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世界一を目指す松山英樹の胸の中に残る、ある出来事

舩越園子ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授
ジェネシスオープン会見に臨んだ松山英樹。笑顔も交え、和やか(写真/舩越園子)

今週の米ツアーはロサンゼルス近郊にある名門リビエラCCで開催されるジェネシスオープン。開幕に先駆け、松山英樹が公式会見に臨み、米メディアからのさまざまな質問に笑顔を交えながら答えた。

かつては「試合では緊張しないけど会見は緊張する」と言っていた松山だが、2週前のフェニックスオープンで2連覇を果たし、すでに米ツアー4勝、フェデックスカップランキング1位、そして世界ランキング5位に輝くトッププレーヤーとなった今は、会見に臨む姿からも余裕が感じられる。

その松山の胸の中に、ある出来事が想像以上に強く残っていることを知って、少々驚かされた。

【自信は今でもあんまりないけど】

今週、松山に大きな注目が集まっている最大の理由は、「優勝すれば世界一」に躍り出る可能性があるからだ。

現在、松山は世界ランキング5位。松山より上位で今大会に出場するのは世界1位のジェイソン・デイと世界3位のダスティン・ジョンソンで、もちろん彼らの成績次第ではあるが、仮に松山が優勝して彼ら2人が下位に留まれば、松山が1位になるチャンスがある。

「それを知っているか?」と問われた松山の返答はきわめて控えめだった。

「知ってるけど、ジェイソンのことは左右できないので、僕自身がしっかりといいプレーをした結果、そうなればうれしい。目標の1つをクリアできるかなと思うし、今週じゃなくても、いつかそうなってくれればうれしい」

技術や自身の鍛錬にはどこまでも熱心で積極的だが、数字や結果そのものにはガツガツしない松山の姿勢は、昔も今も変わってはいない。

「自分は世界のエリートの一人として、やれるんだと自覚したのはいつか?」と問われたときも、松山はやっぱり謙虚だった。

「やれるって自信は今でもあんまりないけど、しっかりと自分のベストを出し続けることが大事だと思っている」

この日、やはり会見に臨んだ世界1位のデイは「ここ(米ツアー)でヒデキのことを強く意識する人はほとんどいないけど、実は彼はいつもそこにいるんだ」と言っていた。

デイの言葉は、松山が米ゴルフ界ではまだまだ過小評価されているという意味。もっと高く評価されて然るべき選手。もっと誰もが意識すべき選手。デイは松山にそんな賛辞を送っていた。それに対して松山は「そう言ってもらえるのはうれしいし、どこを見てそう評価してくれているのかわからないけど、それに準ずる成績を出していきたい」と、静かに頷いていた。

【人に嫌な思いをさせたので】

松山の活躍が増え、優勝争いや優勝が増えれば増えるほど、米メディアたちが松山と接する機会も増える。最近、ようやく松山の特徴や面白みを見い出し始めた米メディアたちは、米国人選手とは少し異なる松山のユニークな特徴について質問を重ねていった。

「フィニッシュで手を離して、いかにもミスショットみたいな仕草をするが、結果はいい。あれは意図的にやっている?」なんて質問も飛び出した。

「本当にミスショットしたと思って手を離しているけど、たまたま結果はいいので、、、、なぜなのか僕自身、わからないです」

米メディアたちから、少しずつ笑いが漏れ、和やかなムードが広がった。

「フェニックスオープンのとき、バックスイングの途中で叫び声を上げられても平然としていたけど、小さいころからそうだったのですか?」という質問は、タイガー・ウッズが幼少時代に父アールから受けた訓練との対比をしようとしていたのだろう。

だが、ウッズとは無関係に、私はこの質問に対して答えた松山の言葉に、少々驚かされた。

「内心はむちゃくちゃ怒ってますし、気にはしているけど、それが見えないように頑張ってます。やっぱりドラールのときに、自分の行ないによって人に嫌な思いをさせているので、そういうのがないように」

あのときの出来事が、現在も松山の胸の中に残り、同じ失敗、同じ過ちを繰り返さないようにしようと心に決めていることを、あれ以来、初めて知らされた。

【頑張ってます】

「ドラールのとき」とは、松山が米ツアーに挑み始めたばかりの2014年3月のキャデラック選手権の2日目のこと。自分のパットに苛立った松山は、思わずパターを振り下ろし、グリーン面にディボットを作ってしまった。それを直さずして次ホールへ進んだため、後続組のイアン・ポールターがその夜、ツイッターで激しく松山を批判。

翌朝には大騒動に発展してしまったのだが、松山はすぐさまパットのラインを阻害する形になってしまった後続組の選手やポールターに謝罪。それでこの出来事は終わったはずだったのだが、松山の胸の中では、それが今でも「自戒」となっていることを初めて知った。

確かに、あれ以来、松山はクラブを頭上に振りかざすことはあっても、それを実際に振り下ろすことはほとんどなくなった。「よく我慢しているよね?」と声をかけたときも、「頑張ってます」と答えていた。

ゴルフそのものの話になると「あんなミスしてるようじゃ話にならない」などと、しばしば自嘲気味に言い放つ松山だが、「我慢」や「マナー」に関しては「頑張ってます」。

それは、きっと松山が一生懸命に意識して、米ツアー選手らしく、世界のトッププレーヤーらしく、「そうなろう」「そうあろう」と努力をしている証なのだろう。

そういう姿勢が伴った上で、今週、優勝して世界ナンバー1になってくれたら、それは日本のゴルフ、いや日本の誇りになる。

ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学・客員教授

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。百貨店、広告代理店勤務を経て1989年に独立。1993年渡米後、25年間、在米ゴルフジャーナリストとして米ツアー選手と直に接しながら米国ゴルフの魅力を発信。選手のヒューマンな一面を独特の表現で綴る“舩越節”には根強いファンが多い。2019年からは日本が拠点。ゴルフジャーナリストとして多数の連載を持ち、執筆を続ける一方で、テレビ、ラジオ、講演、武蔵丘短期大学客員教授など活動範囲を広げている。ラジオ番組「舩越園子のゴルフコラム」四国放送、栃木放送、新潟放送、長崎放送などでネット中。GTPA(日本ゴルフトーナメント振興協会)理事。著書訳書多数。

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