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今の会社に長居したくない……。不安感と危機感を抱えるZ世代の新入社員

溝上憲文人事ジャーナリスト
(写真:REX/アフロ)

22年新入社員「安定した生活を送りたい」がトップ

 Z世代と呼ばれる従来の価値観と異なる新入社員が注目されている。正確には1996年以降生まれとされ、携帯を持ち始めたのがスマホで、情報収集やコミュニケーションの手段としてインターネットやSNSを駆使する世代と言われる。

 日本だと、バブル崩壊後の失われた10年と言われる不況期に産声を上げた人たちだ。両親には2000万人に上るとされる就職氷河期世代やロスジェネ世代もいるだろうし、就職できてもリストラや企業再編による左遷など組織の不条理な辛酸を嘗めた人もいるだろうし、Z世代はそんな親の背中を見つめ続けてきた世代でもある。

Z世代の大学生は2018~19年卒から入社しているが、今年の新入社員は、働くことに対する価値観が例年になく微妙に変化している。

 ラーニングエージェンシーが実施した「新入社員意識調査レポート」(22年3月31日~4月13日、3659人)では、①「仕事を通じて成し遂げたいこと」、②「会社でどのような仕事をしたいか」、③「将来会社で担いたい役割」――の3つについて聞いている。①の回答で最も多かったのは「安定した生活を送りたい」(64.5%)、続いて「自分を成長させたい」(60.6%)、だった。この2つは例年も多いが、今年は前年と順位が逆転し「安定した生活を送りたい」が5.2ポイントも増加し、トップになった。

 長い職業人生を送るうえで、自分が成長することを重視する認識は大事なことであるが、一方で安定した生活を求める意識が一層高くなっている。

 ②の「会社でどのような仕事をしたいか」では、最も多かったのは「楽しくてやりがいのある仕事」が72.7%、続いて「自分の成長につながる仕事」が54.7%だった。ここでも自分の成長を重視している人が多い。

 ③の「将来会社で担いたい役割」の質問では「専門性を極め、プロフェッショナルとしての道を進みたい」と答えた人が31.6%と最も高く、一方「組織を率いるリーダーとなり、マネジメントを行いたい」は23.5%。2014年の調査開始以来、過去最低の低さになった。

「自分を成長させたい」自己成長派は転職・独立志向が強い傾向

 専門家志向は「自己成長派」と重なるところがある。自分を成長させていずれ専門家として独り立ちしたいという人たちにとっては、マネジメントとは両立しないと思っている節がある。あるいは今の組織のリーダーとなるまで会社に長居したくないという思いもあるかもしれない。「自己成長派」が多いことについてラーニングエージェンシーの田中敏志取締役(人材組織開発コンサルティング本部副本部長)は「幼少期からオンリーワン的志向が強い教育を受けて育ってきた世代であり、個としての自分を成長させたいというのが根底にある」と語る。

 とくに自己成長派が多いのは情報通信業の新入社員だ。ラーニングエージェンシーの調査(2022年6月30日発表)によると①の質問では「自分を成長させたい」が66.0%で他業種を7.4ポイント上回る。②の質問では「自身の成長につながる仕事」が60.1%と他業種を7.0ポイント上回っている。また「今の会社で働き続けたいか」の質問では、「できれば今の会社で働き続けたい」が52.6%で他業種より10.2ポイント低い。逆に「そのうち転職したい」が19.9%、「フリーランスとして独立したい」が4.1%、「いつかは起業したい」が3.9%といずれも他業種を上回り、転職・独立志向が強い。

 その一方で今年の新入社員は先の回答にあるように「安定した生活を送りたい」人が多く、また②の質問では「自分のペースでやり切れる仕事」(34.0%)、「安定的給与が得られる仕事」(32.2%)が4年前に比べて増加しているのが特徴だ。「安定した生活」を求める層の具体的な内容は「安定的給与」に加えて、過大な仕事量や無理難題な仕事を嫌う「マイペースでできる仕事」を望む人が少なくないということだろう。

写真:アフロ

コロナ禍で就活が一変!危機感から生まれた安定志向と成長志向

 安定志向の高まりについて前出の田中取締役は「おそらく新型コロナの影響が大きい。22年卒はリアルでの講義がなくなり、就活もリモートになった。企業の人と対面で接する機会が減り、社会人のイメージが見えないという先行き不透明感が増し、そうした不安を解消したいという気持ちが安定に向かわせている」と分析する。

 実際に22年卒の人たちはコロナ禍に翻弄された世代だ。大学3年になった直後の20年4月初旬に緊急事態宣言が発出され生活は一変。大学から閉め出された学生の講義はオンラインに切り替わり、6月から一部のオンラインでのインターンシップも始まった。就活情報もネットでしか収集する術がなく、新型コロナウイルス感染すると就活にも影響するために自粛生活を余儀なくされ、自宅に引きこもるしかなかった。人とリアルで接する機会が極端に減る中で、ネットやテレビでは感染者数増加の情報が日々流され、旅行・観光、アパレル、百貨店・小売、飲食、航空産業などが壊滅的な打撃や非正規切りの横行などネガティブな情報だけがもたらされた。2月末から始まったロシアのウクライナ侵攻も連日報じられている。感受性の強い年齢だけに将来に対する不安感や危機感を抱いたとしても不思議ではない。

 文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所の平野恵子所長は「世の中が大きく変わることを目の当たりにし、変化に対応できないと結局、食べてはいけないといった不安感や危機感を強く抱いた学生が多い。会社を選ぶときの見方も変化し、裕福な生活より、ほどほどでやっていける働き方でよいと思う学生がいる一方で、自分自身が実力をつけて成長しなければと、成長できる環境を求めるなど、個々人の安全戦略として危機感の発露する形態が多様になっている」と指摘する。

 安定志向と成長志向は不安感や危機感から生じた同根異種の発現形態ということになる。学生の中には前出の「マイペースでできる仕事」を望む声もあったという。

「自分だけでできる仕事はないですか?」他者との交流を避ける人

「22年卒の学生は社会人デビューするまでの交流人数がかなり減っている気がする。不確定要素の強い他者とコミュニケーションをするのが怖いのか『できるだけ知っている人たちに囲まれ、自分だけでできる仕事はないですか』という相談を時々受けた。営業は絶対無理、と言う。以前から突然かかってくる電話応対が嫌で会社を辞めたいという若者の話題があったが、今はそこから深化し、他者との交流が少ないので、どんな質問をされ、どう展開するかわからないので怖いという思いがあるようだ」と語る。

 もともとZ世代はSNSを通じて小・中・高・大学の横のつながりは幅広いが、上下の人間関係のコミュニケーションに不得手な人も多い。コロナ禍以前に大学のキャリアセンターの担当者は「最初はいろんな価値観を知りたいという思いから多くの人と広くつながろうとするが、この人と合わないと思ったら簡単に切ってしまうところがある。とくに先輩・上司などと信頼関係を築くのに時間がかかる」と語っていた。コロナ禍で学生生活や就活を過ごした人はよりその傾向が強まっているかもしれない。

写真:アフロ

なぜ、”ゆるブラック嫌い”が多いのか

 一方で、将来に危機感を抱く成長志向の強い人の「ゆるブラック」嫌いも顕著になっている。「ゆるブラック」とは、残業やストレスのないホワイトな労働環境を与えられ、実力を養う経験やストレッチもなく、成長実感も持てずにゆでガエルにされてしまう企業のことだ。

 こうした企業を避けるのは難関大学の学生に多く、自分の市場価値を高めるために先の情報通信業以外に外資系コンサル企業を志望する傾向もある。たとえば2019年にメーカーの営業職を志望し、内定を得た東京大学経済学部の学生はこう語っていた。

「東大には与えられた課題を効率的にこなすことが得意な人が多く、外銀やコンサルに行く人も多いが、私はそれが嫌だし、自分が変わりたいと思っている。また、商社、金融、コンサルは仲介業というイメージあるし、それよりもモノを作って売ることに愛着を感じているので営業職としてがんばりたい。キャリアとしては幅広い営業経験と複数のスキルを身につけて、35歳までに転職しても戦えるようになりたい」

 また、「ゆるブラック」かどうかはわからないが、あえて金融系を外したと語る上智大学の学生はその理由についてこう語っていた。

「銀行や生・損保などは比較的早く帰れるし、労働環境は良さそうに見えるが、うちの父親や親族のほとんどが銀行、損保関係に勤めていた。でも50歳を過ぎて銀行と関係のない会社に出向したり、早期退職募集で退職後、再就職している人もいるが、皆さん苦労しているようだし、楽しそうだとは思えない。出世のためにバリバリ働きたいとも思わないし、できれば社会に通用するスキルを早く身につけられる仕事を選びたい」

 2000年以降のリーマンショックなどで起こった企業の盛衰や働く人への影響を親や親族の背中を通して見てきたのだろう。そうした不安感はコロナ禍での就活を余儀なくされた若者たちの不安感を増幅させ、危機感を与えたとしても不思議ではない。

”ゆるブラック嫌い”と”ゆるホワイト好き”の共通点は「会社に依存しない」

 「ゆるブラック嫌い」の就活が将来を見据えた危機感からの選択だとすれば、同じ危機感から目の前の安心を得るための”ゆるホワイト好き”も増えていると言う。

 大学でキャリア教育を教えるティーブリッジェズカンパニー代表の髙橋実氏は「ゆるブラックは嫌だという傾向があったが、一般的な学生はコロナ禍の中であまりバリバリ働くのは嫌だとか、とりあえず短期的には安定的に働ければよいという学生が多い。逆に“ゆるホワイト好き”が増えている感じだ」と語る。

 また、最近の大学生は、働くこと=お金ととらえる傾向が強まっていると言う。

「働くのは何のためと聞くと、お金のためと答える学生が増えている。働きがいも大事ではないかと言っても、やっぱり生きていくにはお金が大事とはっきり言い切る学生が相当数いる」と語る。ゆるブラック嫌いとゆるホワイト好きに二極化している印象だが、共通するのは自分の生活を守りたいという希求と、会社・組織に依存することをリスクと考える傾向だ。

 リクルートマネジメントソリューションズの「新入社員意識調査2022」(2022年6月29日発表)によると、「定年まで現在の会社で勤めたい」人は11%。「どちらかと言えば勤めたい」を含めても32.0%。「現在の会社で勤め続けることにこだわらない・どちらかと言えばこだわらない」人が57.5%に上っている。

 Z世代の新入社員は働くことに対して、親世代が味わった苦難を敏感に感じつつ、SNSなど狭い人間関係で築き上げた生き方という甲羅を背負い、コロナ禍など激変する世の中をどう生き延びるのかという危機感を募らせている。働くことに対する多様な価値観と言えば格好はいいが、まずは甲羅を一枚ずつ剥ぎ取り、胸に秘めている不安感や危機感を和らげることが企業の役割だと思う。

人事ジャーナリスト

1958年鹿児島県阿久根市生まれ。明治大学政治経済学部政治学科卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』(文春新書)で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』(光文社)、『マタニティハラスメント』(宝島社新書)、『辞めたくても、辞められない!』(廣済堂新書)、『2016年残業代がゼロになる』(光文社)、『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』(プレジデント社)など。

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