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プラごみ問題のモヤモヤを少し晴らす5回シリーズ(1)

保坂直紀サイエンスライター/東京大学特任研究員

 いま、大量生産、大量消費されたプラスチックがごみとなって海に流れ込む海洋のプラスチックごみが、世界的な問題になっている。私たち人間を含む生き物は、プラスチックごみが小さく砕けた「マイクロプラスチック」を、すでに食べてしまっている。日本でも2020年7月から、レジ袋の有料配布、つまり無料で配らず値をつけて売ることが義務化された。身の回りの小さなところから、プラごみ問題に目を向けようという施策である。

 マイクロプラスチックの発生のしくみや、自然環境中でも分解されて消滅するという生分解性プラスチックの将来性、そして、一所懸命に海岸を清掃することにどんな意味があるのか。プラスチックごみにまつわるそうした素朴な疑問、「私たち個人の努力は、あまりにも小さなものにすぎないのではないか」といったちょっとしたモヤモヤ感を含め、この問題に対する社会の関心の高まりに応えるべく、東京大学海洋アライアンスのホームページに掲載した5本の記事を、順次ここに再掲したい。

 第1回の「海のマイクロプラスチック汚染」は、そもそもマイクロプラスチックとは何かという話だ。初出は2015年12月だが、内容はとくに古びているわけではないので、文章の微修正以外はそのままである。

海のマイクロプラスチック汚染

 海に遊びに行って砂浜を散歩すると、流木や海藻などにまじって、たくさんのごみが打ちあげられている。最近、注目を集めている海のごみがある。それは、プラスチックのごみ。そのなかでも、「マイクロプラスチック」とよばれる、直径5ミリ・メートル以下のとても小さなプラスチックのごみだ(※)。

 プラスチックは、熱が加えられたり太陽の光があたったりすると、もろく砕けやすくなる。日のあたるベランダに長いあいだ出しておいたプラスチックのプランターが、簡単に割れてしまうのとおなじことだ。

 流木や海藻なら、微生物などの働きでやがては分解され、二酸化炭素や水などに戻っていく。だが、プラスチックは、いくら小さくなっても、分解してなくなることはない。しかも、小さなプラスチックは、海の生き物がえさと間違えて食べてしまうことがある。海の生態系への影響が心配されている。

 「海は、捨てられたプラスチックの袋小路」と表現する研究者もいる。ごみは、適切に処理しなければ、行きつくところは海だ。人間の作りだしたプラスチックが、長いあいだ地球の環境を汚し続けることになる。

外洋に多いマイクロプラスチック

 マイクロプラスチック汚染への関心は、最近になって高まってきている。研究論文の数も増えている。日本でも研究者が独自に調査を続けてきたほか、環境省が2014年に、東京海洋大学や九州大学の協力で、日本周辺のマイクロプラスチックを調べた。

 調査では、海に漂っているプランクトンや魚の卵などを採取するための「ニューストンネット」という網を使う。ロープの先に取りつけたこの網を海に入れて走行中の船で引っぱる。

海面に浮いているごみを船からすくうニューストンネット(写真はいずれも磯辺篤彦・九州大学応用力学研究所教授提供)
海面に浮いているごみを船からすくうニューストンネット(写真はいずれも磯辺篤彦・九州大学応用力学研究所教授提供)

 網の中には、海藻やプラスチックごみなど、さまざまな漂流物が集まってくる。

日本海の山陰沖で採取した海面の漂流物
日本海の山陰沖で採取した海面の漂流物

 これを、ごみの大きさがわかる目盛りのついた容器を使い、手作業で分類していく。かなり大変な作業だ。

小さなプラスチックごみを手作業でえり分けていく
小さなプラスチックごみを手作業でえり分けていく

 環境省の調査は、九州のまわりや日本海、東日本の太平洋沖などの、海岸から数百キロ・メートル離れた海域で実施した。その結果、平均すると、海水1トンあたり2.4個のマイクロプラスチックが浮いていることがわかった。この分析をした九州大学応用力学研究所の磯辺篤彦教授が以前、瀬戸内海の西部でおこなった調査では、0.4個だった。

 この結果は、磯辺さんにとっても意外だったそうだ。マイクロプラスチックが、人間の生活圏に近い海域より沖のほうに多いということは、すでにこの汚染が広く外洋に及んでしまっている可能性があることを意味しているからだ。

マイクロプラスチックが沖へ運ばれる理由

 もうひとつ、不思議なことがある。比較的大きなプラスチックごみが岸の近くに多かったのに対し、マイクロプラスチックが遠く沖合にまで広がっていたことだ。

 そのしくみについて、磯辺さんは、つぎのように考えている。

 海岸に寄せる波は、海に漂うものを岸のほうへ押しやる。押しやる力は、海面に近い浅い部分のほうが強く働く。プラスチックごみは、大きなものほど海面に浮かびやすいので、大きなごみは岸の近くに寄ってくる。

 砂浜などに打ちあげられたプラスチックは、太陽の光にあたったり砂にもまれたりして、小さく砕けていく。小さな破片になったプラスチックは、波をかぶって沖に出ていくと、なかなか岸に戻ってこない。なぜなら、小さなプラスチックは浮きあがりにくいので、岸に押しやる波の力を受けにくいからだ。

 こうしてマイクロプラスチックは、ちょうど水に落としたインクが広がっていくように、遠く沖合まで散らばっていく。このように、海の波や砂浜には、プラスチックを小さく砕いて沖に運んでいく働きがある。まるで、マイクロプラスチック製造機のようだ。

海を漂うプラスチックごみが浜で砕け、マイクロプラスチックとなって沖へ出ていく(筆者作成)
海を漂うプラスチックごみが浜で砕け、マイクロプラスチックとなって沖へ出ていく(筆者作成)

 ちなみに、水面の波が、波の進む方向に漂流物を押しやる現象を、波の物理学では「ストークス・ドリフト」という。より正確には、水面近くの水が、波の進む方向に動いていく現象のことだ。波は水面が周期的に上下するだけの現象なので、本来なら、水は、波の進行とともに行ったり戻ったりを繰りかえすだけで、移動しない。ところが、波が高くなってくると、この本来の姿からのズレが生じ、波が進む方向に水そのものも移動するようになる。

生物への影響

 海の生き物に必要な栄養は、まず、海の表層にいる植物プランクトンが、太陽の光を受けて光合成で作りだす。それを小さな動物プランクトンがえさにして、さらに魚などが、その動物プランクトンを食べる。

 この動物プランクトンが、植物プランクトンと間違えてマイクロプラスチックを食べてしまっていることが、最近の研究でわかった。この動物プランクトンを魚が食べ、その魚をさらにサメやクジラのような大型の生き物が食べることで、海の生き物全体にマイクロプラスチック汚染が広がっていく可能性がある。また、動物プランクトンが栄養のないマイクロプラスチックを食べて満腹になれば、発育不足になって生態系のバランスがくずれるかもしれない。

 プラスチックにかぎらず、物体の表面にはさまざまな物質が付着しやすいので、マイクロプラスチックが生き物の体内に入れば、それと同時に、表面についた有害な物質が取り込まれる可能性もある。プラスチックそのものに有害な物質が添加されていることもある。

 実際に、魚や貝、水鳥などの体内から、プラスチックや、そこから溶けだしたとみられる有害物質がみつかっている。

実態は未解明

 プラスチックのごみは、海流や波、風によって世界の海に広がっていく。その実態調査には費用も人手もかかるので、全体像を正確に把握できるところまではいっていない。

 とくにマイクロプラスチックについては、海面で確認される量が予想より少なく、どこかに行ってしまっているのを見逃しているという見方もでている。相当な量のマイクロプラスチックが、すでに海のどこかにたまっているのかもしれない。

※ 「マイクロ」というのは「100万分の1」を意味する言葉で、1マイクロ・メートルといえば100万分の1メートル、すなわち1000分の1ミリ・メートルのこと。ここでは「マイクロ」という言葉を「とても小さな」という意味に使い、直径5ミリ・メートルより小さなプラスチックごみを、マイクロプラスチックとよんでいる。

サイエンスライター/東京大学特任研究員

 新聞社の科学部で長いこと記者をしていました。取材・執筆活動を続けたいため新聞社を早期退職し、大学や国立研究機関を渡り歩いています。学生時代は海洋物理学者になろうとして大学院の博士課程で研究していましたが、ふとしたはずみで中退してマスメディアの世界に入りました。そんな関係もあり、海洋学や気象学を中心とする科学、科学と社会の関係などについて書いています。博士(学術)。気象予報士。趣味はヴァイオリン演奏。

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