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ワクチンでコロナを制し、選挙に勝ったジョンソン英首相 10年政権の可能性

木村正人在英国際ジャーナリスト
統一地方選で躍進し、親指を突き立てるボリス・ジョンソン英首相(写真:ロイター/アフロ)

[ロンドン発]6日に投票が行われたイギリスの統一地方選は開票の結果、ボリス・ジョンソン首相率いる与党・保守党がコロナ危機で15万人超の死者を出し、首相自身の公邸改装献金スキャンダルにもかかわらず躍進し、政権は2029年まで続きそうな勢いです。戦後、保守党政権はサッチャー、メージャー時代に18年続きましたが、それを上回って19年続く可能性が出てきました。

昨年春の統一地方選はコロナ危機で1年延期されました。今回はロンドンなど13の市長選、スコットランド、ウェールズ両議会選、ロンドン市議会選のほかイングランドの145地方議会選(約5千議席)に加え、下院議員の補欠選挙も一緒に行われ、地方選には珍しく「スーパー・サーズデー」と呼ばれる盛り上がりを見せました。有権者数は約4800万人。

“ジョンソン躍進”の象徴だったのはイングランド北東部ハートルプールで行われた下院議員の補欠選挙。最大野党・労働党下院議員がセクハラ疑惑で辞任したことも響き、1974年以来、労働党が支配してきた選挙区で保守党女性候補が労働党候補に圧勝しました。欧州連合(EU)残留を主張し続けたキア・スターマー労働党党首が、EU離脱を支持する古くからの労働党支持者「オールド・レイバー」に見放された格好です。

産業革命期に栄えた港町ハートルプールは第二次大戦後とサッチャー革命を通じて経済的に完全に取り残され、政治的にも社会的にも無視されてきた地域の一つで、2016年のEU国民投票で離脱派が7割を占めました。EU離脱を実行したジョンソン首相に対するオールド・レイバーの支持は揺らいでいないようです。

ジョンソン首相は苦戦が予想されたスコットランド議会選でも議席を維持し、イングランドの地方議会選、ウェールズ議会選で躍進しました。統計サイト「イギリスの地方議員数データ(Open Council Data UK)」に今回の増減を合わせると、地方議員数は保守党7230人、労働党5682人、自由民主党2438人となります。総選挙で政権交代が起きる時は保守党と労働党の地方議員数が逆転していることが多いので、ジョンソン政権が支持基盤を強固にしていることが分かります。

コロナ危機でイギリスは死者15万人超という欧州最大の被害を出しましたが、世界に先駆けてワクチンの集団予防接種を展開。成人の3分の2に当たる3500万人以上が1回目の接種を終え、このうち1670万人以上が2回目の接種を受けました。1回接種するだけで感染は65%減ることが分かっており、ワクチンタスクフォースの元暫定責任者は「8月までにイギリスでコロナウイルスの流行はなくなるだろう」と胸を張っています。

英下院科学・技術特別委員会のグレッグ・クラーク委員長(保守党、元ビジネス・エネルギー・産業戦略相)も筆者にこう語りました。

「EU離脱がわが国のワクチン展開を助けたと思います。EUには27カ国が加盟し、集団的なスキームを担っています。展開が遅く、面倒で、機敏さに欠けています。これに対して英国は一つの政府で、非常に行動的で敏捷でした。英オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカのワクチン開発への投資、そして上手く行かなかった時のことを考えて複数のワクチンを調達して成功したのです」

ジョンソン首相は地方選直前に首相官邸に隣接する公邸の改装費を保守党の大口献金者に負担してもらっていた疑惑が浮上しましたが、EU離脱とワクチン展開の実行力を評価されました。しかし実際はジョンソン首相ら強行離脱派が言い募った「合意なき離脱」に反対するクラーク委員長らが離脱後のイギリスを救うために策定していたライフサイエンス分野など産業戦略の果実をジョンソン首相はちゃっかりいただいたに過ぎません。

昨年、イギリスの国内総生産(GDP)は10%近く落ち込みました。コロナ危機の打撃があまりに大きく、EU離脱による経済的なショックは覆い隠されました。これからコロナ危機が正常化するにつれ、EU離脱の後遺症がじわじわ浮き彫りになってくるはずです。

一方、スコットランド議会選では、スコットランド独立を問う2度目の住民投票をマニフェスト(政権公約)に掲げるスコットランド民族党(SNP)と緑の党が合わせて過半数の議席を獲得しました。SNPの得票数は小選挙区、比例ブロックともに史上最高を記録しましたが、何としてでも独立を阻止したい保守党、労働党、自由民主党のなりふりかまわぬ選挙協力でSNPの単独過半数はあと1議席のところで阻止されました。

独立を巡るスコットランドの世論はいまや50%対50%に二分されていることが鮮明になり、独立派が確実に増えていることが明らかになりました。選挙直前にはジョンソン首相(中央政府)の同意なしに住民投票を行うことを否定していたニコラ・スタージョンSNP党首は4期連続で自治政府を担うことについて「歴史的な偉業だ」と称え、2回目の独立住民投票を実施することこそスコットランドの民意だと改めて力説しました。

ロンドン市長選やマンチェスター市長選は労働党の現職候補が再選を果たしました。

イングランドで支持基盤を固めたジョンソン首相は「イギリスのユニオン(連合)」を保つため、コロナ復興と題して再選されたスコットランドやウェールズの自治政府首相に早速、首脳会談を呼びかけました。しかしスタージョン氏が「2回目の独立住民投票を阻止しようとするのは民主的な正当性を欠いている」と反発するなど、EU離脱によるイギリスの分断は一段と進んでいることを印象付けました。

死者15万人のイギリスと死者1万人の日本を単純に比較することはできません。しかし日本の菅義偉首相は東京五輪・オリンピックを開催し、次の総選挙で勝ちたいのなら、ワクチンの副反応で犠牲がまれに出るのを覚悟の上でイギリスを見習って急ピッチでワクチン展開を進めるしかないようです。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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