよしのスタイルともこの曲は通じるものがあります。
「日本語を西洋由来のポップスのメロディにいかに乗せるか」というのは日本のミュージシャンが長年苦闘してきているテーマであり、むしろその問いに対する試行錯誤自体が日本のポップスの歴史とも言えると思います。ここまでに名前を挙げてきたミスチルも山崎まさよしも、それに対して一つの新しいフォーマットを作った先人です。
「Pretender」をその観点から位置づけようとした場合に注目したいのが、サビに登場する<痛いや いやでも 甘いな いやいや>です。「i/a」という音を繰り返しながらメロディと一体化するこの流れは、童謡のような言葉遊びっぽい雰囲気も漂わせつつ、そんなちょっとユーモラスな言葉遣いだからこそサビ全体の切なさを逆説的に増幅させるという絶妙な役どころを演じ切っています(「スイカに塩をかけるともっと甘くなる」みたいな感じでしょうか)。
「メッセージと音の気持ちよさ、どちらが大事か」というような二元論を簡単な言葉であっさり超越してしまったこのラインは、日本語とポップミュージックの関係における新しいスタンダードとなるはずです。
あの詩人とのリンク
ところで、「この曲の歌詞を同性愛的な視点から読み解く」というトライが最近一部で話題となりました。
この読み解きはあくまでも「一つの視点」にすぎませんが、この内容とリンクするように感じたのが谷川俊太郎の「きみ」という詩です。
小学生同士の同性愛を描いたというこの詩において、主人公の少年は夢の中で二人だけの世界を想像しながら<きみとともだちになんかなりたくない ぼくはただきみがすきなだけだ>とその心境を結び、その時点では相手に思いを伝えることはありません。<もっと違う設定>に思いを馳せながら<「君は綺麗だ」>という曖昧な言葉に気持ちを託さざるを得ない、”同性愛者の恋愛の難しさを描く曲としての「Pretender」”とその世界観は期せずしてマッチしています。
読み手によって解釈が多様に広がることこそ時代を越えて受け継がれていく(解釈の余地が広いと時代が変わっても古くならない)歌詞の条件でもあります。前述のような読み解きが生まれること、そしてそれが隣接領域の大家と無意識で共鳴すること、その事実そのものが「Pretender」の歌詞の普遍的な魅力を証明しています。
「メロディに乗る言葉としての気持ちよさ」を担保しながら、同時に「ストーリーとしての深み」も備えている。どちらが欠けていても、「胸に刺さる歌詞」にはなりません。多くのリスナーが「Pretender」を「泣ける!」と受容できるのは、その感情を呼び覚ますための企みがあるからこそです。
さらに大きな場所を目指して
ヒゲダンには、「夏フェスで話題を呼ぶ若者に人気のバンド」、もしくは「違いの分かるリスナーに持てはやされる通向けの存在」、そんな枠を飛び越えていく大きなポテンシャルがあると思います。
昨年出演したラジオ番組にて、サザンオールスターズ「涙のキッス」と槇原敬之「どんなときも。」のどちらをカバーするかリスナーの投票で決めるという企画にチャレンジしたヒゲダン。この2つのアーティストがいるところこそ、まさにヒゲダンが目指すべきステージなのではないでしょうか。
参考記事:Official髭男dism、槇原敬之『どんなときも。』をカバー! 新作レコーディング秘話も(J-WAVE NEWS 2018年10月22日)
ブラックミュージックのフィーリングと日本の歌謡の世界をミックスしたサウンドとメロディを生み出しつつ、そこに心の機微を描きながらメロディと美しく調和する日本語を巧みに乗せる。桑田佳祐や槇原敬之、女性アーティストで言えばaikoなど、日本のポップスの歴史を作ってきた人たちのチャレンジを正しく追いかけているのが現在のヒゲダンです。
メジャーデビュー後早いタイミングで注目を集めたヒゲダンですが、おそらくバンドとしてまだまだ引き出しがあるはずです。これから先、このバンドがさらなるマスターピースを生み出していくことを期待したいと思います。