イラつく女たちが「女だけの政府」を夢見るとき
「もし私が大統領なら、ここにいる女だけで素晴らしい政府を作るのに」
映画『ガザの美容室』の中で、ある女性がこんな風につぶやく。外では、男たちが争っている。髪を隠さなくていい部屋の内側から、女たちはそれを見つめる。銃声が響く街に比べれば安全だが、美容室の中で女たちは皆、苛立っている。電気は1日に数時間しか使えないし、イスラエルのドローンでテレビの映像が乱れがちだ。閉塞感の中で、鏡の前に立って口紅を塗る。
美容室の中でイラつく女たち
このイラつきポイント、あるあるだなあと何度も思った。
映画の舞台は、パレスチナ自治区ガザ地区。『ガザの美容室』に登場する女性たちはみな眉間にしわをよせ、不機嫌で、イラついている。紛争地帯で暮らす人たちの苦悩に共感できるなどというのはおかしいけれど、それでもやっぱり「わかる」部分がある。
2つある鏡の前に、それぞれ女性が座っている。夫の浮気が原因で離婚調停中の主婦と、今日結婚式を迎える花嫁。後ろのソファには、花嫁の母と義母、義妹。ほかにも、順番を待つ客たちが座っている。
戦争で負傷した夫から処方された薬物を常用する女性、女だけの室内でもヒジャブをかぶったままの敬虔なムスリム、臨月の妊婦と、その妹など。
店主とアシスタントを入れて13人の女が美容室の中にいる。みんなおおよそ笑顔がなく、苛立っている。自分の順番がなかなか来ないことに。娘が携帯電話をいじってばかりいることに。美容室にいることをわかっているのに、食事はまだかと催促する夫の電話に。あるいは、通行許可が出ずエルサレムの病院へ行けないことに。
13人の中で一番年齢が若いのは、店主の娘。10歳ほどに見える彼女もまた、しかめっ面をして外を眺める。外でサッカーボールを蹴る男の子を見て「外に出たい」と何度もせがむが、母親は「ダメ」とにべもない。
占領の中の占領
6月23日に渋谷アップリンクで行われたトークイベントで、宮越里子さんは「女性たちのイライラには原因がある」と言った。
「女性たちをヒステリーと決めつけないでほしい。(彼女たちには)イスラエルからの支配と男性からの支配がある。(美容室の)内側と外側、女性と男性の対比が表れている」
今回のトークイベントのタイトルは、当初「戦争の日常を生きる彼女たちのエンパワメントと、わたしのフェミニズム」だった。しかし途中で、「占領の日常を生きる…」と、「戦争」から「占領」に変更したという。
天井のない監獄と言われるガザ地区。イスラエルによって封鎖され、出入りには厳しい検問がある。その中で女たちは男からも「占領」されていることが、美容室の内と外との対比で表現される。ガザの男たちは抑圧され、危険にさらされている。そして抑圧は、さらに内へ向かう。占領の中の占領。
家父長制に染まる男たち
トークイベントに登壇したのは、宮越さんとsuper-KIKIさん。2人は姉妹で、zineやファッション、デザイン、ワークショップなどを通して、自分たちの考えるフェミニズムを伝えている。
「(映画を観て)エンパワメントされた部分、共感した部分があった。(一方で)共感したからと言って全く同じではすまされないパレスチナの現状がある」(宮越さん)
「おしゃれをすることが彼女たちにとって平常心を保ったり、強くエンパワメントされたりすること。私たちも同じで、それは共感できる」(KIKIさん)
「(監督は)インタビューの中で、『ガザの女性たちはいつも決まって頭からつま先までベールで覆っている姿で、外の世界の価値観を知らないかのように描かれる。でも他の地域の女性たちと同じように幸せを感じたり日々の問題に向き合ったり……。そんな人々の暮らしを映画にしたかった』と。確かに、私たちと似ていると思わせてくれる」(KIKIさん)
2人は登場人物それぞれの描写やシーンを抜き出して分析してみせた。たとえば、恋人に向かって「愛してるんだ、このバカ」と繰り返し怒鳴る男性を「モラハラだめんず」、戦場で受けた傷を妻にぶつける「DV男」、妻がいないと夕飯の準備もできない「指示待ち人間」。映画に出てくる「家父長制に染まる男たち」は、ガザだけではなく、どこにでもいる。
DVを受けた女性が友人から、「なんでやられた?」と聞かれるシーンがある。そこで彼女が答えたセリフについて、KIKIさんは「DVの被害者に、よくある反応だと思う」と言った。DVの被害者は、被害を被害と認識できなかったり、ときには加害者をかばうこともある。
平和を維持するための選択肢
トークイベントの後半では、パレスチナの現状や日本で何ができるかについても語られた。
「今年5月にも、ガザ地区でイスラエル軍が発砲して、米大使館移転に抗議する集会を行っていたパレスチナ人60人以上が死亡する事件があった。カンヌ映画祭では、レバノン出身の女優マナル・イッサがレッドカーペッドの上でガザへの攻撃に抗議するプラカードを掲げました」(宮越さん)
「映画の中では、恐らく活動家なのではないかと思われる女性が1人だけ出てくる。この人はたぶん男性のために美容室に来ているわけじゃない。劇中、政治参加をしている唯一の女性かも。この人も抗議集会に参加してるんじゃないかと想像できる」(宮越さん)
「(劇中では)政治はうんざりって言っている女性もいて、冷笑主義っぽく見えてイラッとするけれど、彼女のセリフはどうにもならないパレスチナの現状を表しているとも思う。日本は選挙に行かないという人もいるけれど、私たちはまだそれでも、平和を維持するための選択肢を持っている」(KIKIさん)
「パレスチナのためにできることのひとつとして、消費行動がある。『HYPEPEACE』は、コレクションの売上は全て、パレスチナ難民の子どもたちを支援する Sharek Youth Forumに寄付する。『ADISH』はパレスチナの女性による手作業の刺繍、職人技術を世界に伝えようとするブランド。それから映画を観て感想を伝えることも、できることのひとつだと思う」(宮越さん)
※HYPEPEACEはロンドン発のストリートウエアブランド
「日本の難民認定は国際基準からかけ離れていて、国連から勧告を受けている。入国管理局のひどい対応がある。難民問題に目を向けることも重要なので、#FREEUSHIKU で検索してみてほしい」(宮越さん)
女の意見ではなく、個人の意見がある
映画の中で、なぜ女性のひとりが、「女だけの政府」を口にするのか。KIKIさんは言う。
「政治や社会をまわしているのは男中心だっていう描写が続く。女性はそれぞれの意見を持っているにもかかわらず」
自分たちの意見が反映されない政府。ないことにされる自分たちの声。たとえ男社会に入っていっても、それは個の意見ではなく、「女」の意見ということにされがちだ。だからこそ、彼女たちは「女だけの政府」を夢見るのではないか。
映画の終盤で、誰かが叫ぶ。
「女たちを中に入れろ!」
個ではなく「女」と呼ばれ、女だから中に入っていなければいけない。それは保護なのか、抑圧なのか。
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パレスチナ自治区ガザの美容室で、戦闘に巻き込まれた女性たちの恐怖と抵抗(大場正明/Newsweek)
※トークイベントとzineの画像は筆者撮影、その他は配給会社の提供による。