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敗れたのは習近平――台湾総統・蔡英文圧勝

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
2020年 台湾総統選挙 蔡英文氏が再選(写真:ロイター/アフロ)

 台湾の総統選で、北京に抵抗する蔡英文現総統が圧勝した。敗れたのは親中派の国民党対立候補ではなく習近平国家主席だ。台湾の大手IT関連企業も大陸を撤退して台湾回帰し、東アジアの地殻変動を起こしている。

◆習近平の連敗!

 習近平国家主席が香港政府に逃亡犯条例改正案などを提出させたために、香港デモが大規模化し、そのお陰で台湾民進党の蔡英文総統にはかつてない追い風が吹くこととなった。

 台湾では1月11日、総統選挙が行われ、現職の与党・民進党の蔡英文総統が、台湾の選挙史上最多となる817万票を獲得して再選された。これまでにない圧勝だ。

 同時に行われた議会選である立法院委員の選挙も民進党が過半数を維持した。台湾では地元に戻って投票することが要求されているので、世界中にいる台湾人が一斉に帰京する様は、まるで「民主に向かって民が集まった」ようで、圧巻だった。投票率はなんと、74.9%。ここまで「民主」が求められ、「民主」のために国民が一丸となって力を発揮した例も少ないだろう。

 これは親中派の台湾野党・国民党候補者が敗れたのではなく、習近平が敗北したのだと結論付けていい。

 つまり「自由と民主」が「中国共産党による一党独裁政権」に勝利したのだ。

 チャイナ・マネーをどんなにばらまこうとも、台湾国民は「金ではなく尊厳を選んだ」のである。

 このような輝かしい勝利があるだろうか。稀に見る快挙だ。

 昨年11月27日付のコラム<香港民主派圧勝、北京惨敗、そして日本は?>に書いたように、11月24日に行われた香港の区議選でも民主派が圧勝した。

 これも習近平の惨敗と言っていい。

 あれから2ヵ月も経ってない内に、習近平は連敗をしたことになる。

◆米台の連携

 さて、この快挙を成し遂げた台湾には、今後どのような国際情勢が待ち受けているだろうか。北京が台湾にさらなる厳しい措置を打ってくるだろうことは予想できるとしても、現状はそんなに単純なものではなく、日本にもストレートに影響してくると思われるので、以下に多少の分析を試みたい。

 米台の連携に関しては今年1月9日付のコラム<台湾総統選「窮地に立つ習近平」に「温かな手」を差し伸べる安倍首相>で見たように、台湾の立法院(国会)は、昨年12月31日、北京から政治的影響が及ぶのを阻止する「反浸透法案」を可決した。 北京政府はアメリカや日本など、ほぼすべての国に対して、中国に有利なように思想を傾かせるためのプロパガンダに全力を投じているが、台湾はその最前線にあり、「反浸透法案」は北京による激しい政治工作(台湾の政治家への不法献金やメディア買収、ニセ情報流布など)に対抗するためのものだ。

 注目すべきはトランプ大統領が同時(アメリカ時間12月30日)に、「2020国防権限法案」に署名し、同法が成立したことである。同法は今後、アメリカの国家情報機関に対して、「台湾が中国の動きを見極め、(中国の干渉を)食い止めるのを支援し、自由で公正な選挙を行えるようにアメリカの情報機関が努力したことを米議会の関連委員会に報告する義務」を要求している。

 つまり、アメリカの「国防権限法」と台湾議会の「反浸透法」はペアで動いていたのである。

 同法にはほかにも、「アメリカは台湾とのサイバー・セキュリティー分野における連携強化」、「台湾との安全保障分野における交流強化や合同軍事演習の実施」、「台湾の防衛能力確保(武器支援)」などが盛り込まれている。また同法は「台湾旅行法に基づいた米台高官の交流促進」や「米軍艦による定期的な台湾海峡の通過を続行する」ことも強く要求している。

 米台が緊密に連携し合って北京政府に対抗する米台協力体制を構築していることが見えてくる。

 特にサイバー攻撃に関しては北京が台湾を隠れ蓑のような中継点としてアメリカに攻撃をかけている事実があるからだ。

 だからアメリカは北京に対抗して台湾の利益を守ることはアメリカを守ることだとみなしている。

◆台湾回帰する大陸の台湾大手企業

 一方、米中貿易戦争のあおりを受けて、中国大陸で製造した他国の製品にも、アメリカにより高関税がかけられる。そこで中国大陸に進出している多くの他国の企業が中国大陸から撤退して第三国に生産拠点を移動させ始めているが、中でも台湾の大手企業が台湾に引き揚げる動きを加速させていることが注目される。

 台湾政府の経済部投資台湾事務所が2019年11月28日に発表したデータによれば、既に156社の台湾企業が大陸から台湾に引き揚げており、台湾への新しい投資総額は7034億ニュー台湾ドル(約2.58兆円)で、56,759の職位を台湾に提供することができるという。

 これに対して北京政府は台湾企業を撤退させまいとしてさまざまな妨害を試みている。たとえば台湾が大陸で最も多く投資している地域は蘇州で、 蘇州の台湾企業の数は11000社に達し、蘇州の外資の3分の2は台湾資本だが、中国政府は台湾企業が大陸から撤退できないように、台湾企業が使用している蘇州工場の不動産などは、最低3年あるいは5年は売却することができないなどの法令を出して規制しようとしている。

 しかし、そのような規制を受けても、大陸に進出した台湾企業の台湾回帰の勢いを止めることはもう出来ない。

 習近平が2019年1月に台湾にも「一国二制度」を適用すると宣言すると、蔡英文政権は直ちに「台湾回帰政策」を打ち出し、台湾での投資に必要となる土地や人材などの斡旋や低利融資などを断行し始めた。また半導体や電子機器製造において世界に冠たる大企業を多く持つ台湾は、台湾を「デジタル・アイランド」として「台湾とアメリカのシリコンバレー」をつなごうと、ハイテク面においても米台連携を強めている。

 台湾企業は域外生産の4分の3をアメリカなどの第三国に販売しているため、米中貿易摩擦が盛んになればなるほど台湾回帰を加速させ、巨大なIT大国に再成長していく可能性を大きくしていく。

 たとえば世界最大のハイテク製品受託生産企業で、日本のシャープを買収した鴻海(ホンハイ)精密工業(工場の一部移転)、水晶デバイスで世界トップを走る台湾晶技(TXC)、リニアガイドウェイなどで世界に名を馳せている上銀科技(ハイウィン・テクノロジーズ)、世界液晶パネルの雄である友達光電(AUオプトロニクス)や群創光電(イノラックス。フォックスコングループ)…などがその戦列に並んでいる。

 人材には少々難点がある。中国大陸は長いこと世界の組み立て工場として多くの熟練工を育ててきたが、台湾が担ってきたのは頭脳と資金部分だ。台湾に回帰すれば、労働集約型の経済構造が要求する膨大な数の熟練工を必要とするが、しかし台湾全体をAIを強化したスマート・シティとして構築していくアイディアもあり、台湾企業の力を以て当たれば解決するにちがいない。

 ここでもアメリカは台湾をAI大国としてバックアップしようとしている。

 すべて北京(中国大陸)と対抗することが目的だ。

◆東アジアに「民主」の地殻変動

 蔡英文政権の中枢には、かつて「ひまわり運動」で活躍した若者陣営も入っている。若さとエネルギーと確固たる理念が違う。北京を撥ねつける覚悟が出来ているのだ。

 アメリカが北京政府に圧力をかければかけるほど、台湾巨大企業の台湾回帰の波は止まらず、若いエネルギーがそれを吸収していくだろう。

 香港と違って台湾はまだ北京政府の構築の中には組み込まれていない。「独立した民主主義国家」を形成している。

 香港デモにより思わぬ力を甦らせている台湾。

 時代は変わった。今まさに変わりつつある。

 香港の「時代革命」が台湾を甦らせている。

 アジアのこの一角に「民主」へのエネルギーの塊がある。

 トランプが「台北法案」に署名すれば、中華人民共和国が「中国」の唯一の代表として国連に加盟したあの屈辱を晴らし、もしかしたら台湾が「中華民国」として独立して国連に加盟する日が来るかもしれない。

 これこそは東アジア最大の地殻変動ではないか。

 これが実現すれば香港の「自由と民主」への渇望も夢ではなくなるかもしれない。

 そしてそこには中国大陸と違って、アメリカと対立しない、安全な経済発展を保証する可能性が広がっている。

◆日本はどちらを選択するのか

 東アジアは今、その分岐点にある。

 それを左右するのは「日本の選択」だ。

 日本は民主主義国家を選ぶのか中国共産党による独裁国家を選ぶのか。いまその分岐点にいる。

 日本が「自由と民主」を選べば日本国民の尊厳は保たれる。それこそが真の「アジアの平和」なのではないだろうか。

 安倍首相はしかし、この輝かしい「民主」を選択せずに、独裁国家の頂点に立つ習近平を国賓として迎えようとしている。それが今、どれほど愚かな選択であるかを熟考してほしい。

 安倍首相は昨年末、日中首脳会談を行って「日中にはアジアの平和を守る責任がある」と習近平に誓いを立てたようだ。これは即ち、「一つの中国」を守り、「絶対に台湾の独立は認めません」と誓っているのと同じである。

 「民主」の息吹を見殺しにしようとしているのに等しい。

 トランプ大統領は今年の大統領選を勝ち抜くために米中貿易に関して一時的合意に踏み切っているものの、アメリカは中国のハイテクがアメリカを超えることを絶対に許さないので、米中覇権競争は激しくなりこそすれ弱まることはない。中国もハイテク国家戦略「中国製造2025」に関して絶対に手を緩めない。したがって台湾回帰の傾向は続く。

 これは実は日本企業の発想の転換を摘み取り(すなわち視野を狭くさせ)、長い目で見れば、日本経済の発展の可能性をも摘み取っていくであろう危険性さえ秘めている。

 日本はこうして世界を俯瞰する目の欠如のために、常に長期的外交戦略を間違えるのである。

 1992年の天皇陛下訪中によって崩壊寸前の中国経済を救い中国のこんにちの繁栄をもたらしたように、今もまた短絡的な目先の利益を求めて習近平を国賓として迎え、必死で生き抜こうとしている台湾の「民主」にダメージを与え、中国がアメリカを超える手段に手を貸そうとしている。

 安倍政権には目を覚ましてほしいと、ひたすら望むばかりだ。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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