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化学兵器、ハラブジャ、イラク開戦10周年、シリア

高橋和夫国際政治学者/先端技術安全保障研究所会長
警備兵

3月は中東では記念日が多い。3月15日はシリアで国民の民主化を求める大規模なデモが始まって2周年の日である。そして3月20日はイラク戦争開戦10周年である。その間に挟まれた3月16日はイラクのハラブジャで化学兵器が使われた25周年である。1980年から1988年にかけて戦われたイラン・イラク戦争末期の1988年3月16日にイラク東北部のイラン国境に近い町ハラブジャでイラク空軍がクルド人の住民を化学兵器の爆弾で攻撃し約3千名の市民を虐殺した。

化学兵器の入っていた爆弾。犠牲者を運んだ車。
化学兵器の入っていた爆弾。犠牲者を運んだ車。

イラン・イラク戦争においてイラクは、この兵器を頻繁に大量に使用した。しかも敵であるイラン軍に対してのみでなく、イランの民間人に対しても使用した。しかも、戦争の末期になると自国のクルド人に対しても使用した。民族が違うという理由で、フセイン政権は自国民であるクルド人を化学兵器の標的にした。前代未聞の暴挙であった。化学兵器が大規模に公然と使われたのは第一次世界大戦以来であった。同大戦において米英仏などの連合国側とドイツやオーストリアなどの同盟諸国側の双方が毒ガスを大量に使った。そのあまりの残虐さゆえに、この兵器の使用は国際法によって禁止された。

化学兵器による爆撃の直後にハラブジャに入ったイラン軍が、世界のジャーナリストを現場に招いたことで、その惨状が世界に知られるようになった。イラン・イラク戦争の末期からフセイン政権は、クルド人に対する攻勢を強め、各地で化学兵器を使用した。またクルド人の強制移住や虐殺を行った。こうした一連の政策は「アンファル」作戦として知られている。アンファルとは「戦利品」という意味であり、その成果は、まさにおぞましい民族浄化であった。フセインのイラク軍の戦利品は18万2千人の虐殺されたクルド人の遺体であった。未だにイラク各地でクルド人の大量虐殺現場の発見が続いている。クルド人は、この事件をジェノサイド(民族絶滅)として認定するように国際社会に働きかけている。

現在このハラブジャを含むイラク北部を統治するクルディスターン自治政府は、世界各地から多数の議員、研究者、ジャーナリスト、外交官、NGO関係者を招いて3日に渡る盛大な記念事業を開催した。筆者も、招かれた研究者の一人であった。

ハラブジャの化学兵器の犠牲者の記念館
ハラブジャの化学兵器の犠牲者の記念館

初日の14日は、新たに建設された国際会議場に約2千名の出席者を集め、マスード・バルザーニー自治政府大統領の挨拶で国際シンポジウムが始められた。2日目の15日は自治政府の首都アルビルの郊外にあるアンファルの犠牲者の記念碑に献花の儀式が挙行された。そして3日目の16日は、現地ハラブジャで化学兵器の爆弾の投下された午前11時35分に18万2千の犠牲者に捧げる182秒の黙祷で追悼儀式が行われた。3日の行事を通じて「涙から希望へ」と「報復ではなく寛容」とのテーマが繰り返された。

尊い犠牲の上に現在のクルド人の自治があり、自治地域の繁栄がある。会議の無言のメッセージであった。これは、第二次世界大戦中のユダヤ人大虐殺いわゆるホロコストの悲劇の上にイスラエルが成立したとシオニストが主張する前例を想起させる。イベントの大きさにクルディスターン自治政府の強い意気込みが現れていた。またクルド人のイラク北部における確固とした自治が反映されていた。

クルディスターン地域政府のマスード・バルザーニー大統領
クルディスターン地域政府のマスード・バルザーニー大統領

クルディスターン自治政府は、その自治の正当性と永続性を強調する機会としてハラブジャの25周年を盛り上げた。この記念事業は、ハラブジャの歴史的な意義を考えさせる重要な契機となるだろう。同時に、現在のシリアの内戦を考えると、このイベントは歴史的な意義のみならず今日的な緊急性を帯びることとなった。なぜならば追い詰められたシリアのアサド政権が化学兵器の使用に訴える可能性が排除できないからである。

ハラブジャでの化学兵器の使用に対しては、大きな声を上げなかった国際社会が、シリアに対しては厳しい警告を発している。たとえばアメリカが昨年末から化学兵器の使用は黙認しないとの警告を繰り返している。内戦の激化にもかかわらず、シリアでは化学兵器が使われていない。ハラブジャの犠牲者たちが、現在までは、シリアの反体制派を化学兵器から守ってきたと言えるだろう。

国際政治学者/先端技術安全保障研究所会長

国際情勢をわかる言葉で、まず自分自身に語りたいと思っています。北九州で生まれ育ち、大阪とニューヨークで勉強し、クウェートでの滞在経験もあります。アメリカで中東を研究した日本人という三つの視点を大切にしています。映像メディアに深い不信感を抱きながらも、放送大学ではテレビで講義をするという矛盾した存在です。及ばないながらも努力を続け、その過程を読者の皆様と共有できればと希求しています。

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イラン革命、イラン・イラク戦争、湾岸危機・戦争、アメリカ同時多発テロ、アフガン戦争、パレスチナ問題、イラク戦争、アラブの春と続発する事件に関して30年以上にわたり発言を続けてきました。またオフレコでメディア、官庁、政党、企業などに対し、そして名前を公表できない人々を含め日本の指導層のために助言とブリーフィングを行ってきました。高橋和夫の情報への感性に共鳴する方々のために分析を提供します。

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