編集長たちは次々と去り、残ったメディアは合併する
編集長たちは次々と去り、残ったメディアは合併する。ネットメディアで、そんな動きが続いている。
11月20日には、ニュースメディア「ヴォックス」の共同創設者で編集主幹のエズラ・クライン氏が、ニューヨーク・タイムズのコラムニストに就任するとの発表があった。
その前日には、バズフィードによるハフポストの買収が報じられた。
ネットメディアを取り巻く環境の激変は、新型コロナによって加速度を増す。
その中で、名だたるネットメディアの編集長・幹部たちがこの数年、次々とそのポジションから新天地に向かっている。その一つが新聞の老舗、ニューヨーク・タイムズだ。
ヴォックスのクライン氏に加えて、バズフィード、さらに「クォーツ」「リコード」。
いずれもソーシャルメディア時代の新たなメディアのあり方を掲げ、存在感を示してきたブランドだ。
だが、地盤沈下と規模縮小の流れは数年前から覆いようもなく、ついにその先頭ランナーだった二つの“老舗”メディアの買収劇に至った。
●ヴォックス編集主幹の移籍
今は移行の時です――トランプ時代から、新型コロナ不況から、そしてヴォックスの次の時代への。
ヴォックスの共同創設者であり、編集主幹(エディター・アット・ラージ)のエズラ・クライン氏は11月20日、辞任にあたって、そんな声明を公開している。
あわせて、ヴォックスの上級副社長兼編集長、ローレン・ウィリアムズ氏が、アフリカ系に特化したニュースメディア立ち上げのために辞任することも、発表された。
ニューヨーク・タイムズも同日、クライン氏がオピニオンのコラムニスト兼ポッドキャストのホストとして就任することを発表した。
ワシントン・ポストにいたクライン氏らが2014年1月、デジタルメディア企業、ヴォックス・メディア傘下で立ち上げた解説ニュースメディア、ヴォックスは、折からのソーシャルメディアの台頭、ネットメディアの勃興を代表するブランドの一つだった。
この年の3月、ヴォックスなどの動きに危機感を持ったニューヨーク・タイムズのA.G.サルツバーガー氏(現発行人)を中心とした編集局イノベーションチームは、その後の同社のデジタルトランスフォーメーションを決定づけた報告書「イノベーション・レポート」をまとめた。
サルツバーガー氏らは、その報告書の概要メモの中でこう指摘している。
ヴォックスやファースト・ルック・メディアのような、ベンチャーキャピタルや個人投資家によって支えられているスタートアップは、デジタル界に適した編集部をつくりあげている。バズフィードや、フェイスブック、リンクトインは編集者を採用してジャーナリズムへの関与を深め、ニュース読者を狙った新サービスを公開している。ウォールストリート・ジャーナル、ワシントン・ポスト、フィナンシャル・タイムズ、ガーディアンといった伝統的な競合社は、“デジタルファースト”に向けた組織改革に積極的に動き出している――つまり、デジタル報道の結果として紙の新聞をつくるのであって、その逆ではない。
※参照:「読者を開発せよ」とNYタイムズのサラブレッドが言う(05/12/2014 新聞紙学的)
その6年後。ニューヨーク・タイムズは2020年8月に発表した第2四半期の決算で、初めてデジタル収入が紙の収入を上回ることになった。
2025年までに1,000万人のデジタル課金読者の獲得を掲げる同社は、2020年第3四半期には、その数が600万人を超えたことを明らかにしている。
新型コロナ禍と米大統領選、トランプ政権報道を通じて、新規のデジタル課金読者は急増を続けており、第2・第3四半期だけで100万人を獲得した。
ただ、コロナは広告収入を直撃しており、6月には広告部門を中心に68人のリストラが明らかになっている。
一方のヴォックスやテックメディア、リコードなどを擁する親会社、ヴォックス・メディアは4月、約1,200人のスタッフのうち100人に対して3カ月間の一時帰休を実施。一時帰休明けの7月には、それが72人のリストラへとつながっている。
そんな状況の中での、クライン氏の移籍となった。
●編集長たちの行先
この数年、ネットメディアの編集長や幹部が次々と辞任。その行先として注目を集めているのがニューヨーク・タイムズだ。
ネットメディアは、ほとんどが広告やアフィリエイトによる収入のモデルを採用し、ユーザーの閲覧は無料。これに対して、ニューヨーク・タイムズは、課金モデルの成功例に挙げられる老舗メディア。
このネットから既存メディアへの動きとして目を引いたのは、やはり「イノベーション・レポート」の中で言及されていたバズフィードのニュース編集長だったベンス・スミス氏が、1月にニューヨーク・タイムズのメディア担当コラムニストに就任したことだ。
スミス氏は政治ニュースメディア「ポリティコ」から2011年にバズフィードに移籍。調査報道などのニュースへの注力を主導した。
2012年設立のビジネスメディア、クォーツの共同創設者で編集長だったケヴィン・デラニー氏は、ユーザベースが7,500万ドルで買収(2020年11月に撤退)し、広告モデルから課金モデルへと転換した後の2019年10月に辞任。
その後、2020年9月まで、ニューヨーク・タイムズのオピニオン担当シニアエディターに就任していた。
2014年設立で、2015年にヴォックス・メディアが買収したテックメディア、リコードの編集局長(マネージング・エディター)だったエドモンド・リー氏も2018年6月、ニューヨーク・タイムズのメディアライターに移籍している。
上述した同紙の第3四半期決算を報じる記事の筆者は、このリー氏だ。
さらにリコードの共同創設者で編集主幹のカーラ・スウィッシャー氏は、辞任はしていないものの編集現場からは離れ、2018年からニューヨーク・タイムズのオピニオン担当客員ライターを務めている。
●バズフィードとハフポスト
ヴォックスのクライン氏の移籍の前日、11月19日にメディア界の話題を集めたのが、バズフィードによるハフポストの買収を報じた、ウォールストリート・ジャーナルのスクープだった。
通信大手ベライゾン・コミュニケーションズ傘下で、ハフポストを擁するベライゾン・メディアとバズフィードの株式交換による買収。さらにベライゾン・メディアはバズフィードに現金も投じるという(金額は非公開)。
2006年設立のバズフィード共同創業者・CEOのジョナ・ペレッティ氏は、前年の2005年設立のハフィントン・ポスト(現ハフポスト)の共同創業者の1人。そのペレッティ氏によるハフポスト買収は、メディア界が注目するに十分な話題だった。
この買収で強調されるのは「規模」だ。ユーザーは競合せず、コンテンツ、広告で相互協力ができる、としている。
ハフポストでは、編集長のリディア・ポルグリーン氏が2020年3月に辞任を表明。編集長は空席の状態だ。
ポルグリーン氏は、ハフポストの創刊以来、編集長を務めてきた共同創設者、アリアナ・ハフィントン氏の後任の、2代目編集長だった。
ポルグリーン氏はニューヨーク・タイムズ出身で、辞任後は音楽ストリーミング大手、スポティファイ傘下のポッドキャストサービス「ギムレット・メディア」のコンテンツ統括に就任した。
2005年前後の第1次ソーシャルメディアブームの中で、ブログメディアの旗手として急成長したハフポストと、バイラルメディアのバズフィードという、いわば“老舗”同士の合流には、シニカルな見立ても目に付く。
ハフィントン・ポストは2011年、AOLが3億1,500万ドルで買収。さらに2015年には通信大手のベライゾンが、AOLを44億ドルで買収。この中に、ハフィントン・ポスト、テッククランチ、エンガジェットなどの傘下メディアも含まれていた。
この間の2012年、ハフィントン・ポストはネットメディアとして初めて、調査報道によるピュリッツァー賞も受賞している。
CATV大手、コムキャスト傘下のNBCユニバーサルもバズフィードに対し、2015年に2億ドル、2016年にもさらに2億ドルで計4億ドルの出資をしている。この時点でのバズフィードに対する評価額は17億ドルだった。
この時、NBCユニバーサルはヴォックス・メディアにも2億ドルの出資をしている。
2015年は、4Gの普及に伴い、モバイルと動画のコンテンツへの対応が競争上の課題とされた。このため、通信、CATVなどによるメディアの大型買収が相次いだ。
メディアアナリストのケン・ドクター氏は、すでにこの動きを「コンテンツバブル」の終わりの始まり、と見切っていた。広告収入が見込めないことがわかれば、「コンテンツバブル」はしぼみ、デジタルメディアの投げ売りが始まる、と。
※参照:米メディアの相次ぐ買収劇は「コンテンツバブル」終焉の始まりか(05/30/2015 新聞紙学的)
●「コンテンツバブル」の崩壊
その見通しは現実のものとなる。
デジタルメディアへの投資で期待されたのは、ユーザーがもたらすデジタル広告収入だ。
だがデジタル広告市場は、シェアの大半をグーグルとフェイスブックが手にする複占状態が何年も続いている。その残りを、他のプレイヤーで分け合う構図だ。
※参照:「スケールか死か」米メディアで起こる地殻変動(11/18/2017 新聞紙学的)
さらに、フェイスブックのアルゴリズム変更がメディアを直撃する、という事態も起きた。
フェイクニュース対策の中で、フェイスブックは2018年1月、家族や友人とのエンゲージメントの高いコンテンツを優先表示し、メディアが配信するニュースコンテンツなどの優先度を下げる。
※参照:フェイスブックがニュースを排除する:2018年、メディアのサバイバルプラン(その3)(01/13/2018 新聞紙学的)
集客と広告収入における壁が、広告モデルに依存するネットメディアを立往生させる。
フィナンシャル・タイムズは2019年10月、ベライゾンがハフポストの売却先を探している、と報じた。
ベライゾンは、5Gなどへの注力で、デジタルメディア部門からの撤退へ舵を切っていた。
ベライゾンは同年1月、デジタルメディア部門で800人のリストラを発表。さらにドイツのフーベルト・ブルダ・メディアがライセンスによって運営していたハフポスト・ドイツは3月いっぱいで閉鎖となった。
バズフィードも、逆風の中にあるという点では同じだ。
2017年11月には100人規模、2019年には220人を超すリストラを実施。
コロナ禍への対応では、20%の時短と給与カットも行っている。
また2018年にフランス版、2019年にスペイン版、そして新型コロナ禍の中で2020年5月、英国版、オーストラリア版の閉鎖を明らかにした。
ニューヨーク・タイムズは関係者の話として、今回、ベライゾンがバズフィードに投じる現金は、ハフポスト買収後のリストラに伴うコストへの手当の意味合いがある、と報じている。
リストラ経費を“持参金”として付けた、という見立てだ。
●「規模」による生き残り策
「コンテンツバブル」の崩壊とメディアへの逆風は、2019年に入って目に見えて激しくなった。
年初には、わずか2週間で1,700人規模のリストラの嵐が吹き荒れた。
※参照:2週間で1,700人規模のリストラ、米メディアで何が起きているのか(02/02/2019 新聞紙学的)
※参照:米メディア、1日で1,000人のリストラ明らかに(01/25/2019 新聞紙学的)
※参照:2019年、メディアを誰も助けには来ない(01/12/2019 新聞紙学的)
そして、2020年に入ると、今度は新型コロナ禍が、さらに深刻なダメージを与える。
そんな中で、「規模」による生き残りを模索する動きも相次いだ。
ヴォックス・メディアは2019年9月にニューヨーク・マガジンを発行するニューヨーク・メディアを買収。ヴァイス・メディアは同年10月に女性向けメディア「リファイナリー29」を4億ドルで買収。同月、バイラル動画の「ナウディス」などを擁するグループ・ナインが、ミレニアル世代の女性向けサイト「ポップシュガー」を買収している。
バズフィードによるハフポスト買収も、そんな「規模」による生き残り策に位置づけられている。
●メディア縮小の影響
「規模」を目指すとはいえ、買収後にはリストラが待っている。
新型コロナは新聞を含めたメディア界全体を直撃。地域ニュースを報じるメディアが消えていく「ニュースの砂漠」はさらに拡大を続ける。
※参照:フェイスブックが「ニュースの砂漠」を嘆くパラドックス(03/22/2019 新聞紙学的)
調査報道などのハードニュースを担うメディアが縮小していくと何が起きるのか。
一つは、AIなどによる記事の自動生成でその空白を埋める偽の“ローカルメディア”の台頭だ。
※参照:「ニュースのディープフェイクス」AIで量産、200の偽“地元メディア”が増殖(12/20/2019 新聞紙学的)
ニューヨーク・タイムズによれば、その数は全米で1,300にも上るという(2020年10月現在)。
そして、陰謀論やデマの氾濫と社会の分断。
※参照:「社会の分断」を増幅するのはSNSかテレビか?(11/15/2020 新聞紙学的)
バズフィードのペレッティ氏は、ハフポスト買収をめぐるリコードのインタビューに対し、「(ニューヨーク・タイムズの)デジタル課金ビジネス(サブスクリプション)モデルは、特定のグループ、特定の読者に限定された新聞にしてしまい、幅広い大衆のための新聞であることを妨げている」と指摘する。
課金の壁が、情報と社会を分断してしまう、との見立てだ。そして、その橋渡しをするのが無料のウェブメディアの立ち位置だとする。
社会の一部の人々にしか読まれない課金ビジネスの新聞が、有権者、幅広い大衆、若者、ミレニアル世代やZ世代といった多彩な新世代に対して、大きなインパクトを持つことができるか。それらの読者へのサービスに、大きなチャンスがあると思う。
ニュースへのアクセスとハードル。その視点は、社会の分断の修復をめぐる重要なポイントになる。
(※2020年11月22日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)