1人当たりGDP世界3位の英領ジブラルタルにEU離脱後の英国の未来を見た
国民投票では96%が残留
[英領ジブラルタル発]2016年の国民投票で住民の96%が欧州連合(EU)への残留に投票したイベリア半島の南端ジブラルタルはスペイン継承戦争以降、300年以上も英国の統治が続く海外領土です。大西洋から地中海の入り口に位置し、歴史上、海上交通、貿易、軍事の要衝になってきました。
スペイン総選挙の取材で極右政党が支持を広げる南部アンダルシア州を訪れたのに合わせ、地続きの英領ジブラルタルにも足を運びました。島国の英国がEUと陸続きの国境を有するのは北アイルランドとアイルランドだけと思い込んでいましたが、英国から直行便で約3時間のジブラルタルのことをすっかり失念していました。
北アイルランドとアイルランドの間には道路標識のマイルかメートル表示の違いがあるだけで「目に見える国境」はありません。しかし、アンダルシア州ラ・リネア・デ・ラ・コンセプションとジブラルタルの間には検問所があり、出入国管理手続きが行われていました。パスポート(旅券)を見せ、1~2分で入国手続きを済ませることができます。
有名な「ザ・ロック(岩山、高さ426メートル)」が近くにあることから「世界で最も危険な空港」に数えられるジブラルタル国際空港の滑走路を横断して観光名所になっている岩山を目指しました。急峻な岩山の上にサルがたくさんいたのでビックリしました。欧州で野生のサルがいるのはジブラルタルだけだそうです。
寝た子を起した英・EU離脱
ジブラルタルからは、かつて7つの海を支配した英国の植民地だったシンガポールや香港によく似た印象を受けました。国連の「非自治地域リスト」に含まれるものの、ジブラルタルには自治政府があります。第二次大戦では連合国軍の重要な拠点になりましたが、冷戦の終結で駐屯する英軍もごくわずかになりました。
30数年前までジブラルタル経済は6割を駐屯英軍に依存していました。しかし今は6%に過ぎません。
観光と金融、中継貿易、オンライン賭博が主な収入源。観光客は年1000万人にのぼり、毎日1万人のスペイン人が「越境通勤」してきます。ジブラルタルは隣接するスペイン・アンダルシア州にとって2番目に大きな雇用主だそうです。
ジブラルタル自治政府のファビアン・ピカード首席閣僚は25日、アンダルシア州でのイベントに参加し、「英・EU離脱の期限が10月末まで延長されたことは離脱撤回につながるかもしれない。『合意なき離脱』を含め強硬離脱は最悪だ」との見方を改めて示しました。
英国系、スペイン系、イタリア系、ポルトガル系が混在するジブラルタルにとって最高の選択肢はEU残留です。ピカード首席閣僚も、EUとの離脱合意が英下院で承認されたあと、国民投票にかけることを主張しています。
イングランド・ウェールズのナショナリズムに端を発するブレグジットはスペインのナショナリズムにも火をつけてしまいました。
ジブラルタルの領有権を主張するスペインは共同統治をちらつかせるようになりました。スペインと英国の共同統治案については2002年に住民投票が行われ、99%近い圧倒的な大差で否決されています。スペインは英・EU離脱交渉でもこの問題を持ち出し、EUがジブラルタルを「英直轄植民地」と表現したことに英国側が猛反発する事態が起きました。
内向きのナショナリズムは国境を復活させ、経済に大きなダメージを与えてしまいます。
国民1人当たりGDPは1239万円
ジブラルタルの面積は6.8平方キロメートルで東京23区の約100分の1の広さ。人口は3万3000人です。
昨年のピカード首席閣僚による予算演説では国民1人当たり国内総生産(GDP)の成長率は8.6%。1人当たりGDPと世界ランキングは以下の通りです。
ジブラルタル 11万1051ドル(約1239万円)世界3位
英国 4万5566ドル(約508万円)34位
スペイン 4万290ドル(約450万円)40位
この数字を見るだけで、新興の極右政党VOX(ボックス)への支持が広がるアンダルシア州の労働者がジブラルタルに吸い寄せられる理由が分かります。
ジブラルタル観光ツアーのガイド兼運転手のモハメッドさんはモロッコ系、「ジブラルタルは住みやすいところだよ。でも住宅費がどんどん高くなり、海が埋め立てられてマンションの開発が進んでいる」と説明してくれました。
「合意なき離脱」を避けて穏便にEUを離脱できた暁には、英国はジブラルタルを目指すしかないなと思いました。規制緩和によって生み出される格差を徹底的に利用した金儲けです。強硬離脱派の主張と違って、現実にはEUに残留した方がボロ儲けできるのです。
ジブラルタルの賭博税率は利益の10万ポンドまで0.15%。このため世界中の有力オンライン賭博業者が集まってきました。国際コンサルティング会社pwcによると、ジブラルタルでは個人所得税は年間所得が1万1200ポンド(約161万円)までなら無税。付加価値税(VAT)はなく、法人税は基本的に10%です。
ジブラルタルはEUの関税同盟には入っていませんが、検問所の税関はかたちだけのものに見えました。
一方、スペインの個人所得税の税率は年間1万2450ユーロ以下(約155万円)でも19%。VATは最大21%。法人税は25%。スペイン政府は「ジブラルタルはタックスヘイブン(租税回避地)だ」と非難しており、英国のEU離脱がハードになればなるほどジブラルタルを取り巻く状況は、ピカード首席閣僚の懸念通り厳しくなるのは必至です。
検問所で隔てられたジブラルタルを訪れて、EU離脱後の英国の未来を見たような気がしてなりませんでした。「栄光ある孤立」とは寂しいものです。ジブラルタルのような生き方が英国人気質に合っていたとしても、国連安全保障理事会の常任理事国や核保有国としてそれが相応しいのかどうか大いに疑問を感じました。
(おわり)