懐かしのピンポン外交とパンダ外交 習近平氏のマスク外交と戦狼外交で対中感情が急激に悪化
「米中関係が改善する見通しはほとんどない」
[ロンドン発]トニー・ブレア元英首相の「グローバル・チェンジ研究所」が報告書「世界における中国の役割」を発表し、「米中関係はこの10年で劇的に悪化し、改善の見通しはほとんどない」と指摘しました。
世界金融危機と「中国の夢」を掲げる習近平国家主席の登場、新型コロナウイルス・パンデミックで米中間の力学と世界情勢は激変。21世紀に入ってからの米中関係を報告書からおさらいしておきましょう。
【責任あるステークホールダー2001~10年】
ジョージ・W・ブッシュ米大統領時代の対中政策を担ったロバート・ゼーリック国務副長官(後の世銀総裁)が提唱。中国が世界貿易機関(WTO)加盟。世界金融危機で米中は協調するも、中国は国家資本主義への自信を強める。
【アジア回帰政策2011~16年】
当初、G2(米中対話)を掲げて登場したバラク・オバマ米大統領は逆に中国の習主席から「新型大国関係」を突きつけられ、「アジア回帰政策」に転換。
東シナ海や南シナ海の緊張高まる。中国がインフラ経済圏構想「一帯一路」を支援するアジアインフラ投資銀行(AIIB)を設立。アメリカは中国に対抗するため日本やベトナムなどアジア諸国と連携を強める。
2017年、アメリカの対中警戒論は全体の47%。
【米中新冷戦に突入か? 2017年~】
マイク・ペンス米副大統領(共和党)が対中関与政策の終結を宣言。米民主党の大統領候補ジョー・バイデン前副大統領も「中国の虐待的な態度と人権侵害と対決する必要がある」と明言。
米中貿易・テクノロジー戦争が勃発。中国のインフラ経済圏構想「一帯一路」に対するアメリカの巻き返し。アジアで軍拡競争。
2020年、アメリカの対中警戒論は全体の66%。
パンダの着ぐるみを脱ぎ捨てたオオカミ
中国の外交と言えば、ニクソン電撃訪中につながった1970年代の「ピンポン外交」が懐かしく思い出されます。そのあとは愛らしいパンダを親善大使として貸し出す「パンダ外交」を拡大します。
2008年以降、中国と自由貿易協定(FTA)を結んだり資源や技術供与を受けたりした国には友好のしるしにパンダが貸与されるケースが目立ちました。関係が悪化するとパンダは中国に送還されてしまいます。
しかし中国共産党支配の引き締めのため登場した習主席の時代になってトウ小平時代から受け継がれてきた「韜光養晦(とうこうようかい、時が来るまで爪を隠して力を蓄える政策)」は完全に打ち切られます。
そして今回の新型コロナウイルス・パンデミックでなかなか混乱から抜け出せないたり欧米を尻目に中国はN95マスクなど感染防護具を輸出する見返りに次世代通信規格5G参入を迫る「マスク外交」を展開。
新型コロナウイルスの混乱に乗じて核心的利益である領土保全や主権が関わる問題では衝突も恐れず国益を追及する「戦狼外交」を香港、中印国境、南シナ海で推し進めるようになります。
「戦狼」と中国版ランボーと言われるアクション映画『ウルフ・オブ・ウォー(Wolf Warrior)』にちなんでいます。
コロナ危機で急激に悪化した対中感情
習氏の「戦狼外交」には自由世界と壁を築き、国内で中国共産党支配の正当性を高める狙いがあります。米中新冷戦や米中グレート・デカップリング(分断)は習氏が意図的に作り出しているとも言えます。
グローバル・チェンジ研究所のアンケート調査では西側諸国の対中感情は急激に悪化しています。
別のシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)の報告書でも、コロナ危機で対中感情は悪化しましたかという問いに対して、デンマークとフランスは悪化したという回答が62%を占め、スウェーデンでは52%、ドイツでは48%でした。
しかし中国の医療支援を受けたイタリアでは中国を「最も重要な同盟」とみなす世論が25%にものぼり、欧州連合(EU)の28%に次いで2番目でした。
左派の新興政党「五つ星運動」前党首、ルイジ・ディマイオ外相は感染防護具や中国の医師団を運んできた航空機がイタリアに到着した際、「中国からの援助が一番に届いた」と諸手を挙げて称賛しました。
グローバル・チェンジ研究所は米中関係の今後について(1)協力(2)熾烈なライバル関係(3)軽度の冷戦(4)完全なる冷戦(5)軍事衝突の5つのシナリオのうち、(2)熾烈なライバル関係(3)軽度の冷戦になる可能性が強いと予測しています。
中国はアメとムチの「マスク外交」と「戦狼外交」の使い分けで踏み絵を踏ませ、「一帯一路」を軸にした中華経済圏を構築しようとしているのかもしれません。
(おわり)