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誰も金払ってまで育てへんーー平均年齢70歳超えの漁師を説得し、県外からの若手漁師を育てる挑戦

小野さやかドキュメンタリー作家

三重県内でナンバー1の水揚げ量を誇る南伊勢町では、漁師の高齢化に直面する全国の港町の中でもその平均年齢がとりわけ高い。現役漁師たちが引退した後は漁業者の数がぐっと減ることが予想され、そのための対策が待ったなしだ。その現状を打破するため、町は東北で担い手育成事業の成功実績を持つ一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンから漁業コーディネーターを委嘱し、漁業者育成の新たな事業に乗り出した。県外から漁師になりたい若者たちを呼び込み、高齢の漁師とマッチングさせる。こんな野心的な試みが始まった。

●南伊勢町の発展を支えてきた高齢漁師たち
南伊勢町には、五ヶ所湾と贄(にえ)湾、神前湾、古和浦湾が横に連なる豊かな漁場を背景に、17の漁村地域がある。

2022年4月1日、漁業・漁村活性化コーディネーターとして町にやってきた島本幸奈さん(31)は、各地の漁業協同組合を訪ね歩き、漁師の長たちに後継者育成についての意見を聞いている。そこでは、漁師たちの思わぬ本音が聞こえてくる。

例えば、6月の古和浦湾の漁師たちとの話し合いでは、こんなやりとりが交わされた。

県外から漁業の新たな担い手をつれてくることをどう思うか。「新しい人は日当を払わないなら教えることはできるが、誰も金払ってまで雇わへん」「はじめ来た時はよくても、そのうち変なやつも来るぞ」。漁師たちは一様に否定的だ。

後継者については「安定した給料のない漁師の仕事を子どもには継がせたくない」といい、「高齢漁師たちの引き継ぎ先のない船の廃棄費用の負担がかかっている。町は人を雇うお金よりも、そちらの助成を考えてくれないか?」などと、前向きな話は出てこない。

島本さんは「そんなこと言わないでください」と、これまでの経験から得られた事例を紹介していく。「1日2日体験で船に乗ってもらって、そこで人間性を見極めてほしい」「漁場が余ってるなら、使わないのはもったいないです」

●「息子と仕事ができればいいが……」
南伊勢町と三重外湾漁業協同組合によると、町内の漁協組合員の平均年齢は70.8歳と、全国平均の56.7歳よりも14歳も高い。もともと交通の便の悪さなどから若者の流出が加速し、住民の高齢化が県内で最も進んでいる町だ。新たに漁師になるといっても、ハードルはたくさんある。

真鯛養殖を営む西脇智成さん(52)によると、漁業は祖父から父へ、父から子へと受け継がれてきた職業だった。近年は獲る漁業より育てる漁業が主流になりつつあるが、「魚の値段、餌の値段、全て自分で決められる価格がない。病気がはやると、育ててきた魚が全滅して借金だけが残る。漁師はサラリーマンと違って、最低限の給料は保証されていない」と話す。

西脇さんの息子は同じ南伊勢町で、大中型まき網漁業をしている。舟着き場から5分で養殖の漁業場にたどり着く沿岸漁業の父とは違い、国内を自由に船で行き来する遠洋漁業では、毎月給料が安定していて、獲れ高により歩合制の手当が出る。「自分が父親と働いてきたように、息子と仕事ができたらいいなと思うこともある。だが、雇うことができないというのが本音だ」

●漁業を「新3K産業」に
島本さんが所属するフィッシャーマン・ジャパンは、2011年の東日本大震災後、宮城県石巻市の若い漁師たちが、漁業のイメージを「カッコよくて、稼げて、革新的」な新3K産業に変えることを目標に立ち上げた。これからの水産業を持続可能にし、未来の担い手を育て、水産業の仕組みを変えて、漁業の魅力を伝えることを目指して活動している。

島本さんは千葉県の出身だ。ウエディング業界で働いていたが、東日本大震災でのボランティア活動を通じて石巻へ移住した。ガレキの片付けや炊き出しの後、特産物を売り出すインターネットショップ「石巻元気商店」の店長を務める中で、漁師たちに出会う。海とともに生きる漁師たちの思いに共感し、フィッシャーマン・ジャパンの立ち上げに携わった。主に担い手育成事業を担当し、親方漁師と担い手のマッチング、漁業専門求人サイトの運営、漁師学校の開催、シェアハウスの運営などを行っている。これまで漁師になりたい若者60人以上の受け入れに関わってきた。

島本さんはいま、月の半分を南伊勢町で過ごしている。毎日数人の漁師に聞き込みをし、漁船に乗り、漁師たちが家族で新しく始めた水産物加工の生産ラインまでチェックして、商品を購入していく。町外の人間として、南伊勢町に埋もれている魅力を全国へと伝え、新しい出会いの可能性を呼び込んでいく。

「漁師さんから聞き込みをすることで、この町の漁業の未来をどうしていくのがよいのかを考えていきたい。私にとっては、オセロをひっくり返していくイメージ。漁師さんと会って、一緒にやろうという人たちが増えていくと、挟まれていた人たちも色が変わっていく。いま残っている漁師さんたちは生まれ育った町が好きか、漁業が好きか、なんらかの思い入れがあるから続けていると思うから」

町外への情報発信も、島本さんの大切な仕事だ。

7月18日、東京で全国漁業就業者確保育成センター主催の「漁業就業支援フェア2022」が2年ぶりに対面で開催された。海が好き、知り合いの漁師に憧れて、奨学金の返還のため、YouTubeで漁師の映像を見て……。さまざまな動機で漁師になりたいという高校生や大学生が集まり、南伊勢町のブースに話を聞きにきた。

島本さんは真剣に話を聞く一方、「なぜ漁師になりたいの?」「獲るのと育てるのとどちらに興味がある?」「思っている以上に田舎だけど大丈夫ですか?」と問いかける。まずは漁業の体験をしてもらい、就職先の候補のひとつとしてもうらよう働きかけていた。

こうした島本さんの活動を、南伊勢町役場で事業を担当する羽根俊介さんは、「中に入り込まないとわからない事情がある。私たちが言っても、前向きに受け取ることが難しい状況も、成功例のある島本さんが語ることで進んでいくことがある」と評価する。

●3つの課題克服し、まずはひとりの新人漁師を
島本さんは、この町で若い人たちが漁師になるための3つの課題を挙げる。

「1つ目は、漁師になろうと思っても、入り口がどこにあるのかわからない。どこへ行けば雇ってもらえるのか、漁師の中でもどういう職種があるのか、どのくらいの給料がもらえるのかという基本的な情報を教えてくれる窓口が見つからない。2つ目は、組合員資格取得のハードルの高さ。雇用という形で地域に参入できたとしても、自分で漁業をするには地域漁協(漁連)の組合員資格が必要となる。地域内で先祖代々受け継がれてきた生業(なりわい)を守るため、組合員資格の取得には一定の条件が設けられており、外部から来た人にはハードルが高い場合もある。3つ目は、漁業利用の問題。漁業の伝承はこれまで、実質血筋もしくは地縁によって受け継がれてきた。新規参入者にはいちから地域内でのつながりを作っていく必要がある」

島本さんが聞いたところでは、南伊勢町のある集落では新規参入の漁師が問題を起こし、それ以来、その地域では組合員資格の取得に関する新ルールができたという。その土地に3年住み漁業に従事するという内容で、土地の人たちの漁業権(※)についての保守的な考え方がうかがえる。

(※ 一定の海面を独占的に利用することを行政庁が許可する免許のこと。交付にあたっては、地域社会などに配慮した優先順位が設定されていたが、2018年の漁業法改正により、優先順位は廃止された)

南伊勢町は島本さんの協力のもと、新たに設けた長期研修制度を利用して、まずは3人の新規漁業者を町に呼び込もうとしている。島本さんは、「大勢でなくていい。まずはたった1人の成功事例をつくりたい。そのひとりが町に定着すれば、『あんな子であれば、自分たちの集落でひとり新しく雇ってもいいかもしれない』という機運が町全体で高まってくるから」と目標を語る。

島本さんは、自らの仕事と漁師の未来についてこう話す。

「もしかしたら、日本では人口も労働人口も減っている中で、『漁師を増やす』ということは自然の摂理と反していることをしているかも、と考える時がある。このまま淘汰されていくのを黙って見ていた方が良いのでは、と思うことも。だけど、何十年何百年もかけて技が受け継がれてきた。お魚を食べるのは大好きだし、海が大好きだから、自然と向き合って働く漁師たちのかっこよさを知ってしまったから、ひとりでも多くの人にそのかっこよさを伝えたい」

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本作品は【DOCS for SDGs】にも掲載されております。
【DOCS for SDGs】他作品は下記URLより、ご覧いただけます。
https://documentary.yahoo.co.jp/sdgs/
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クレジット

『海と未来と若者たち』

演出・編集・ MA      小野 さやか

撮影・ドローン・カラリスト  小寺 安貴

テロップデザイン      松村 有希子

プロデューサー       河本 志穂
              井手 麻里子 金川 雄策

ドキュメンタリー作家

1984年 愛媛県生まれ。日本映画学校の卒業製作作品として自身と家族を被写体にその関係を鮮烈に描いた長編ドキュメンタリー映画『アヒルの子』監督。HOTDOCS国際ドキュメンタリー映画祭(カナダ)、シャドードキュメンタリー映画祭(オランダ)、ニッポン・コネクション(ドイツ)など国内外の映画祭に招待される。フジテレビNONFIXにて原発反対を歌うアイドルたちの心の揺れを描いた『原発アイドル』 (2012)、セクシャリティを超えた恋愛映画『恋とボルバキア』(2017)、 東日本大震災後に訪れた四国遍路の記録『短編集さりゆくもの 』の一篇として「八十八ヶ所巡礼」(2021) など。

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