トランプ氏停止は支持、だがFacebookは無責任と「最高裁」が言う
トランプ氏のアカウント停止は支持する、だが判断の丸投げは無責任だと「フェイスブックの最高裁」が言う――。
フェイスブックの「最高裁」と言われ、コンテンツ管理の妥当性を審議する諮問機関「監督委員会」は5日、1月の米連邦議会議事堂乱入事件をめぐって前大統領、ドナルド・トランプ氏のアカウントを無期限停止としたことについての判断を発表した。
同委員会は、アカウント停止自体は支持しながら、無期限としている点は「中途半端で基準のない処罰」であり不適切だと判断。フェイスブックに対して、6カ月以内にルールの整備を含む再検討を行い、期限付きの停止とするか、永久停止(無効化)とするかの判断を示すよう求めた。
委員会のこの日の決定は、緊急避難的なアカウント停止には理解を示したものの、その場当たり的な判断に透明性と説明責任が欠けていると指摘し、それらを監督委員会にいわば“丸投げ”したことを、「責任回避」と批判している。
さらに、フェイスブックが政治家の投稿を「ニュース価値がある」としてポリシーの対象から除外するという別扱いをしてきたことについても、「有益ではない」と指摘した。
トランプ氏は2020年米大統領選について、フェイスブックなどのソーシャルメディアを使い、根拠のない「不正選挙」の主張を繰り返した。その帰結が、議事堂乱入事件だった。
議事堂乱入事件をめぐり、これらの投稿が暴力のリスクを高めるなどポリシー違反に当たるとして、フェイスブックのほか、ツイッターはトランプ氏のアカウントを永久停止、ユーチューブは無期限停止とするなどの措置を取っている。
フェイスブックなどの巨大プラットフォームは、米国大統領の言論をも抑え込むことができる新たな権力なのか――一方では、そんな懸念も広がっている。
これまでフェイスブックが問われ続けてきた透明性と説明責任。今回の監督委員会の決定は、その問題にきちんと向き合え、という指摘だ。
●「アカウント停止は妥当」
5日に発表された決定で、監督委員会はそう述べている。
監督委員会によるこの日の判断は、米連邦議会議事堂乱入事件の2週間後、1月21日にフェイスブックが諮問したことへの結論だ。
諮問は2点。乱入事件を受けて、トランプ氏のアカウントを無期限停止としたことの妥当性と、政治指導者のアカウント停止に関する提言だ。
監督委員会は、トランプ氏への緊急避難的なアカウント停止については妥当と認めたものの、“無期限”の部分については同社のコンテンツポリシーにも規定がない曖昧なものだとして、差し戻した。
フェイスブックでは、ユーザーのアカウントの処分として、期限付き停止か永久停止が行われてきた。トランプ氏のアカウント停止はそのどちらでもない。
その点について、監督委員会はこう指摘している。
つまり、明確な判断基準も示さぬままアカウント停止をし、その場当たり的な判断について監督委員会に“丸投げ”するのは無責任であり、それを説明するべきはフェイスブック自身だ、と批判しているのだ。
監督委員会は、政治指導者のアカウント停止についての提言も行っている。その中で、政治家を他のインフルエンサーなどと区別することは「有益とはいえない」と指摘する。
フェイスブックは、後述のように、政治家については、「ニュース価値」「公共の関心」を理由として別枠扱いとし、ポリシー違反の問題投稿があっても削除や停止の措置を取らない姿勢を続けてきた。監督委員会は、この判断自体に問題があったとし、「重大な危害を防ぐための緊急対応が必要な場合、ニュース価値は優先されるべきではない」としている。
その上で、政治家を含むインフルエンサーのアカウントにかかわる処分については、明確なルールを説明するようにし、有期停止としてアカウントの再開を判断する場合でも、その時点での評価を改めて行い、なお危険度が高ければ期間の延長を行うべきだとした。
さらに各国首脳や高官は、人々に危害を加える強い力を持ちうるとして、投稿によって差し迫った危害がもたらされる場合には、フェイスブックは速やかに対処するべきである、と述べている。
また提言の中で、議事堂乱入事件に至る根拠のない「不正選挙」の主張の広がりにおいて、フェイスブックがどのような役割を果たしたのか、徹底した検証を行うよう求めている。
監督委員会は、トランプ氏のアカウント停止という一点については支持をしたものの、フェイスブックに投げ返した球は、透明性と説明責任という、これまで長く指摘されながら、果たされなかった大きな問題点だ。
この決定に対して、フェイスブックの国際問題・コミュニケーション担当副社長のニック・クレッグ氏は公式ブログで「監督委員会の決定を検討し、明確で適切な対処を判断していく」との声明を明らかにしている。
この間、トランプ氏のアカウント停止は継続されるという。
この決定について、トランプ氏も声明を発表。フェイスブックを含むソーシャルメディアに対し、「政治的な代償を支払わせる。そして選挙手続きを破壊し、抹殺することを二度と許さない」としている。
●ソーシャルメディア時代の秩序
「不正選挙」を主張するトランプ氏支持者らによる1月6日の米連邦議会議事堂乱入は、5人の死者を出し、300人以上を訴追、なお多数の容疑者の行方を追っている米国史上空前の事件だ。
この事件をめぐって、下院はトランプ氏が乱入事件を扇動したとして弾劾訴追を可決。だが、上院は無罪評決を下している。
この乱入事件をめぐって、トランプ氏は改めて「不正選挙」を主張し、暴徒への共感を示す動画などをフェイスブックやインスタグラム、ツイッターに投稿していた。
フェイスブックは乱入事件の当日、これらが「暴力のリスクを後押しする」として動画を削除するとともに、24時間のアカウント停止を表明。
さらにCEOのマーク・ザッカーバーグ氏は翌日、トランプ氏のサービス利用を認めることは「リスクが高すぎる」として、フェイスブックとインスタグラムのアカウントの無期限停止を表明している。
また、ツイッターも1月8日、「さらなる暴力扇動のリスク」を理由としてアカウントを永久停止としたことを明らかにした。
※参照:Twitter、Facebookが大統領を黙らせ、ユーザーを不安にさせる理由(01/12/2021 新聞紙学的)
※参照:FacebookとTwitterが一転、トランプ氏アカウント停止の行方は?(01/08/2021 新聞紙学的)
ただ、ソーシャルメディアの対応に対しては、特にEUから疑問の声が上がった。代表的なのは、ドイツ首相のアンゲラ・メルケル氏がスポークスマンを通じて出した反応だ。
メルケル氏は、このアカウント停止は「問題がある」とし、表現の自由への制限は企業ではなく、法によって判断されるべきだ、とした。
ドイツでは「ネットワーク執行法」によって、フェイクニュースやヘイトスピーチへのプラットフォームの対応義務を罰則つきで定めている。
さらにEUは2020年12月、プラットフォーム規制のための「デジタルサービス法」「デジタル市場法」という二つの新法案を発表した。それぞれ最大で売り上げの6%と10%という制裁金の罰則付きで、コンテンツ管理などで新たな義務を課すことにしている。
※参照:2021年、GAFAは「大きすぎて」目の敵にされる(12/18/2020 新聞紙学的)
国境を越えてグローバルに展開するソーシャルメディア。そのインフラを舞台にした言論と秩序は、誰がどう管理すべきなのか。
トランプ氏のアカウント停止問題は、そんな疑問を改めて突き付ける契機となっていた。
議事堂乱入事件を契機に、トランプ氏は相次ぐアカウント停止でソーシャルメディアへの発信の手立てを失っている。
だが、支援サイトを通じた根拠のない「不正選挙」の主張は、なお続く。
トランプ氏のアカウントを永久停止とし、これまでのすべての投稿も非表示としているツイッターは、アカウントの復活はないと明言している。
一方、無期限停止としているユーチューブは、暴力のリスクが下がったと判断されれば、停止を解除する予定だと述べている。
●政治家の「ニュース価値」基準
乱入事件とアカウント停止は、フェイスブックなどによるトランプ氏への「特別扱い」が招いた問題だったともいえる。そこでカギとなったのが、「ニュース価値」という基準だ。
フェイスブックは2016年米大統領選最終盤の10月、「ニュース価値」と「公共の関心」に該当するコンテンツについては、ポリシーの適用除外とすることを明らかにしている。
同社は同年8月、ノルウェーの作家・ジャーナリスト、トム・エーゲランさんが投稿した、ベトナム戦争で裸で逃げ惑う少女をとらえたピュリッツァー賞受賞の報道写真「ナパーム弾の少女」を、「児童ポルノ」として削除した。
この経緯を問題の写真とともに報じたノルウェー最大の新聞「アフテンポステン」や、同国の首相のエルナ・ソルベルグ氏のフェイスブック投稿まで次々に削除し、国際的な批判の的となった。
※参照:フェイスブックがベトナム戦争の報道写真“ナパーム弾の少女”を次々削除…そして批判受け撤回(09/10/2016 新聞紙学的)
「ニュース価値」「公共の関心」による除外ルールは、この「ナパーム弾の少女」を受けたもの、というのがフェイスブックの説明だった。
だが、政治家による投稿も、この「ニュース価値」「公共の関心」の範疇であるとされ、コンテンツ管理の対象外とされていく。
フェイスブックは、2018年の米中間選挙以来、政治家のスピーチをファクトチェックの対象からも除外している。
元英国副首相でフェイスブックの国際問題・コミュニケーション担当副社長のニック・クレッグ氏が、2019年9月24日に行ったスピーチの中で明言している。「我々は政治家によるスピーチをファクトチェッカーに送ることはない。そして通常なら我々のコンテンツルールに違反する内容であったとしても、フェイスブックへの掲載は容認している」
2019年には、このポリシーをさらに政治広告にも適用した。
※参照:「ザッカーバーグがトランプ大統領再選支持」フェイスブックがフェイク広告を削除しない理由(10/16/2019 新聞紙学的)
「表現の自由を守る」「真実の裁定者にはならない」――ザッカーバーグ氏はそう繰り返した。
だが、この姿勢がヘイトスピーチなどの有害コンテンツ対策に消極的だと批判の的となる。
2020年大統領選の最中、人種差別撤廃の機運が高まった6月末には、スターバックス、ユニリーバ、コカ・コーラなど大手広告主による、フェイスブックへの広告ボイコットの動き拡大していく。
※参照:スターバックス、ユニリーバ、コカ・コーラが相次ぎ広告ボイコット…Facebookに何が起きている?(06/29/2020 新聞紙学的)
有害・不適切コンテンツへの対応を迫られたザッカーバーグ氏は、「ニュース価値のある不適切コンテンツへのラベル表示」など4項目の対策を発表する。
つまり、「ニュース価値」を理由にコンテンツ管理から除外してきたトランプ氏を含む政治家の投稿も、不適切な場合にはラベル表示の対象とする、と方針転換を打ち出したのだ。
そして、ようやく7月に入ってから、トランプ氏の「腐敗した選挙だ」などとする投稿に、選挙用特設ページにリンクする警告ラベルを表示するようになる。
この頃、フェイスブック自身が委託した専門家チームによる人権擁護に関する外部監査報告書が公表されている。
その中で、ザッカーバーグ氏が掲げた「表現の自由」の旗印が、結果的にフェイスブックにおけるヘイトスピーチの氾濫と、人権への脅威につながったと指摘。さらに「トランプ氏の投稿の放置は、虚偽情報の拡散につながった」としていた。
※参照:「ヘイト増幅を許した」Facebookはどこで間違えたのか?(07/12/2020 新聞紙学的)
この間のツイッターの動きは、フェイスブックとは対照的だった。
トランプ氏が最も活用した情報発信ツールであるツイッターも、当初は「公共の関心」を理由として、ポリシー違反の投稿も容認してきた。
だが、米大統領選を翌年に控えた2019年6月、ツイッターは、政治指導者に対して、暴力による脅迫や暴力の扇動など、権力濫用にあたるツイートがあった場合には、「公共の関心」には該当しないと判断し、非表示対応とすることを打ち出している。
さらにツイッターCEOのジャック・ドーシー氏は同年10月30日、「政治広告を世界的に禁止する」と表明している。
ドーシー氏は禁止の理由として、フェイクニュースやディープフェイクスの氾濫、ケンブリッジ・アナリティカ問題で指摘された政治ターゲティング広告などの弊害を挙げた。
※参照:TwitterとFacebook、政治広告への真逆の対応が民主主義に及ぼす悪影響(11/01/2019 新聞紙学的)
そして2020年5月末には、トランプ氏の「郵便投票は実質的な詐欺以外の何物でもない」とするツイートにファクトチェックの警告ラベルを表示。
さらに、ミネソタ州ミネアポリスでの黒人死亡事件を発端に急速に拡大した抗議活動と暴動に対し、「ごろつき」という言葉とともに「略奪が始まれば、銃撃が始まる」とのツイートにも「ポリシー違反」との警告を表示している。
※参照:SNS対権力:プラットフォームの「免責」がなぜ問題となるのか(05/30/2020 新聞紙学的)
※参照:SNS対権力:フェイスブックとツイッターの判断はなぜ分かれるのか?(06/04/2020 新聞紙学的)
ツイッターとフェイスブックの温度差は大統領選の投開票本番前後まで続き、年明けの連邦議会議事堂乱入事件を迎えることになる。
●9,000件超のパブリックコメント
フェイスブックは月間ユーザー数が28.5億人、メッセンジャー、ワッツアップ、インスタグラムを含めるとその数は34.5億人となり、世界規模の社会インフラとなっている。
その中で、コンテンツ削除の判断の妥当性を審議する外部諮問機関として、1億3,000万ドル(約142億円)のトラストによって2019年に設置されたのが監督委員会だ。
委員は、デンマーク元首相のヘレ・トーニング=シュミット氏や、英ガーディアン元編集長、アラン・ラスブリッジャー氏、イエメンのノーベル平和賞受賞者、タワックル・カルマ氏ら、18カ国の外部有識者20人だ。
フェイスブックによるコンテンツ削除の判断に対しては、当事者から監督委員会に異議申し立てを行うことができ、審査対象が選定されると委員の中から5人のパネルを任命。パネルの草案に基づき、委員会の全委員で最終判断を行う。
2020年10月に正式に審議を開始し、2021年1月末に最初の決定を公表。これまでに9件の決定を行っており、6件で削除取り消し、2件で削除支持、1件は審議未了となっている。
審査対象の選定から最終決定までの期間は90日とされている。審査委員会の判断には拘束力があり、フェイスブックは7日以内に対応を行う必要がある。
委員会の提言には拘束力はないが、フェイスブックは最初の決定時に行った17件の提言のうち、11件については対応を行ったことを明らかにしている。
※参照:Facebookの利用規定を書き直せ、と「最高裁」がいう(02/01/2021 新聞紙学的)
通常は、削除を受けた当事者が異議申し立てを行うが、トランプ氏のケースでは、フェイスブック自身がアカウント無期限停止の判断の「重要性を鑑みて」、妥当性の審査を委員会に求めたとしている。
審査の付託は1月21日に行われたが、90日の審査期限を前にした4月16日、監督委員会は判断の延期を発表していた。この件についての9,000件を超すパブリックコメントが寄せられていた、という。
●決定の影響
監督委員会の決定は、これまでフェイスブックが問われてきたことを改めて示したものだ。
“丸投げ”ではなく、それをフェイスブック自身が考えよ、という指摘だ。
グローバルなインフラとしての社会的な責任に、フェイスブックは向き合うつもりがあるのか。それをしっかりと説明することができるのか。
その回答は6カ月後を待つことになる。
(※2021年5月6日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)