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「娘の顔が見えない」突然視力を失った父が気づいた手の届く範囲の笑顔を守るという世界平和 音声ガイド付

伊藤詩織ドキュメンタリー映像作家・ジャーナリスト

4年前、石井健介さんは突然視力を失い、光のない世界での新しい生活を余儀なくされた。幼い我が子の顔が見えなくなる、家の中でも自由に動けないなど、いくつもの混乱を乗り越えながらふと思い出したのは過去に体験した暗闇の中で視覚障がい者と出会い、体験する施設「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」だった。顔が見えないからこそ気づくことができた深いコミュニケーションの方法があったという。混乱の日々を越えて石井さん見つけた「新たな世界」とはどんなものだったのか。

2016年4月、熊本地震が発生した翌日の朝だった。目を覚ますとそれまで当たり前のように見えていた景色がぼやけていた。

「とにかくパニックだったけど、車で病院に向かっている時は外がぼんやりしていて幻想的で綺麗だな、なんて考えていた」

突然起きた非日常的な体験に動揺しつつも、病院に行けば治るだろうと石井さんは信じていた。しかし、期待とは裏腹に病院に駆け込んだその夜には光を感じることも困難になった。

「入院中のベッドでも夢をたくさん見たんだけど、夢の中で見えてるし、カラーだし。なんだ、見えるようになったじゃんって夢の中で思うんだけど。 朝、目を開けた瞬間に絶望がやってくる。目を開けたのに真っ暗だ、みたいな。それが一番最初怖かったかな。眠るのが怖かった。起きるのも怖かった」

退院しても石井さんの視界は戻ってこなかった。可愛い娘の姿も、愛する妻の目もみることができない、家の中でも迷子になる。そんな状況に当時は混乱した。娘のおもちゃを踏んで壊してしまったり、大好きだった絵本の読み聞かせもできなくなってしまったりした。眉間にシワを寄せることが多くなった石井さんに「笑顔だった時のパパがいい」と昔の似顔絵を指差す娘の言葉にハッとしたという。そして思い出したのが、目が見えなくなる前に体験した「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」だった。

ダイアログ・イン・ザ・ダークは1988年にドイツの哲学博士アンドレアス・ハイネッケの発案によって生まれた。暗闇での体験を通して、人と人とのかかわりや対話の大切さ、五感の豊かさを感じる「ソーシャルエンターテイメント」だ。これまで世界41カ国以上で開催され、日本に上陸して今年、21年になる。

目が見える人は、情報の9割を視覚から得ると言われるが、ダイアログ・イン・ザ・ダークでは視覚を使わずに、音、感触、空気の流れなどの情報をフル活用する。グループで暗闇の世界に入るこのソーシャルエンターテイメントでは、書道やダンスなどさまざまなアクティビティーが行われてきた。近くにいる人に当然のように「頼る」ということは、現代社会で生きる大人が自然と抑圧していたことかもしれない。暗闇に身を置くことで、抑圧を解き放つことができる。視覚障がいを持つアテンダントが暗闇の世界を優しく導いてくれる。彼らにとって暗闇の世界は日常なのだ。

石井さんは、かつて施設を体験した時に、暗闇でハーブを植えるという体験をしたことを思い出した。「できることからやってみたら」という妻の言葉に背中を押され、植物を植えた。元々アパレルで働いていた石井さんは手元を見なくても、洗濯物が畳めた。少しずつ、そして確実に見えない世界での新しい生活様式を獲得していった。

愛する家族も、新しい生活様式を自然と身につけた。「一緒に歩こう」としっかり石井さんの手を引く娘レイちゃん8歳。姉の姿を見て育った、4歳の弟ウイくんも「僕が手を繋いであげる」と父親の手をとる。見えている美しい景色を言葉で説明し、それに耳を済ませる夫婦のコミュニケーションは豊かだった。

■心のバリアフリーをどう実現するか
心のバリアフリーという言葉を聞いたことがあるだろうか?様々な心身の特性や考え方を持つすべての人々が、相互に理解を深めようとコミュニケーションをとり、支え合うことを指す。

心のバリアフリーは健常者から障がい者へ対する文脈で語られることが多い。しかし実は、障がい者から健常者や社会に対して、バリアを感じてしまうことがあると石井さんは語る。
心を解放し、障がい者から「手を差し伸べて欲しい」と伝えることで、躊躇していたかもしれない健常者も快く手を差し伸べることができ、そこで新たなコミュニケーションが生まれる。そしてお互いにハッピーになる、と石井さんは言う。自身の体験から、友人や家族にしっかりとコミュニケーションをとることを欠かさなくなった。子供の顔が見えなくなって抱えた石井さんの最初の悲しみは、自らしっかりとコミュニケーションをとるようになったことで次第に消えていった。「今では目が見えなくても満たされている」

「世界平和とかさ、地球の環境問題、SDGsと大きく考えてしまうと何から始めていいか分かんなくなっちゃうかもしれないけど、(目が)見えなくなってから、世界って何だろうって考えたときに、今の自分の世界って手の届く範囲だったんだよね」。今は自分の手の届く範囲の笑顔や幸せを守りたい。それを皆でつなげていけば、地球全体をカバーできるはず。

サンキャッチャーのように光を集めて周囲に虹色の光を反射させる、そんな石井さんファミリーの輝きが心地よかった。

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本作品は【DOCS for SDGs】で制作された作品です。
【DOCS for SDGs】下記URLより、伊藤詩織監督が吹き込んだ音声ガイドとバリアフリー日本語字幕がついた当作品のバリアフリー版をご覧いただけます。
https://documentary.yahoo.co.jp/sdgs/
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クレジット

Directed and Filmed by SHIORI ITO
Audio Guide Narration SHIORI ITO
Producer MARIKO IDE
Editor YUTA OKAMURA
Light Effect Artist HITOMI OHTAKARA
Sound Mixer SHINICHIROU URA
Japanese SDH YUKIKO HOSOYA and NAGARU MIYAKE
Audio Guide TAKAKO MATSUDA
Narration Recording SEIJI NAGAHAMA

Special Thanks
KENSUKE ISHI and ISHI FAMILY
DIALOGUE JAPAN SOCIETY
Tokyo College of Welfare

ドキュメンタリー映像作家・ジャーナリスト

イギリスを拠点にBBC、アルジャジーラなど主に海外メディアで映像ニュースやドキュメンタリーを発信している。2018年にHanashi Filmsを共同設立。初監督したドキュメンタリー『Lonely Death』(CNA)がNew York Festivals で銀賞を受賞。著書の『Black Box』(文藝春秋社)は第7回自由報道協会賞で大賞を受賞し、6ヶ国語で翻訳される。2020年 「TIMEの世界で最も影響力のある100人」に選ばれる。

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