英高級紙が廃刊し完全デジタル化 21世紀のジャーナリズムを切り拓くのは不屈の記者魂だ
激減する英紙の販売部数
英国の高級紙インディペンデントが廃刊されることになりました。と言っても紙の新聞だけの話で、電子版は読者が記者の書いた記事を順位づける新しいニュースサイト「i100」にリニューアルして継続されます。紙の新聞の最終発行は3月26日だそうです。
英国より米国の方が新聞業界の変化は激しいので、このニュースにはあまり驚きませんでした。英国では公共放送のBBCがデジタル化の先頭に立って充実したニュースサイトをつくり、英紙ガーディアンもこれに追従、英国の新聞は紙と電子版の両面作戦を展開してきました。
少し古いデータになりますが、経済協力開発機構(OECD)が新聞社の販売収入と広告収入の割合を国際比較するため、2008年か入手可能なそれに近い年のデータをまとめたものです。販売収入が少なく広告依存度が87%と高い米国では新聞の廃刊が相次ぎ、急激なデジタル化が進みました。
広告依存度が50%の英国にもようやくその波がやってきたようです。英国の新聞も宅配してくれますが、大半は「ニュースエージェント」と呼ばれる小売店やスーパーで販売されています。英国のABC新聞販売部数を見ると減少率は一段と加速しています。最も販売部数の少ないインディペンデント紙から沈んだかたちです。
日本の新聞もデジタル化の波は避けられない
この波は間違いなく日本にもやってきます。消費税率10%への引き上げに伴う「軽減税率」が食品以外では宅配の新聞にも適用されることになり、新聞経営への打撃は少しは和らぐのかもしれません。がしかし、紙の新聞離れにはストップがかけられないでしょう。
紙の新聞では伝達スピード、拡散力、表現方法の多様性、分析の深さでデジタルには太刀打ちできなくなっています。不動産収入など他事業の利益を食いつぶし、優良資産を売却し、人件費を削減してしばらく対応できたとしても、いずれ限界がきます。
旧態依然とした日本の新聞社が遅ればせながらデジタルに舵を切ったとしても、グーグル、フェイスブック、ツイッター、そして日本ではYahoo! JAPANに「拡散力」「収益力」で太刀打ちできるとは想像できません。オカネのないところに才能は集まらない、それが資本主義の現実です。優秀な人材を採用するのも難しくなってくるでしょう。
インディペンデント紙は1986年に創刊されました。二大政党の保守党、労働党という政党色に染まらないリベラルな新聞として人気を集め、88年には部数を一気に40万に伸ばします。経費削減のため2004年には英国の高級紙としては初めてタブロイド判に移行しましたが、部数減は止められませんでした。
元KGBスパイに買収されたインディペンデント紙
10年3月には、ソ連国家保安委員会(KGB)スパイだったロシア人富豪アレクサンドル・レベジェフ氏にたった1ポンド(約164円)で買収されます。レベジェフ氏は09年1月にも、経営が悪化していた英夕刊紙イブニング・スタンダードを1ポンドで買収し、無料紙化しました。
インディペンデント紙の部数は4万部まで落ち込み、年間の損失は460万ポンド(約7億5550万円)に達していたそうです。同紙のダイジェスト版である「i」は英国のジョンストン・プレス社に2400万ポンド(約40億円)で売却され、スタッフ50人が移籍。新しく生まれ変わるニュースサイト「i100」にも25人が移るそうです。
ジャーナリストは70人も解雇されます。
デジタル化の先頭に立つガーディアン紙も損失164億円
世界の先頭に立って新聞のデジタル化を進めてきたガーディアン紙(日曜紙はオブザーバー)も今後3年間で予算を20%に当たる5400万ポンド(約88億7千万円)を削減して、黒字化を目指す方針を発表したばかりです。
ガーディアン紙の運営はトラスト(財団)に支えられているので、経営を立て直す時間の余裕はありますが、年間損失は1億ポンド(約164億円)を超えたそうです。
同紙はいち早く「ガーディアン・アンリミテッド」と銘打ち、無料ですべての記事や写真、映像のコンテンツを閲覧できるオープン・ポリシーを掲げてきました。そのガーディアン紙が月5~60ポンド(820~約1万円)のメンバーシップ制を導入するというのだから、これにはかなり大きな衝撃を受けました。
インターネット時代の情報発信には「拡散力」「収益力」「コンテンツ力」を考える必要があります。新聞社だけでこうした問題をすべて解決できなかったことをガーディアン・モデルの敗北は物語っています。英国では新聞社の紙面の広告収入は昨年25%も落ち込み、デジタルの広告収入でその穴埋めをできなくなっています。
ガーディアン紙はラスブリッジャー前編集長時代にメディアの帝王ルパート・マードック氏の日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(廃刊)の組織的盗聴事件、告発サイト「ウィキリークス」が入手したアフガニスタン・イラク駐留米軍文書と米外交公電、米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)の市民監視プログラムを暴露したスノーデン・ファイルを連続スクープし、黄金期を築きました。
他の追従を許さない「コンテンツ」は作ることができても、「拡散力」「収益力」という面で新聞社が、世界中の才能を集めるネット企業に勝つのは難しくなっています。ジャーナリストに良い記事は書けてもアプリのプログラムは書けないし、オカネの勘定となると稼ぐことより使うことしか能がない連中ばかりだからです。
「収益力」の低下とともに取材に人・金・時間を昔ほどかけられなくなっているのがニュースルームの現実です。
それでもコンテンツが王様だ
アマゾンのジェフ・ベゾス最高経営責任者(CEO)は伝統ある米紙ワシントン・ポストを買収しました。「拡散力」と「収益力」はネット企業が引き受け、コンテンツは新聞の編集局がデジタル・スタッフと一緒になって展開する新境地を切り拓いています。ワシントン・ポスト紙はアマゾンの悪い話は書けないという欠点があるものの、大きな可能性を示しています。
英国ではすでに公開されている米映画『スポットライト』を観て非常に感動しました。調査報道に人生をかける米紙ボストン・グローブの記者や編集長に強い愛着とノスタルジーを感じました。丹念なインタビューと資料発掘で、90人近い神父の性的児童虐待をカトリック教会が組織的に隠蔽してきた実態を取材班はスクープし、ピュリツァー賞に輝きます。『スポットライト』は取材班の名前です。
取材を指示したマーティン・バロン編集長は13年1月からワシントン・ポスト紙の編集主幹を務め、アマゾンのベゾス氏とともに21世紀のジャーナリズムにチャレンジしています。「コンテンツは王様」という大原則は時代が変わっても不変です。それを生み出すのはジャーナリストの不屈の魂だと信じています。
(おわり)