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フードデリバリー配達員は「個人事業主」ではなく「労働者」! ヨーロッパで進むギグワーカーの社会的保護

溝上憲文人事ジャーナリスト
フードデリバリーの需要が急速に拡大している(写真:アフロ)

日本のフードデリバリー配達員は20万人超

 コロナ禍の街角で目にすることが増えたフードデリバリーの配達員。日本では労災補償や失業手当も出ない「個人事業主」として扱われているが、ヨーロッパでは今、公的保障を受けられる「労働者」とみなす大改革が進んでいる。

 データ分析企業のヴァリューズによると、ウーバーイーツ、出前館、menuなど大手5社の利用者は2020年1月に294万人だったが、21年1月は902万人と3倍に増加。市場規模も19年の4172億円から20年に4960億円と増加し、21年は5678億円と予想されるなど急成長を遂げている(ICT総研調査)。

 当然、飲食を運ぶ配達員も増加している。まとまった統計はないが、プロフェッショナル&パラレルキャリアフリーランス協会の調査によると約15万7000人。しかし、最大手のウーバーイーツだけで10万人を超えているとの報道もあり、実際の配達員は20万人を超えていると推測される。

 配達員の多くは、プラットフォーム事業者が提供するネット上のアプリを通じて単発の仕事を請け負うギグワーカーと呼ばれる人たちだ。その人たちに仕事を提供する世界のプラットフォーム企業が日本に相次いで参入している。コロナ前から参入しているウーバーイーツをはじめ、2020年にフィランドの「Walt」、ドイツの「foodpanda」と韓国の「FOODNEKO」が相次いで参入(両社はその後に合併)。2021年にはアメリカ大手の「DoorDash」が事業を開始するなど全国で熾烈な競争を展開している。

 プラットフォーム事業者による市場拡大やそれを支えるギグワーク配達員の増加は、利用者の利便性の向上にとどまらず、コロナ不況による失職や収入減をカバーするなど、新たな就労者の創出にも貢献している。

 配達員の中には専業で働いている人もいれば、副業も多い。パーソル総合研究所の「第二回副業の実態・意識に関する定量調査」(2021年8月)によると、「フードデリバリー・配達」がコロナ禍で増えた正社員の副業の職種で2番目に多く、全体の7.9%を占めている。配達員の専業者と副業者の割合は定かではないが「専業者が2割、副業者が8割ぐらい。だが稼働時間では専業者が5割程度を占めている」(フードデリバリーのプラットフォーム企業幹部)という。

事故に遭遇しても労災保険の入院補償や休業補償を受けられない

 しかし、一方でギグワークの配達員は極めて不安定な立場に置かれている。会社員やアルバイトと違い、報酬は出来高払いで多く稼ぐ人がいる一方、東京の最低賃金(時給1041円)を下回ることもあり得る。もちろん有給休暇もなければ育児休業や介護休業など会社員なら誰でも享受できる権利も発生しない。会社員やアルバイト(週20時間以上)が加入する雇用保険から支給される育児休業給付金や介護休業給付金も出なければ、もちろん失職した場合の失業給付手当も出ない。

 何より配達員にとって最大のリスクは事故だ。自転車やバイクは四輪車に比べて転倒しやすく、一度事故を起こすと重傷化のリスクも高い。ケガを負って入院した場合の治療費の負担や仕事ができなくなった場合、会社員やアルバイトは雇い主が保険料を全額負担する労災保険によって入院・治療費を全額負担し、休業補償も最大1年半にわたって受けられるなど手厚い保障がある。

 しかし、ギグワークの配達員は労災補償を受けられない。一部のプラットフォーム事業者は民間の保険会社と提携し、治療費や見舞金を支給しているが、労災保険の補償に比べるとはるかに見劣りする。

 実際に事故も発生している。ウーバーイーツの配達員で組織するウーバーイーツユニオンの「事故調査プロジェクト報告書」(2020年7月21日)によると、報告のあった事故31件のうち、最も多かったのは「衝突事故」の25.8%、次いで「転倒事故」(22.5%)、「追突事故」(16.5%)、「接触事故」(12.9%)の順となっている。事故による負傷の内訳は「打撲・擦過傷など」が45.2%と最も多いが、「頸椎捻挫や靱帯損傷など」「骨折」の重傷に近いケガも4割弱あった。また、ケガの治療のため仕事を休んだ期間で最も多いのは「1~2週間」の41.9%、次いで「1ヶ月未満」(19%)。1ヶ月以上休んだ人は約2割(19.3%)に上り、うち3ヶ月以上が13%もいる。

ハードルが高い日本の「労働者の基準」

 事故が少なくないにもかかわらず、なぜ公的保障を受けられないのか。それはギグワーカーが雇用されている労働者ではなく「個人事業主」あるいは「自営業者」と位置づけられているからだ。

 読者のなかには「個人事業主なら保障がないのは当然じゃないか」と思う人も多いかもしれない。しかし、事業者が「あなたは個人事業主です」と言っても、その働き方が会社員やアルバイトと同じであれば、たとえ雇用契約を結んでいなくても「労働者」と認定される。逆に働き方は労働者と同じであるのに個人事業主として働かせていれば“偽装フリーランス”として企業が処罰される。

 これまでも「自分は個人事業主として扱われ、給与を低く抑えられ、社会保障も受けられないのはおかしい」と裁判に訴えたケースも少なくない。ただし、社会保障を受けるには「労働者である」ことを自ら立証しなくてはならない。労働基準法9条では労働者を「使用され、賃金を支払われる者」と定義しているだけで極めて抽象的かつ曖昧だ。

 そこで裁判例では、①仕事を断れない関係にある、②指揮監督下で働いている、③働く時間・場所が拘束されている、④報酬が業務量や時間に基づいて算出されるなど「報酬の労務対価性」がある、⑤仕事で使う機械・器具などの自己負担がない、⑥専属で働いている――といった基準をクリアする必要がある。

 ではプラットフォーム事業者を通じて働くギグワーカーは労働者と認められるのか。例えばフードデリバリーの配達員の場合、①については基本的に配達の依頼を断ることができる。②については、そもそもAIやアルゴリズムに基づいて動かされており、プラットフォーム事業者は配達員と飲食店を仲介しているだけという建前になっている。現状では日本のギグワーカーが労働者として社会的保護を受けるのは難しい。

配達員を自動的に「雇用関係」にあると見なすEUの改革案

 しかし、ヨーロッパでは増え続けるギグワーカーを労働者として社会的保護を受けられる法整備が進んでいる。

 EU(欧州連合)の行政府である欧州委員会は6月15日、プラットフォーム労働の労働条件に関する第2次協議を主要な経済団体や労働組合などの労使団体と開始したと発表した。

EUがプラットフォームワーカーの保護に向けて動き出した
EUがプラットフォームワーカーの保護に向けて動き出した写真:PantherMedia/イメージマート

 EUでは加盟国に拘束力を持つ法令などの労働政策の立案は労使団体との2段階の協議が義務づけられているが、すでに第1次協議を終了。その結果を踏まえ「欧州委員会は、基本的な労働基準とプラットフォームを通じて働く人々の権利を確保するために、さらなるEUの行動が必要であると結論づけました」と述べている。目指しているのは、契約上自営業者とされているプラットフォームワーカーにも「労働者」と同じ権利と保護が受けられるようにするEU統一のルールづくりだ。

 現状では保護を受けるには、日本と同じようにEU加盟国ごとに定義している労働者の要件を司法の場を通じて満たす必要があるが、新たに加盟国全体をカバーする共通のルールを設けようというものだ。

 EUは第2次協議文書で複数の選択肢を示しているが、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎研究所長の「EUのプラットフォーム労働の労働条件に関する第2次協議に見える立法構想」(JILPTリサーチアイ2021年6月22日掲載)によると、いくつかの選択肢を提示している。

①第1の選択肢は、プラットフォーム事業者とそれを通じて就労する者との間の契約が雇用関係であるという反証可能な法的推定規定を設ける

②第2の選択肢は、司法手続きにおける立証責任の転換または証拠基準の低減

③行政手続きによる労働者性の認定

④プラットフォーム事業者と就労者のいずれかの要請による労働、社会保障、税務当局が契約(雇用か否かの性質を決定する)認証制度を設ける

 第1の選択肢である①の推定規定とは、例えばフードデリバリーなどのプラットフォーム事業で働く就労者は自動的に雇用関係であると推定するルールを設ける。プラットフォーム事業者がこの推定を覆すためには、司法手続きにより就労者が自営業者であることを立証する必要がある。これまでプラットフォーム就労者は雇用関係にあると主張し、社会的保護を求めても労働・社会保障当局の対応は鈍かったが、推定規定を設けることで社会的保護のアクセスがスムーズになる。

 日本だとどうなるのか。ギグワーカーのフードデリバリーの配達員が労災保険に入りたい、失業給付手当がほしいと思えば、労働局やハローワークなどの役所で申請手続きを行う。事後に役所からプラットフォーム事業者に「配達員の労災保険や雇用保険の保険料を支払ってください」と請求してくる。そのとき「いや、彼は個人事業主であり、うちが雇った従業員ではない」と言っても、役所は「では裁判でそのことを立証してください。ただし、判断が確定するまでは保険料は払ってくださいね」となる。これまでの法的手続きを覆す画期的なルールといえそうだ。

 ②はギグワーカーが自分は労働者であると主張しても、裁判でその根拠と理由を立証しなければならなかったが、新ルールでは逆にプラットフォーム事業者が「労働者ではない」ことを立証するもので、個人の負担を軽減することにつながる。

 濱口桂一郎研究所長は「反証可能な推定規定とは、プラットフォーム事業者が労働者ではないと何も主張しないで放っておくと労働者になるということであり、②は裁判に訴えた場合に挙証責任が転換するという違いがある」と語る。

ヨーロッパ各国の最高裁で相次ぐ「労働者認定」の判決

 「証拠基準の低減」とは、雇用関係が存在する証拠となるごくわずかな基本的事実(プリマ・ファシ)を提示すればよいとするもの。具体的には①報酬の水準がプラットフォーム事業者によって決められている、②顧客とのコミュケーションを制限している、③外見や接客について特定のルールを要求している――といった実態があれば雇用関係にあるとするものだ。日本の労働者の基準よりもはるかにハードルが低い。

 雇用関係の推定、立証責任の転換や労働者の証拠となる基準の低減はいずれも事業者にとって厳しいものだ。EUの経営者団体は当然反発している。EUはなぜそこまでして統一ルールを設けようとしているのか。

 その背景には、プラットフォーム労働者の労働者性に関してEU加盟国で100以上の司法判決と15の行政決定がなされ、労働者と認められているからだ。そのうち最高裁レベルに達したのはドイツ、スペイン、フランス、イタリアの4カ国5件もある(第2次協議文書の附属職員作業文書)という事情がある。ちなみにその大部分はタクシー型旅客輸送とフードデリバリーに関するものだ。

 フランスの破毀院(最高裁)は2018年11月のTake Eat Easy事件判決でフードデリバリーのプラットフォーム就労者を労働者と認定し、2020年3月のウーバー事件判決でタクシー型旅客輸送のプラットフォーム就労者の労働者性も認定した。スペインでは20年9月のGlovo事件最高裁判決で労働者性を認定している。また、EUから離脱したイギリスでも今年2月、英国最高裁がウーバーの旅客輸送の運転手は「労働者」であると認定している。

 こうした判決は各国の法的枠組みの中で積み上げられた個別事案にすぎないが、EUの統一ルールはすべてのプラットフォームワーカーを対象にするものだ。しかもEU加盟国に拘束力を持つEU指令として発することで、プラットフォームワーカーの権利と保護を拡充することにある。

2022年にEU指令発効か。拡大する日本のギグワーカーとの格差

プラットフォームワーカーを保護するEU指令案が2022年に欧州議会で協議される予定だ
プラットフォームワーカーを保護するEU指令案が2022年に欧州議会で協議される予定だ写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 年内にも加盟国に法整備を促すEU指令案が出される予定だ。前出の濱口桂一郎研究所長はこう指摘する。

「予定表ではEU委員会が指令案を今年12月までに作成し、立法府である欧州議会と閣僚理事会に提出することはほぼ確定と言ってよい。立法府でどうなるかはわからないが、欧州議会は基本的に推進の方針だ。加盟国の政府代表で構成される閣僚理事会の協議では結構揉めることも多い。ただし、いつも断固反対を唱え、議論の停滞を招いていたイギリスがEUを抜けたことで物事が動きやすくなっている」

 仮に2022年にEU指令が成立すると加盟国のプラットフォームワーカーが労働者と認定される可能性が高くなり、事業者はワーカーのための社会保険料や労働保険料の負担など処遇の見直しを迫られることになる。

 もちろんEU域内の話なので日本が影響を受けることはないが、冒頭に紹介したように日本にはウーハーイーツをはじめヨーロッパでも事業展開しているプラットフォーム事業者が相次いで集結している。同じギグワーカーでもEU域内では労働者と同等の保護を受けるが、一方、日本のギグワーカーは保護を受けられないというグローバル格差が生じることになる。

(本記事は産労総合研究所発行の『賃金事情』(2021年9月20日号)に寄稿した筆者の記事「いま求められるフリーランス保護の拡充」の一部を加筆・再構成したものである)

人事ジャーナリスト

1958年鹿児島県阿久根市生まれ。明治大学政治経済学部政治学科卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』(光文社)、『マタニティハラスメント』(宝島社新書)、『辞めたくても、辞められない!』(廣済堂新書)、『2016年残業代がゼロになる』(光文社)、『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』(プレジデント社)など。

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