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『柴崎岳の大会』だったロシアW杯。空間を支配し、時には空間を破壊する男の本質とは

安藤隆人サッカージャーナリスト、作家
冷静にかつ大胆に。彼のプレーはすべて頭の中で繰り広げる解析によって導き出される。(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

ピッチ上に無数に広がる空間。平面的ではなく、常に立体的に捉え、どの空間を支配し、どの空間を壊せば、自分達に優位な試合運びに持ち込むことが出来るか―。

日本の司令塔・柴崎岳は常にこの駆け引きを頭に描きながら、ピッチに立っている。

全体像と局面像を把握し、状況に合わせたプレー選択を高度な情報処理能力と技術を持って、ピッチ上で表現し続ける。彼はまさに『ストイックなプレーの求道者』だ。

ベスト16で終わった日本のロシアW杯。ラウンド16で強豪・ベルギー相手に2点のリードを守りきれず、後半アディショナルタイムで逆転弾を浴びると言う、まさに劇的な敗戦を喫してしまった。だが、日本がロシアで戦った4戦は非常に価値があるものだった。

その価値を日本にもたらしたのが、背番号7を背負い、中盤の底で正確無比なパスでゲームをコントロールした柴崎だった。

開幕戦のコロンビア戦から彼の攻撃のスイッチを入れる正確な縦パスは際立っていた。

360度の視野で常にピッチ上の状況を理解出来る彼は、的確なポジションを取り、ボールが来る前から自分がやるべきプレーを理解している。だからこそ、他の選手よりプレースピードが早く、一瞬出来たスペースが埋まる前に正確なパスを通すことが出来る。

今大会の一番のハイライトは第2戦のセネガル戦だ。0−1で迎えた34分、右サイドでボールを受けると、蹴りやすい位置にボールタッチしてから右足一閃。ボールは左サイド深くに進入したDF長友佑都の足にピタリ。一瞬にしてセネガルDFを揺さぶると、乾貴士のゴールが生まれた。

ベルギー戦でも0−0で迎えた48分に中央右寄りの位置でボールを受けると、素早く縦に運び、右斜め前を走る原口元気の動きに呼吸を合わせ、絶妙なタイミングでスルーパスを送ると、原口の先制弾に繋がった。

得点シーン以外にも、何度も相手の裏のスペースに落とす縦パス、グラウンダーで20〜30mの距離を正確に通す縦パスを駆使したことで、相手のDFラインを差し込み、ビルドアップをスムーズにさせなかった。これにより乾や香川真司、原口らがよりゴールに近い位置でプレー出来るようになった。

攻撃のプレーメーカーの役割を見せる一方で、守備も非常に効果的だった。今大会、彼の見せたプレスバックは正確で、かつパワーを持っていた。後ろから猛ダッシュで近づいて、身体を当てながらボールを奪い取る。足をねじ込んでボールをかっさらう。まさにデュエルでも相手に負けなかったことで、守備から攻撃へのトランジションの中枢も担っていた。

攻守における圧倒的な存在感。だからこそ、西野監督は日本が戦った4試合すべて柴崎を起用した。

ここまでの存在になった柴崎の真骨頂は、シンプルにパスを通しながらも、その後歩いたり、プレーの傍観者になることなく、一気に前線に飛び出して3人目、4人目の動きや、もう一度ボールに関わって前への圧力を強めて行くというあくなき前の推進力にある。

こうした彼の冷静な判断に基づいた質の高いプレー。そこには頭脳的でありながら、情熱的で、そして献身性を持った柴崎の流儀があった。

「僕は特に自分が何をやるべきかとか、こだわってやっているつもりは無いけど、何をやるにも基本技術が必要となってくるし、時間帯や試合の流れによっては効果的になるプレーと、そうではないプレーがある。大事なのは相手の隙と言うか、集中力が途切れやすくなる戦術をどう駆使して行くか。相手にとって効果的なものを選択しているんです」。

常に自分達と相手との相関関係を大事にし、ピッチ上の広い視野で描いた相関図の中で、自分のやるべきプレーを見出す。当然、その図は試合展開によって大きく変化するだけに、常に変化した点を見逃すこと無く、把握しながら90分間を戦い抜く。

この高度な予測と選択、戦術と戦略からの解析力を持ち合わせるには、先ほどから言っている広い視野と、冷静な頭脳、そして正確な技術が必要なのは明らかだが、それだけでなく利己的なプレーと組織的なプレー、そして犠牲的なプレーを幅広くこなせる能力が必要だ。

柴崎は一見、「俺のパスで動け」という選手に見られがちだが、フリーランニングで味方のスペースを空けたり、カバーリングや追い越しなどを駆使して、自分がフェイクになっても、使われてもいいように、味方の選手に選択肢を与える献身的なプレーを率先してすることが出来る。

決してただのエゴイスト、独裁者ではない柴崎岳の魅力。青森山田高校時代から彼はこう口にしていた。

「複数の選手とプレーが合ったときは凄く楽しいと感じることが多いんです。僕より上手い選手が多ければ、それだけいろんなバリエーションの形を作り出せる。同じチームに僕よりうまい選手がいるということは、凄く面白いし、歓迎すべきことなんですよ。やっぱり僕はそういう選手に『活かされたい』、『この人を活かしたい』と思うし、そう思うことで必然的に僕自身も成長できると思う。だって、自分が見て『凄いな』と思う選手には、その選手のために全力で凄く尽くせますよね。ディフェンス面でも『あの人が何とかしてくれるなら、自分は一生懸命ボールを取って彼に渡して、活かされよう』とか、『もっと輝けるように活かしてあげよう』とか思います。自分よりうまいなと思う人には、献身的なプレーが出来るというか、そういう存在がいることで、『その周りの1人』として動くことが出来ますね」。

周りを活かし、かつ自らも活きるプレーを求める。自らが起点となり、自らがおとりやフィニッシャーとなる。密集地帯になればなるほど、彼が躍動するのはこうした意識に集約されていた。

それだけに彼にとっての日本代表は、活かし、活かされが出来る最高の場であった。

2006年のAFCU-16選手権(ウズベキスタン)準々決勝・サウジアラビア戦で勝利し、U-17W杯(ナイジェリア)出場権を手にした直後の柴崎岳。宇佐美と活かし、活かされる関係でチームを活性化させた。(安藤隆人撮影)
2006年のAFCU-16選手権(ウズベキスタン)準々決勝・サウジアラビア戦で勝利し、U-17W杯(ナイジェリア)出場権を手にした直後の柴崎岳。宇佐美と活かし、活かされる関係でチームを活性化させた。(安藤隆人撮影)

「こうやっていろいろ具体的に話しているけど…ほとんどが無意識でやっているからね」。

明晰な回答を続けた中で、彼のプレーを形成する最終的な要素は『無意識な境地』に達することだった。そのために彼は日々のトレーニングを積んでいる。

「今のサッカーは時間とスペースがなかなかない。その中でどれだけ相手が考えていないところのスペースを共有出来て、なおかつスピードの変化を加えることが出来るか。ゆったり流れていても、シュートを打つまでの時間はほんの数秒から0コンマ何秒。瞬間の世界でやっていかないといけない。そこのスピードの変化というのは大事。あれだけ密集しているところであれば尚更だね」。

この一瞬の勝負と駆け引きの連続にこそ、柴崎岳がサッカーを心から楽しむ瞬間がある―。

「いろんな人がいれば、いろんなプレーが出来る。良い関係性を築くことが出来る相手がいれば、『使われつつ、使う関係』がスムーズにいく。その2つの立場でプレーをすることが出来ると思う」。

初のベスト8という歴史を塗り替えることは出来なかったが、世界には大きなインパクトは残せた。そして、その象徴的な存在として、柴崎岳の名はさらに世界に轟いた。

『柴崎岳の大会』となったと言っても過言ではない、日本が戦ったロシアW杯。空間を支配し、時に破壊する男は、これから先どう歩んで行くのだろうか。

世界での戦いを終え、より逞しくなった柴崎の表情を見て、ふと彼が高3のときに発していた言葉を思い出した。

「僕の理想は90分間ずっとオンの状態で集中力を持って戦い続けること。これから先、どんな壁が来ても僕はどう越えて行くか考えます。たとえそれが普通の人からすれば越えられない壁だったとしても、僕の中では『越えられない』ではなく、『越えてやる』という気持ちが先に来る。僕は『これは無理だ』と避けることはしないですね、絶対に。正直、もっと楽な考え方が出来た方がいいのかなと思うときはありますが、やっぱりそれは僕ではない。自分の考え方を貫き通して、周りに左右されない生き方が、もう僕の中で確立されていることなので、そこはどんなことがあっても絶対に変えたくないですね。そのためには僕には『常に自分より上に人がいる環境』が常に必要なんですよ。もしその環境が無くなってしまったら、僕はもうサッカーを辞めると思います」。

彼が8年前に発したことにすべての答えが含まれていた―。

高2の柴崎岳。この時から空間を活かし、空間を壊すプレーで1人だけ異質の存在感を放っていた。しかし、そこに怠慢な態度は一切無く、常により上の厳しい環境を求める求道者の側面ははっきりと持っていた。(安藤隆人撮影)
高2の柴崎岳。この時から空間を活かし、空間を壊すプレーで1人だけ異質の存在感を放っていた。しかし、そこに怠慢な態度は一切無く、常により上の厳しい環境を求める求道者の側面ははっきりと持っていた。(安藤隆人撮影)
サッカージャーナリスト、作家

岐阜県出身。大学卒業後5年半務めた銀行を辞めて上京しフリーサッカージャーナリストに。ユース年代を中心に日本全国、世界40カ国を取材。2013年5月〜1年間週刊少年ジャンプで『蹴ジャン!SHOOT JUMP!』連載。Number Webで『ユース教授のサッカージャーナル』を連載中。全国で月1回ペースで講演会を行う。著作(共同制作含む)15作。白血病から復活したJリーガー早川史哉の半生を描いた『そして歩き出す サッカーと白血病と僕の日常』、カタールW杯27試合取材と日本代表選手の若き日の思い出をまとめたノンフィクッション『ドーハの歓喜』が代表作。名城大学体育会蹴球部フットボールダイレクターも兼務。

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