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ブロードコムがクアルコムを1300億ドルで正式買収提案

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

ブロードコムがクアルコムに1株当たり70ドル、買収金額1300億ドルで買収提案することが正式に発表された。日本ではなじみの薄いブロードコムだが、2016年での売上額世界順位は5位の131億ドル、これに対してクアルコムは3位の153.5億ドルである。小が大を飲み込むような提案だ。両者の合併で世界はどう変わるか。これは半導体産業だけの問題ではなく、通信産業、自動車産業にも大きな影響を及ぼすので、これから考察していきたい。

図 2015年に訪問したブロードコムのオフィスから見たシリコンバレー 筆者撮影
図 2015年に訪問したブロードコムのオフィスから見たシリコンバレー 筆者撮影

ブロードコムは、米国では非常に有名な通信チップの企業であり、ワイヤレスではWi-FiとBluetooth、有線通信ではEthernetに強く、クルマ用のEthernetでもBroadR-Reach規格で主導権を握っている。ストレージではSATAやファイバチャンネルなどのインタフェースチップで実績がある。かつて東芝メモリに触手を伸ばしたのは、このストレージ部門とのコラボを狙ったためだ。

ブロードコムの今の地位をもたらしたのは、下位のアバゴテクノロジーが一昨年ブロードコムを買収したことが大きい。2015年に16位だったブロードコムはアバゴと一緒になって5位にまで上り詰めた。この時、ユニークだったのは、下位のアバゴが上位のブロードコムを買収し、そして名前をアバゴではなくブロードコムとしたのである。合併前のブロードコムはBroadcom Corp.であり、合併後にはBroadcom Ltd.に名称を変えた。このため、本社はアバゴの本社のシンガポールにある。本社を米国に移すという話をトランプ大統領に伝え、喜ばせた。

一方のクアルコムは、携帯電話(セルラー通信)用のモデムから出発し、アプリケーションプロセッサへと製品ポートフォリオを広げて成長してきたファブレス半導体のトップメーカーだ。従来、盗聴されにくいスペクトル拡散という軍事用無線通信技術を、CDMA変調という形に民生分野へ改良したことで大きく伸びた。その基本技術がCDMA(符合分割多重アクセス)であり、クアルコムは第2世代の2G技術から使ってきた。3Gになると、CDMA 2000とW-CDMAの2つの技術に絞られ、クアルコムはCDMAの基本特許を持っているため、携帯電話メーカーからも、モデムチップを購入するメーカーからも収入を得ることができ、我が世の春を迎えた。

ところが、セルラー通信技術が4GのLTEへ進んでくると、クアルコムのCDMA技術からOFDM技術へとモデム技術はシフトした。LTEでもクアルコムは最大の特許件数を持つ企業であるが、基本特許を持っている訳ではない。このため、クアルコムの絶対優位は崩れてきつつある。実際、2017年度の売り上げでは、ファブレス半導体ビジネスを行っているQCT部門は前年度比7%成長したが、ライセンス部門のQTLは同16%減であった。だが、5Gでもクアルコムは先頭に立っており、簡単に引き下がらない。さらにこれまでのクアルコムは携帯電話、スマートフォンメーカーにモデムやアプリケーションプロセッサを提供してきたため、チップの販路は一般流通チャンネルではなく直販だった。この販路を変え、一般流通チャンネルにも通すようになった。

クアルコムのモデムとアプリケーションプロセッサは、アンドロイド陣営をかなり支配していた。欧米アジアだけではなく中国にも深く入り込んでいた。しかし、台湾系のメディアテックは中国市場にも強く、クアルコムより中国市場への存在感は高かった。ところが、中国市場では華為技術という広東省の通信機器メーカーは従来グローバル市場で闘ってきたが、最近になって中国国内向けにスマホや半導体を成長させてきた。半導体はハイシリコンというファブレス半導体を小会社として設立、さらにスプレッドトラム社も現れ、中国におけるモデムとアプリケーションプロセッサの市場は両社が支配的になり、クアルコムやメディアテックが追い散らされているような様相だ。

さらにクアルコムは、電気自動車のワイヤレス充電システムを送受信アンテナも含め、提案できるような技術を開発している。電力用の太い配線の表皮効果を下げるために細い配線で束ねるという電力ではよく使われる工夫も行っている。弱点だった近距離無線のBluetoothでは、英国で有力なCSR社を買収し手に入れた。ピアツーピア通信、スマホのディスプレイにも乗り出した経験があり、成長分野への情報アンテナは高い。

そして、クアルコムはNXPセミコンダクターへの買収提案を行っている。NXPはオランダのフィリップスから独立した半導体企業で、ファブも持つ垂直統合型の半導体メーカーだ。そのNXPが数年前フリースケールセミコンダクタを買収し、今やクルマ用半導体のトップメーカーになった。フリースケールはマイコンやSoC、ミリ波レーダーなどクルマ用半導体に元々強く、NXPはSDRを利用したカーラジオ用チューナICやキーレスエントリICなどクルマのインフォテインメント系チップやNFCチップを開発していた。

クアルコムがスマホの次の成長分野として見出したのはクルマである。クルマに使う半導体は徐々に増えてきていたが、自動運転とEV(電気自動車)化の方向がはっきり見えてきたため、自動車用半導体に活路を見出した。

自動運転では、人間の目と同様、いやそれ以上の性能を持つシステムを作り、ブレーキやハンドル、アクセルなどの基本制御機能に伝える。このシステムには、クルマの前方、後方、周囲に目を配るためのイメージセンサカメラ、レーダー、LIDAR(ライダー)、超音波などのセンサが欠かせない。同時に検出したものが人か自転車か、乗用車か、トラックかなどを判別するために機械学習(AI)が要求されている。つまりこれら全ては半導体で実現するため、市場が生まれることになる。

EVは基本的にモーターとバッテリで動くが、モーターの回転数を変えたり止めたり回転させたりするのにパワー半導体で制御する。そのパワー半導体はマイコンやアナログ回路で駆動させる。バッテリが正確に充電されるかどうかの制御も半導体で行う。さらに従来のシリコンよりも耐圧を高くしオン抵抗を低くでき、高周波動作が可能なためコイルやコンデンサを小型にできるSiC半導体が将来は使われるようになる。半導体の新たな市場が生まれることになる。

クアルコムはだからクルマにはどうしても進出したい。NXP買収はそのための布石となる。自動運転車やこれからの安全・安心なクルマには常時無線でつながるコネクテッドカーが必須だ。その通信に今は、Wi-Fiの一種である802.11pという規格が使われるが、将来は5G通信でリアルタイム動作を実現できるようになる。ここにクアルコムの強みが生かせる。

クアルコムは今回のブロードコムの提案には反対している。敵対的買収となるとどちらの企業も大変な労力を割くことになる。この買収の行方はどうなるか、見守っていきたい。

(2017/11/08)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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