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「女性器を切らないで」自分が苦しんだ伝統から娘を守る母の戦い変わりゆく儀式へ初の潜入取材#性のギモン

伊藤詩織ドキュメンタリー映像作家・ジャーナリスト

 女性器切除――アフリカや中東の国々を中心に、女性器を切除する古くからの慣習がある。FGMと呼ばれ、世界で2億人の女性が経験しているといわれる一種の通過儀礼だ。命の危険も伴う人権侵害としてユニセフ(国連児童基金)が根絶をめざし、英国では法整備を進め、近年、娘に受けさせた母親が有罪判決を受けた。こうした国際社会からの批判を受け、女性の90パーセントがFGMを経験するとされる西アフリカのシエラレオネでは、「イエローボンド」と呼ばれる「切らないFGM儀式」が広がりつつある。これまで撮影は許されてこなかったが、私自身がその儀式を受けることを条件に、FGMに反対する母娘への同行取材が認められた。新たな動きは、深く根付いた伝統にどのような変革を起こせるのか。国際女性デーの3月8日に合わせ、変化の兆しが見えるシエラレオネでの取り組みを伝える。(Yahoo!ニュース ドキュメンタリー)

女性器を切らない選択 血の流れないFGM

18年前のことだ。5歳だったファタマタは、ソウェイ(村の年長の女性)たちが家に自分を迎えにきた時、ベッドの下に隠れた。なぜ自分が逃げ回ったのかは、わからない。FGMとは何かをまだ知らなかったはずなのに、ソウェイたちの異様な雰囲気をどこか感じて抵抗した。それでも彼女は儀式に連れていかれた。

その夜の光景を、今でも夢に見る。火を囲み、太鼓を叩きながら歌うソウェイたち。カミソリを持った手が自分に近づいてくる。他の手が伸びてきて押さえつけられる。女児たちの泣き叫ぶ声と太鼓の音が、一晩中続いた。そしてファタマタは、女性器の外部を失った。

儀式はファタマタを「一人前の完全な女性」にさせ、彼女は社会に受け入れられた。出産を経験し、娘のカディジャは9歳になった。周りから何度か娘をFGMの儀式へ送るように言われたが、避けてきた。自分自身があの夜の悪夢にいまだにうなされるのに、どうして娘を同じ目に遭わせることができるだろうか。

ファタマタの親友アジャイは、反FGMの活動をしている母親の意向もあり、FGMは受けていない。シエラレオネの女性の中では、わずか10%の少数派だ。そのためにアジャイは「不完全な女」とののしられ、コミュニティーで疎外されている。首都フリータウンではそうした迫害は少なくなってきたものの、農村部などでは村八分に会う恐れがいまだにある。

世界中で2億人が経験するFGMとは

ユニセフによれば、世界では2億人の女性がFGMを経験している。アフリカや中東だけでなく、アジアでもインドネシアやマレーシアで同様の慣習が残っている。FGMには、クリトリスなどを含む女性器外部を切り取るもの、切り取った後に女性器を縫い合わせ、尿と月経時の出血が通るだけの小さな穴を残すものなど、大きく分けて4通りある。多くの場合は貞操を守るため、性的快楽が得られないようにするのが目的だ。

FGMを受けたことのないものの侵入を禁止された聖なる森ボンドブッシュの中へ

ファタマタの娘、カディジャは9歳になるまで自宅のあるフリータウンから出たことがなかった。私たちが参加するイエローボンドは、首都から車で5時間離れたマサンガ村で行われる。初めての旅行にはしゃぐカディジャは、何も見逃すまいとするように窓の外の景色をずっと眺めていた。やがて、村に到着。これから1週間、私とカディジャは「聖なる森」と呼ばれるボンドブッシュの中で、6歳から19歳ぐらいまでの女の子たち60人と生活を共にする。

燃え上がる炎の周りで、村の年長女性たちが太鼓を叩きながら同じリズムの歌を口ずさむ。カディジャは、この日のために用意した白地に赤い花がプリントされた布に身を包んでいた。知らない言葉を話す村に突然来たことに少し緊張しながら、周囲を見回している。儀式で何が行われるのかを知っているのかどうか。家族に見送られた女の子たちは、村の年長者たちに従い、照れくさそうに聖なる森へと進んでいく。外界と遮断された森での共同生活の始まりだ。

これから寝泊まりする森の中の小屋に着く。土の上にそのまま建てられた簡素なつくりだの空間に、持参した毛布を敷く。小屋に入れば正式に儀式が正式に始まるという。敷居をまたぐ前に、私たちは儀式で使われる新たな名前をソウェイから与えられ、白くべったりとした泥を顔に塗られた。そして言い渡されたのが、儀式が終わるまでの次のような決まりだ。

外部との接触、携帯電話の持ち込みは禁止

ソウェイの指示には絶対に従う

洗髪、体を洗うことは禁止

聖なる森から絶対に出てはいけない

儀式に参加している自分の姿を絶対に外部の人間に見られてはいけない

顔に塗られた白いものが固まった心地悪さと土のにおい。年長の女性たちからは、大きな声でいつも何かを指示される。そんな環境の中で、女の子たちは時に怒られて泣くことはあっても、歌ったり、踊ったり、スカートを編んだりと、集団生活を楽しそうに過ごす。だが、もともとここは、カミソリ一本で女性器を切除し、良妻賢母になるため数週間もの集団生活をする伝統があった場所なのだ。

赤い血は流れない、イエローボンド

シエラレオネには、FGMを受けた女性だけが入会できる「ボンドソサエティー」という秘密結社がある。秘密とはいっても、全女性の9割が参加している社会的な組織だ。ここに入れば一人前の女性として認められ、結婚だけではなく政府関係の重い役職に就くチャンスも増える。そんな社会への入口となるFGMの儀式は、コミュニティーごとにあるボンドブッシュで、外からの目が届かないように行われる。儀式の最中は、血を思い起させる赤い旗を森の入り口に掲げるのが習慣だ。

医療従事者ではない女性が使い古されたカミソリで女性器を切除するFGMでは、出血多量や感染症で命を落とすケースが後を絶たない。外傷だけでなく、心の傷も伴って女性を長年苦しめることから、やめさせるべきだという声が世界的に高まってきた。それを受け2010年代から少しずつ始まったのが、伝統を重んじた儀式から女性器切除だけを取りやめる「イエローボンド」だ。黄色は国際女性デーのシンボルカラー、シンボルフラワーのミモザの色でもある。そこには、悪しき伝統に終わりを告げたいというシエラレオネの女性の願いや、海外のNGOなどからのさまざまな後押しがあった。

ファタマタからの娘への思い

​​伝統的な儀式はそれまでと同じと聞かされたが、私が経験したイエローボンドでは、良妻賢母になるための教育的な要素はあまりなかった。料理などの家事を学ぶことはなく、強いていえばスカートを葉っぱで編んだだけだった。

この1週間の一番の目的は、コミュニティーの中でいかに年長者の命令に従い、秩序を乱さず行動するかを徹底的に叩き込まれることにあった。踊れと言われたら、すぐ立ち上がり踊る。歌えと言われたら歌い、食べろと言われたら食べる。子どもたちの行動は全て監視され、外の世界に出ることも、連絡することも許されない。トウガラシを目に入れるなど、根性試しのような儀式も。要は、地域の女性コミュニティーの中で仲間としてどうやって生きていくかを教え込まれるのだ。

それを証明するようなことが起きた。私にマラリアのような症状が出て、高熱と寒気で動けなくなってしまったのだ(後に腸チフスにもかかっていたことがわかった)。病院に連れて行ってくれるよう頼んだが、儀式の途中で聖なる森から出ると「ボンド悪魔に殺される」ので、病院には行かせられないという。「ルールを破る者は許されない」と鍵のかかる小屋に入れられた。伝統は、彼女たちの手で守られること自体が何よりも大切なのだと身をもって感じさせられた。

一人前にならなくてはいけないのか

一方でファタマタは、痛みに泣き叫ぶ子がいないこの儀式を見て、心から安心したようだった。「私の時代にもイエローボンドがあったら、私は世界一幸せな女性だったと思う」。そう語りながら、新しい友達を作り始めた娘カディジャの楽しそうな姿を見て微笑む。しかし、全てのコミュニティーがイエローボンドを正統な儀式と見なし、彼女たちを一人前の女性として迎え入れるかどうかはまだわからない。実際、表向きには切除を伴わないイエローボンドをしても、その後ひそかにFGMをするケースもあるようだ。シエラレオネでは、2024年に入ってからも3人の女子たちがFGMの後に命を落としているのだ。

ボンドソサイエティーに入らなければ女性として一人前と見なされず、職や結婚の選択にも影響する。そんな現状は、まだ変わっていない。ファタマタはカディジャにFGMで苦しんでほしくないと願いながらも、「カディジャが18歳になって自分でなんでも決められるようになってから、どうしてもFGMを受けたいという決断をするなら、私は止めない」と言う。

周囲がみんな受けていて、「〜でなければならない」という同調圧力が残ったままのシエラレオネしかし、これ以上FGMによって女性の命が奪われないよう、心や体が傷つけられないよう、私たちはこの「伝統」に守られた問題から目を背けるわけにはいかない。「〜でなければならない」という呪縛は、日本にも、どの地域にも存在するのだから。

体調悪化後の顛末

後日談だが、鍵のかかった小屋に閉じ込められた私を救ってくれたのは、ファタマタとサリアンだった。「詩織が回復したようなので小屋から出してくれ」とソウェイに訴え、私をおんぶしたサリアンがソウェイを振り切って森を抜け出し、病院に運んでくれた。

儀式を終了することができなかった私は、シエラレオネでは「完全な女性」ではない。それまで私は、FGMが伝統という名のもとでなぜ終わらないのか理解に苦しんでいた。だが、儀式を経験し、年長の女性に従わなくては食事も与えらず、生きていけない環境に置かれて、コミュニティーで生活していくためには儀式をへることが必須なのだと初めて実感した。私自身、体調が悪くなってすぐに森を抜け出さず、閉じ込められる時に抵抗もできなかった。年長者やコミュニティーのルール従うことが、生きていく術なのだと叩き込まれてしまった女の子たちに「逃げろ」と伝えるのは難しい。法による救済が必要だと感じた。

【この動画・記事は、Yahoo!ニュース エキスパート ドキュメンタリーの企画支援記事です。クリエイターが発案した企画について、編集チームが一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動はドキュメンタリー制作者をサポート・応援する目的で行っています。】

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Directed and Filmed by SHIORI ITO

Edited by KEKE SHIRATAMA TAKAHIRO KAWANA

Executive produced by YUSAKU KANAGAWA

Produced by AKARI YAMAMOTO HANNA AQVILIN MABEL EVANS

Local Produced by SAIDU BAH

Line Produced by KANAE MORI

Special Thanks

KADIJA BANGURA FATAMATA BANGURA AJAE MAKOLI SALIAN

ドキュメンタリー映像作家・ジャーナリスト

イギリスを拠点にBBC、アルジャジーラなど主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。2018年にHanashi Filmsを共同設立。初監督したドキュメンタリー『Lonely Death』(CNA)がNew York Festivals で銀賞を受賞。著書の『Black Box』(文藝春秋社)は第7回自由報道協会賞で大賞を受賞し、6ヶ国語で翻訳される。2020年 「TIMEの世界で最も影響力のある100人」に選ばれる。

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