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苦しみの1年を乗り越えて、杉田祐一、予選突破し“聖地”ウインブルドンへと帰還

内田暁フリーランスライター
右からトレーナーの大瀧、杉田、コーチの鈴木貴男

ウインブルドン予選決勝 ○杉田祐一[6-4 6-3 6-2]L・ロソル●

「すごく、難しいですね……」

 この1年は、どんな時期だったのか――その問に対し、つぶやくように答えると、しばし訪れる沈黙。

「うーん、そうですね……」

 再び小さくうなると、絞り出すようにこぼす「いや、本当に大変でしたね」の一言。

 その数少ない言葉と沈黙の時間こそが、逆説的に、彼が過ごしてきた苦しい日々を雄弁に物語ります。1年半前には36位まで上げたランキングは、現在は258位。それでもその苦境から、杉田祐一が、ウインブルドン予選を突破し本戦の舞台に戻ってきました。

 2年前の芝シーズンで快進撃のスタートを切った杉田が、最も苦しい時期を迎えていたのは、昨年の今時分から全米オープンの頃だと言います。それは単に勝利に見放されたからではなく、身体の内から湧き上がる闘志や活力を、コート上で感じることができなかったから。頭では必死に身体を奮い立たせようとするも、「頑張りたいのに、頑張れない」自分がいたことです。

 「自分を認めてあげられないのが、一番苦しかった」

 それが彼が陥っていた、精神の陥穽でした。

 一方で、トレーナーの大瀧レオ祐市の目に見えていたのは、杉田の身体の使い方の、好調時との微妙な差異です。特に使えていないと映ったのが、内転筋(内太もも)。低い姿勢で走り鋭く左右に切り返す杉田の生命線とも言える部位であり、その筋肉を自然と使えるようなトレーニングを、多く取り入れるようにしてきたと言います。

 そして迎えた今季の芝シーズンで、杉田はコートに立った時から、内転筋を使い低い体勢でボールの芯を打ち抜く、自分の本来のプレーを感じることができていました。

 その持ち味はウインブルドン予選の決勝でも、いかんなく発揮されます。相手のロソルはサービスが速く、ストローク戦では長身からフラットで打ち込む強打と、低く滑るスライスを織り交ぜてきました。しかし杉田はそのいずれをも、低い姿勢から鋭いショットで打ち返し、時には、より低く滑るスライスで相手を翻弄します。“聖地”への帰還を決めたウイニングショットも、好調を象徴するかのようなフォアのリターンウイナー。その瞬間を杉田は、ことさら大げさに喜ぶことはなく、天に突き上げた両手と顔中に広げた満面の笑みに、歓喜を滲ませるのみでした。

 昨年終盤の最も苦しんだ時、最後に杉田を支えたのは、「この苦しい時期から立ち直るのが、自分のテニス人生で一番大切なことではないか? もしここから戻れたら、それは本当に自分を評価できること」との思いだったと言います。その覚悟を指針に戻ってきたのが、5年前に初めてグランドスラム本戦出場を果たした、ウインブルドン。

 「色々あった中で、またこういう舞台で強い選手と戦うチャンスがもらえたのが、何よりうれしい」という彼の想いに応えるかのように、“聖地”が杉田に用意した初戦の相手は、ラファエル・ナダルです。

※テニス専門誌『スマッシュ』のFacebookより転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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