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作家3団体による読書バリアフリーに関する共同声明はとても意義のある歴史的出来事だ

篠田博之月刊『創』編集長
ペンクラブの桐野夏生さん(左)と林真理子さんら(筆者撮影)

 2024年4月9日、日本文藝家協会、日本推理作家協会、日本ペンクラブの作家3団体による読書バリアフリーに関する共同声明が発せられた。「すべての人に表現を届けるために、そして誰もが自由に表現できるように」というタイトルで、3団体の代表が揃って会見を行った。

全国紙やテレビ局がwebなどで報道はしたものの、例えば紙の新聞の場合、ほとんどが小さな記事なので、この声明が持つ歴史的意義が伝わっていないのではないかと思い、ここに記事を書くことにした。10日付朝刊では、読売新聞がペンクラブの桐野夏生会長の写真入りで大きく報じている。これはすごい、と読売を見直した。東京新聞などがまだ報じていないが、今後、他紙も含め、解説記事で大きく扱ってくれることを期待したい。

昨年11月の市川沙央さんと桐野夏生会長の対論

 日本ペンクラブの言論表現委員会でこの問題を議論し始めたのは2023年7月、市川沙央さんが『ハンチバック』で芥川賞を受賞した後だったから、もう半年も前だ。市川さんは受賞後の会見などでも読書バリアフリーについて強く訴えた。読書という営みから障害者を排除していることに無自覚な多くの健常者に対する強烈な告発で、これは多くの人に衝撃を与えた。よく引用されたのは『ハンチバック』の次の一節だ。

《私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、――5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた。》

2023年11月20日の市川沙央さんとの対論(筆者撮影)
2023年11月20日の市川沙央さんとの対論(筆者撮影)

 日本ペンクラブ言論表現委員会ではその後、勉強会などを開いて議論を重ね、ペンクラブ全体で取り組もうということになった。この時点で、日本文藝家協会でこの問題に関わってきた作家の三田誠広さんにも議論に加わってもらい、作家3団体で共同声明など出せればいいねという話をしていた。

 実現へ向けてのワンステップとなったのが2023年11月20日の日本ペンクラブ会長・桐野さんらと市川沙央さんのオンライン対論だった。これについては当時、ヤフーニュースに下記の記事を書いた。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/1be2c0d0188e28e95f45cbc0be7bb601783db58c

芥川賞・市川沙央さんの衝撃の告発にペンクラブなどが取り組み!11月20日に桐野夏生会長と公開トーク

 またこの対論の動画が日本ペンクラブのユーチューブチャンネルで公開されている。下記だ。

https://www.youtube.com/watch?v=bQq1FQ9ynAY&t=427s

読書バリアフリーとは何か――読書を取り巻く「壁」を壊すために【字幕有】

作家3団体がバリアフリーへの取り組みを表明

 それを機に、日本ペンクラブでは他の2団体に共同声明を呼びかけ、ようやく実現したのがこの4月9日の発表会見だった。3代表ともとても忙しく、日程を合わせるのが大変だったが、ピンポイントでその日の15時半からなら顔を合わせられるということになった。ただし今回はオンラインという方法をとらざるをえなかった。日本ペンクラブの会議室に桐野会長と、言論表現委員会の金平茂紀委員長らが顔を揃え、そこで他の2団体代表とオンラインで結んでという方法だった。日本文藝家協会の三田誠広副理事長はペンクラブの会議室につめており、最後に発言も行った。本当なら2022年3月のウクライナ戦争に対する声明の時のように3会長がリアルで顔を合わせてというのが取材・報道にあたっては良かったのだろうが、今回はやむをえなかった。

 作家3団体がこんなふうに読書バリアフリーへの取り組みを意思表示したことの意味はとても大きい。以前からこの問題は指摘されてはきたのだが、読書バリアフリー法などもほとんど知られておらず、具体的な取り組みは遅れていたのが実情だった。少なくとも今回のアピールを機に多くの人たち、特に作家やジャーナリストがこの問題を我がこととして受け止めるようになる、そのきっかけになればと思う。

さて、冒頭で桐野会長によって読み上げられた共同声明全文は下記だ。

《読書バリアフリーに関する三団体共同声明

 読みたい本を読めない人たちがいます。

 日本ではじめて日本語の点字が正式に採用されたのは1890年。録音図書の製作と貸し出しがはじまったのは1958年。電子書籍が本格的に普及しはじめたのは2010年代。障害者にとって「読書」をする手段は100年以上も前からあったにもかかわらず、未だに読みたい本を読むために長く待つことを強要されたり、読む手段を奪われたりすることさえあります。

 私たちは表現にたずさわる者として、「読書バリアフリー法」(視覚障害者等の読書環境の整備の推進に関する法律、2019年6月施行)、改正「障害者差別解消法」(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律、2024年4月施行)、「障害者情報アクセシビリティ・コミュニケーション施策推進法」(障害者による情報の取得及び利用並びに意思疎通に係る施策の推進に関する法律、2022年5月施行)に賛同の意を表します。

 私たちは出版界、図書館界とも歩調をあわせ読書環境整備施策の推進に協力を惜しみません。

2024年4月9日

公益社団法人日本文藝家協会  理事長  林真理子

一般社団法人日本推理作家協会 代表理事 貫井徳郎

一般社団法人日本ペンクラブ  会長   桐野夏生》

3団体代表がそれぞれコメント

 その後、林さん、貫井さん、桐野さんがそれぞれコメントした。

 会見全貌は既にユーチューブのペンクラブ公式チャンネルに公開されており、字幕も付けられている。関心のある方はぜひ、動画で全編を視聴いただきたい。

 それぞれのコメントを要約して紹介しよう。

オンラインで会見する3代表(筆者撮影)
オンラインで会見する3代表(筆者撮影)

●林真理子さん

私も他の方と同じように、芥川賞をおとりになった市川沙央さんのコメントを読んで衝撃を受けました。いかに読書が困難か、ということですね。いまだに紙の本がいいと言う呑気な人たちがいるというご批判を書いてらっしゃいました。その時、実は私は紙派でありまして、紙の本を読むことが書店を守ることにもなると思い込んでいたのですが、その価値観が全ての人に共通するものではないとの指摘に非常に衝撃を受けました。

●貫井徳郎さん

私も目を使って活字の本を読むことができるものですから、そういう人間にとっては想像が及ばないところがあるんですね。言われて初めて気づいて衝撃を受けました。そして知ったからにはもちろんそれに対応したいという気持ちがあります。

あと送り手側としては、ひとりでも多くの人に読んでいただきたいという気持ちがありますから、あらゆる形で自分の作品を世に出したい。それは活字を読むのが不自由な方だけでなく、自分たちのためでもある。なので今回の声明には強く賛同したいと思います。

●桐野夏生さん

 表現の自由というのは、自分が欲する情報に自由にアクセスできるという情報収集の自由、言いたいことを言いたい時に言いたい方法で言える自由、それから意図する相手にきちんと情報が届く頒布の自由、その3つの自由によって初めて成立するものではないか、と思っていました。

 私たちペンクラブは、公権力がこういう自由を邪魔することについてはいつも注意深く身構えてきたんですけれども、もっと身近なところで日常的に起きている障壁については十分に取り組んでこなかったのではないかという反省もあります。それは市川さんの著作によって衝撃を受けたということもあるし、大きなきっかけになったと思います。当たり前に誰もが自由に本を読めたり、自由に言いたいことを表現したりできるように、今回の声明を機に実践していくことを、表現に携わる者として、また一人の市民として考えていきたいと思っています。

 ただ、表現が普遍的に、オープンになればなるほど、逆にその表現の幅が狭まるというパラドックスもないではないと、そこがこれからまた皆で考えていかなければいけない問題なのではないかとも思っています。

会見のあった日本ペンクラブ会議室(筆者撮影)
会見のあった日本ペンクラブ会議室(筆者撮影)

歴史的意義のある今回の取り組み

 その後の金平さんの経過説明や、言論表現委員会副委員長の落合早苗さんの、この問題をめぐる説明などもぜひ動画をご覧いただきたい。私も同じ副委員長として昨年からこの件に取り組んできたが、今まで障害者の問題には比較的関わっていると自認していたものの、市川さんの告発には改めて衝撃を受けた。

 今回の作家3団体の意思表示はとても大きな問題提起で、文字や表現に携わる者がこの問題に目を向けていく大きな契機になりえると思う。その意味で、今回の声明は歴史的意味を持つものと言える。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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