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噺家生活15年。月亭方正が今感じる感謝のカタチ

中西正男芸能記者
落語家に転身して15年が経ち、思いを語る月亭方正さん

 2008年に月亭八方さんに弟子入りし、タレント・山崎邦正から落語家に転身した月亭方正さん(56)。噺家生活15周年を迎え、記念独演会を大阪、東京、名古屋で開催します。15年を経て「妬み、嫉みがなくなりました」と語る意味。そして、落語への恩返しとは。

“もらえる”驚き

 落語の世界に入って15年。自分でも、ものすごく変わったなと思います。

 これは僕の考えかもしれませんけど、テレビの世界は変わらないことが求められる世界でもあると思うんです。見てくださる皆さんが持っているイメージのままいる。見た目にしても、キャラクターにしても。

 もちろん人間ですから、成長もするし、いつまでも同じではないんです。でも、見え方として変わってはいけないというか。

 ただ、僕は落語の世界に入った時点で、もう仕事の軸自体が変わりましたから。「変わったらダメ」じゃなくて「変わらないとダメ」な自分になった。これは一番大きなことだと思います。変わるため、一つ一つにどん欲にもなったと思います。

 それと、これは変わろうと思って変わったんじゃなく、自ずとこれでもかとこみ上げてきたのが感謝です。

 噺家はね、ものすごく“もらう”んです。僕は落語の世界じゃないところから入ってきたからそこをニュートラルに感じられるというか、こんなことがあるんやと。

 まず大きいのはネタをもらうということ。当然、ネタを覚えるのは大変ではるんですけど、そもそもお金を稼ぐ元手となるネタがもらえる。それも1本、2本のレベルじゃなく100、200のレベルでもらえる。これって、お金をもらっているのと同じですから。

 そして、そのネタを身につけるため、いろいろな師匠にけいこもつけてもらえる。どんな味付けで、どんな調理をするのか。それを重ねたネタというのは磨き上げた宝石です。何カラットもの宝石を宝石箱から出して「はい、あげる」と渡されるようなものです。「え、いいんですか?」の連続でしたし「なんや、これ」という驚きもありました。

 漫才やコントで言うと、この宝石を作るために自ら原石を見つけて磨きに磨くわけです。いくら「ミルクボーイ」のネタが面白いからと言って、それをもらったらパクリです。でも、落語はもらえる。まさに、有り難いことだと痛感しました。

 これが何につながるかというと、全てが感謝になるんです。ネタという財産をくれた落語に感謝、ネタをつけてくださる師匠に感謝、落語協会に感謝、そこから家族にも感謝、世間にも感謝。そうやって、全部が感謝でまわっていく。自分がもらえているから、感謝の心で人に与えられる。プラスの循環というか、それを感じ続けた15年でした。

 以前は、僕も妬み、嫉みがフツーにありました。「この人が休んだら、自分の仕事が増えるのに」という思いも、アカンけど正直ありました。でも、今は圧倒的にもらえているから、ネガティブな感情が圧倒的になくなりました。

 特に、僕は外の世界から来ているから、この“もらえる”感覚にいちいち感謝が生まれる。最初から落語の世界にいたら、ここまで感じていたかは分かりませんし、途中から入るということにも意味がある。それも学ばせてもらっているのだと思います。

 テレビの世界でリアクションの笑いもこれでもかとやらせてもらってきました。その時の筋力というのは落語のネタにも端々に生かされていると思います。最初から落語の世界にいる方々とはまた違う部分が鍛えられている。これもありがたいことだと感じています。

恩返し

 あと、落語という伝統芸能の世界に入ったことで、海外に発信する場に行かせてもらうことも増えました。そこで感じるのが道徳の意味でした。

 これは僕の思いですけど、アメリカならアメリカ、オーストラリアならオーストラリアの人に共通する感覚があるように思うんです。もちろん、一人一人違うんですけど、軸とする部分が重なっている。根っこの部分が同じというか。

 その大きな要素は宗教でしょうし、国が置かれている状況というのもあるのかもしれませんけど、かたや日本はそこが本当にバラバラだなと。それぞれに思いを持つことは悪くないけど、昨今はそれがSNSで拡散され、可視化され、分断を生んだりもする。何を是とするのか。そこに共通のものさしがないから、さらなる混乱を生むのかなと。

 みんながナチュラルに共有する根っこ。それが日本にもあっていいんじゃないか。だとすれば、それを落語にするのはいかがですかと。これはね、今本当に思っていることなんです。

 落語には道徳がある。何百年と描かれている日本の心がある。そして、それが面白おかしく描かれている。一つの軸にするにはぴったりなんじゃないかと思うんです。

 そんなことが少しでもできたら落語への恩返しになるのかなと思いますし、あと、落語というのは“橋”だとも強く感じています。

 どんな名人でも、必ず死にます。ただ、生きている間に後輩のため少しでも橋を伸ばす。そうやって橋を伸ばし続けることで、自分が死んだ後も残った人間がそこから橋を伸ばしてくれる。この連続なんやなと。ちょっとでも橋をつなぐ。それしかやることはないんだなと思っています。

 …だいぶと立派な話ばっかり言いましたけど、正直、妙な貧乏根性が出ることもあるんですよ。この前「子別れ」というネタをけいこしてくださいという後輩が来たんですけど、自分が考えた味付け、あそこだけは自分のものにしておきたいなぁ…という部分もあって(笑)。

 そこは迷うことなく「はい、どうぞ」と渡さないといけないんですけどね。自分ももらってきてますし、橋に穴を空けてもいけないし。まだまだ修業が足りません(笑)。

■月亭方正(つきてい・ほうせい)

1968年2月15日生まれ。兵庫県出身。本名、旧芸名は山崎邦正。NSC大阪校6期生。88年にデビューし、93年まではお笑いコンビ「TEAM-0」として活動。コンビ解散後はピン芸人として再スタートする。2008年、月亭八方に入門し月亭方正の名をもらう。噺家生活15周年記念独演会を大阪(5月10日、なんばグランド花月、ゲスト・月亭八方)、東京(5月31日、渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール、ゲスト・林家たい平)、名古屋(6月3日、Niterra日本特殊陶業市民会館 ビレッジホール、ゲスト・笑福亭鶴瓶)で開催する。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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