日本の「二枚舌」が露呈。G7首脳宣言「LGBT差別から解放される社会の実現」問われるLGBT法案
厳戒警備のなか行われたG7広島サミットが閉幕した。
性的マイノリティをめぐって、20日に発表されたG7首脳宣言では、「性的マイノリティの人権と基本的自由に対するあらゆる暴力と侵害を強く非難する」「性自認、性表現、または性的指向にかかわらず暴力や差別から解放され、生き生きとした生活を享受できる社会を実現する」と明記された。
昨年ドイツで開催されたG7エルマウ・サミットの宣言より踏み込んだ文言となっているだけに、性的マイノリティの人権保障が一向に進まない議長国・日本の「二枚舌」な現状が浮き彫りになっている。
「LGBT理解増進法案」の修正案が国会に提出されたが、内容に大きな懸念もあり、成立の見通しは立っていない。提出だけでは首脳宣言を実行したという「ポーズ」にすらならないことは、すでに諸外国に露呈している。
昨年より踏み込んだ首脳宣言
昨年ドイツで開催されたG7エルマウ・サミットの首脳宣言では、「性的マイノリティが差別や暴力から保護されること」への「完全なコミットメントの再確認」が示されていた。
一方、今年のG7広島サミット首脳宣言では、「差別や暴力から解放される社会の実現」といった内容が記載され、「コミットメント」から「実現」へとさらに踏み込んだものになっている。
ただ、昨年の首脳宣言では「女性と男性、トランスジェンダーおよびノンバイナリーの人々の間の平等を実現」と、トランスジェンダーやノンバイナリーの人々について明確に記載されていたが、今年は削除されていた。
すでに4月に公表されたG7外務大臣による共同宣言では、性的マイノリティの権利保護について「世界的リーダーシップを再確認する」と明記されている。
日本が議長国として取りまとめた宣言だからこそ、G7各国のうち、LGBT差別禁止法も同性間のパートナーシップの保障もなく、法的な性別変更に関する非人道的な要件が残っているのは日本だけ、という"落差"が国際的にも露わになっている。
与党は、「LGBT理解増進法案」という骨抜きの法案をさらに後退させ、サミット直前に提出という「ポーズ」を見せたが、これでは首脳宣言の「差別や暴力から解放される社会の実現」とはかけ離れている状況だ。
すでに海外報道を見ると、ワシントンポストは、日本がG7で唯一同性カップルの法的保障がない国である点について「LGBTQの権利に関する異端として目立つことになる」と報じ、ニューヨークタイムズは、日本で法整備が進まない背景にある神道政治連盟など、宗教右派の影響を報道している。
さらに、シンガポールの記者は「日本はG7の中でもLGBTQの問題をめぐる議論はあまり進んでいない」と指摘。
「国会で動きが少しあったが、当事者にとって理想の法律ではないと感じられる。性的マイノリティだけでなく、ジェンダー平等問題なども含めて、ホスト国でどのような結果を導いていけるか注目しています」と語っている。
「性自認」修正の問題点
「LGBT理解増進法案」をめぐり、自民党と公明党は18日に「修正案」を国会に提出した。一方、修正に反対する立憲民主党と社民党、共産党は、2年前の与野党協議による「合意案」を提出した。
与党の修正案のうち、大きな懸念として挙げられるのが、「性自認」を「性同一性」に修正した点だ。
本来であれば、「性自認」も「性同一性」も、ともにGender Identityという概念の訳語であり、どちらも同じ意味だ。しかし、自民党内の会合では、性自認は"自称"で、性同一性は、性同一性障害という概念があることから、医師による"診断"かのような、概念自体を歪める議論が行われていた。
もし「性同一性障害」を前提とした理解が広げられることになると、トランスジェンダーの当事者について対象範囲を狭めることになりかねず、むしろ不適切な理解が広げられてしまう可能性がある。
与党側は、性同一性でも法的な意味はかわらないと説明しているが、そうであれば、これまで最高裁判決や行政文書、全国各地の自治体条例、さらに企業や学校などでも使われてきた「性自認」という言葉を変える必要はないはずだ。
やはり修正の意図を踏まえると、法律ができることでトランスジェンダーのうち一部の人々を見捨てることになってしまうという重大な懸念があると言える。
一方で、報道によると、自民党関係者は「むしろ野党の反発によって廃案にでもなればと考えている幹部もいる」と語り、「サミット前に提出して意欲はあるという風に見せただけだ。提出できたので修正案の役割は終わった」という声もあり、この動きをポーズだけで終わらせないよう注視する必要もある。
そんな中、国民民主党と日本維新の会が、「シスジェンダーへの配慮規定」などを盛り込む独自案を検討すると報じられた。これは「トランスジェンダーを差別するための条項」を入れるか検討するということであり、与党の修正案より深刻ともいえる動きだろう。
トランスジェンダーを差別する条項を検討か
シスジェンダーとは、生まれた時に割り当てられた性別と性自認が一致し、違和感がない人を指す言葉で、つまり、トランスジェンダーではない「多数派」を指す。
与党の修正案が検討される際、自民党会合で宮澤博行議員は、法案に反対するため「行き過ぎた人権の主張、もしくは性的マジョリティー(多数派)に対する人権侵害、これだけは阻止していかないといけないと思います」と発言している。
国民民主党と日本維新の会による独自案の動きは、この発言と同じレベルのものと言える。
報道によると、国民民主党の榛葉賀津也幹事長は「シスジェンダーの女性がトイレや浴場、更衣室で不快な思いをすると問題だ」と述べている。
しかし、LGBT理解増進法案は、ただ「理解」を促すだけの内容で、個別のケースに対処するものではない。男女別施設の利用基準を変えるものでもなく、当然、性別を"自称"さえすれば利用できることにはならない。
別の問題に例えると、人種や民族に関する多様性について理解を促進しようという法律ができることに対して、「特定の人種を理解すると不安、不快な思いをするから、日本人に配慮すべきだ」と言っているようなものだ。
昨今激化するトランスジェンダーへのバッシング言説に煽られ、ただでさえ当事者の権利は保障されないのに、「多数派を配慮しよう」という動きが野党から起こることに驚きを隠せない。このままでは、与党の修正案をより良い方向へ再修正することも厳しくなってしまう可能性がある。
首脳宣言を「実行」すること
今後、LGBT理解増進法が国会で審議されるかどうか、その際、「性同一性」という言葉を「性自認」に戻せるかどうかが重要なポイントとなる。
本来はG7各国と同じように、差別を禁止する法律が必要不可欠だが、LGBT理解増進法案ですら、今国会で成立するかどうか見通しは立っていない。
ただでさえ「理解増進」では、首脳宣言の「性的指向や性自認にかかわらず、差別や暴力から解放される社会の実現」には到底及ばないのが明らかだ。
骨抜きの法案をさらに後退させ、しかし国会に提出さえすれば、G7広島サミットの首脳宣言の内容を実行したというポーズになるーーもし政権がそう考えているとしたら、それは「誤り」であると、すでに海外メディアの報道を見ても諸外国に露呈している。
日本が議長国として取りまとめた首脳宣言が「二枚舌」や「外面」「見せかけ」といったレベルにとどまらず「嘘」とならないよう、宣言を実行することが国内外から求められている。