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「断末魔」メイ英首相、4度目での可決を目指し2度目の国民投票を提案 与党・保守党内から即刻辞任の声

木村正人在英国際ジャーナリスト
「断末魔」の様相を呈するメイ英首相(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

強硬離脱派は即時辞任を求める

[ロンドン発]来月3日に始まる週に英下院で欧州連合(EU)との離脱合意を4度目の採決にかけた後、辞任する考えを表明しているテリーザ・メイ首相が5月21日、下院で過半数を得るための10ポイントプランをロンドン市内で発表しました。

メイ首相が辞任する考えを示したことで与野党協議を打ち切った最大野党・労働党のジェレミー・コービン党首は「これまで議論してきたことの蒸し返し」と4度目の下院採決でも反対する方針を表明しました。

メイ首相が10ポイントプランで下院での可決と引き換えに2度目の国民投票を提案したことに対し、与党・保守党内の強硬離脱派は「ブレグジットに対する裏切り」と激怒しており、即刻辞任を求めています。10ポイントプランを4度目の採決にかけても否決は必至の情勢です。

これが何を意味するかと言えば、強硬離脱派も穏健離脱派も最終的に乗って来られるような妥協案で下院の過半数を目指す戦略は完全に破綻したということです。英国に残された道は市民活動と企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」か「EU残留」かの二択しかなくなりました。

メイ首相が明らかにした10ポイントプランは次の通りです。

【10ポイントプラン】

(1)英・北アイルランドとアイルランドの間に「目に見える国境」が復活するのを防ぐバックストップ(英国全体がEUの関税同盟に残留、北アイルランドは必要な単一市場のルールに従う)が発動しないよう、英政府は2020年12月までに代替策(最先端のテクノロジーによる解決策)を見つける

(2)バックストップが発動しても、英政府はアイリッシュ海に「目に見えない国境」が出来ないよう英国全体が規制や通関で北アイルランドとの食い違いが生じないことを保証する

(3)EUとの未来の関係を構築するための交渉の目的と最終的な条約は下院にかける

(4)労働者の権利を定める新しい法案はEUの基準を下回らない

(5)EUを離脱しても環境保護のレベルは変更しない

(6)EUの単一市場から離脱し、人の自由移動を停止した後も英国はできる限りEUとの障壁のないモノの貿易を目指す

(7)ジャストインタイムのサプライチェーンに依存する数千人の仕事を守るため、モノや農産品のEUルールに合わせて英国内法も更新する

(8)行き詰まりを解消するため政府は税関手続きの調整を下院に委ねる

(9)下院で合意が可決された場合、国民投票で承認するかどうかについて下院議員の投票を実施する

(10)この新しい内容を反映して政治宣言を変更する法的な義務を負う

「合意なき離脱もやむなし」という強硬離脱派のボリス・ジョンソン前外相は保守党党首選に立候補する方針を明らかにしています。4度目の採決も否決され、ジョンソン政権が誕生したら、保守党はますます「合意なき離脱」路線に舵を切るのは確実です。

ジョンソン政権はデッドロックを解消するため、まだ地方議員の数があるうちに解散総選挙に打って出るシナリオは十分に想定されます。その場合は地方支部から突き上げを食っている残留派議員を切って強硬離脱派に差し替える可能性があります。

欧州議会選で協力できない残留派

21日、ロンドンにあるシンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)で欧州議会選に出る残留派の労働党、自由民主党、新党「チェンジUK」、緑の党の4候補の討論会が行われました。ECFRの調査では強硬離脱派が36%、残留派が36%で拮抗しています。

しかし総選挙(単純小選挙区)になる可能性があるため残留派の各党は欧州議会選でバラバラに選挙運動を展開しています。

筆者の耳には、EU残留を一貫して唱えてきた自由民主党の女性候補が一番しっかりしているように聞こえました。労働党は「隠れ離脱派」のコービン党首の歯切れが悪く、一候補者が何を言っても本当にそうなるのかな、と疑ってしまいました。

日系企業にとって最悪シナリオはマルクス主義者であるコービン党首が首相になることです。ワースト2のシナリオは「合意なき離脱」です。両方を避けるためには中道の自由民主党に勝ってもらうしかありません。投票権のない筆者にはもう祈ることしかできません。

「英国は単純小選挙区を廃止して比例代表制に」

EUの閣僚理事会対外関係総局長を務めた経験がある英国の元外交官ロバート・クーパー氏は筆者の取材にこう答えました。

「英国はEUに残るべきです。英国は不文憲法を改正して選挙制度を改正しなければなりません。下院の単純小選挙区制を破壊してアイルランドやオーストラリアのような単記移譲式投票(比例代表)に移行する。公選制ではない上院も改革する必要があります」

「EUは真剣に非民主的な国家の問題に対処しなければなりません。EUは領域をウクライナにまで広げるべきです」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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